第30話 お着換えの旅は終わらない!(前編)

 三人で瑠々ちゃんとフルーチェさんを探してお城の中を駆ける。

 赤い絨毯じゅうたんに沿って進んでいくと、やがて行き止まりの部屋にたどり着いた。


「ここは……」


ミーちゃんが息を呑んだ。

 扉の造りが明らかに他とはちがう――玉座の間だ。

 扉は半開きになっている。


「――やっ! はぁっ!」


 中から声が聞こえた。

 瑠々ちゃんの声だ!


「瑠々ちゃん!」


 急いで中に駆け込むと、やっぱり瑠々ちゃんがフルーチェさんと戦っていた。


「せ、聖女様……?」

「な、なんなのその格好は……?」


 ふたりはわたしを見て固まった。


「……へ?」


「クーちゃん、触手触手」

「あ」


 ミーちゃんから言われて気が付いた。

 そうだ、触手さんに『お着換え』してるんだった。


「あのね、これは触手さんなの! ほら、『パラパラ』だって踊れるんだよ!」


 ノリノリの『パラパラ』を披露してみせる。

 もう慣れたもので、これならどこのパリピに見せても恥ずかしくない出来だと思う。

 

「…………」

「…………」


 それなのに、ふたりの顔はひきつっていた。


「……あれぇ?」


 瑠々ちゃんなんか困惑してキツネさんのお耳をぴょこぴょこさせてしまっている。


「…………」


 ……かわいい。


「――きゃあっ!?」


 ニュルンッ! と触手さんが瑠々ちゃんに巻き付いてしまった。


「あ」


 しまった。


「せ、聖女様っ!? ど、どうして瑠々をっ!?」

「あ、あはは……」ポリポリと頬を搔く。「ご、ごめんね、なんでだろ、急に瑠々ちゃんを襲いたくなっちゃって……今ほどくからちょっと待ってね」

「きゃっ!? ちょっ! あっ……んっ……!」


 瑠々ちゃんが身をよじらせる。

 わたしの触手さんは意に反してくすぐったり撫でたりしまくっていた。


「こら触手さん! めっ! でしょ!」


 ニュルンニュルン!


 わたしが怒っても触手さんは止まらない。

 遂に忍者のお洋服の中にまで入り込んでしまった。

 瑠々ちゃんが天をあおぐ。


「ふああっ!!!」

「瑠々ちゃーん!」


「――フン」


 ドン! とフルーチェさんは触手さんをヒールで踏んづけた。


「かわいいあなたにそんな服は似合わないわ、ククリル」

「わっ!?」


 触手さんはみるみる灰色になってボロボロと崩れ落ちてゆく。


「はぁっ……はぁっ……」


 瑠々ちゃんに巻き付いた触手さんも崩れていき、瑠々ちゃんは膝をついて涙をぬぐった。


「はわ……はわわ……!」


 もちろんわたしに巻き付いた触手さんも崩れていく。

 でもそうなるとまたわたしは裸だ。

 あわててお胸とお股を隠す。


「も、もう! なにするのフルーチェさん! お股見えちゃうでしょ!?」

「大丈夫よククリル……今ドレスを着させてあげるから……」

「え?」

「このドレスを着れば、あなたは永遠の美しさを手に入れられるの……」


 フルーチェさんがゆっくりと歩み寄る。

 ズズ……と、その手の中に漆黒のドレスが浮かび上がった。

 温泉の源泉でもらったものとはまたちがう、たくさんの漆黒のバラがあしらわれたウエディングドレスだ。


「カ……カッコかわいい……」

「さあククリル……これを着て永遠を誓いなさい……」

「…………」


 思わずバンザイしてしまう。

 これでは「着させて」と言っているようなものだ。


「……あ、れ?」

「フフ……」


 フルーチェさんは口の端をわずかに上げて、わたしに袖を通させようと――


 ――バシッ!


「あ」


 漆黒のウエディングドレスは床に落ち、闇に消えてしまった。

 それと同時にわたしの体は自由を取り戻す。


「…………」


 フルーチェさんはゆっくりと振り返り、ベルちゃんをにらみつけた。

 ベルちゃんが魔法でドレスを弾き飛ばしたのだ。


「惑わされてはいけませんわお姉さま! もう一撃、喰らいなさいな!」


 ベルちゃんが魔法を放った。

 見たことがないくらいの凝縮した魔力だ。


「フン」


 それなのにフルーチェさんは軽く魔法を弾き飛ばしてしまった。

 天井に直撃し、大きな穴が空く。


「くっ!」


 ベルちゃんが歯噛みする。

 天井に空いた穴からは日の光が差し込んだ。


「やっぱり、あなたたちから始末しないとダメなようね」


 コツ……コツ……コツ……コツ……。

 まるでモデルさんみたいに優雅に歩きだした。


「…………」

「…………」


 ミーちゃんとベルちゃんは緊張した面持ちで武器を構える。

 瑠々ちゃんもまた少し離れたところでお団子を構えた。


「さあ、ショータイムの始まりよ。私の《・・》ククリルに手を出す泥棒猫ども……永遠の闇に葬ってあげるわ!」


 ギン! と瞳が真紅に輝いた。


「うっ!?」

「なっ!?」


 ガラン、と音が響く。

 ミーちゃんとベルちゃんは握りしめていた武器を落としてしまった。

 まるで金縛りにあったみたいに不自然な姿勢で固まっている。


「動けないでしょおん? 動けないわよねぇ。どうせなら私の『人形』にしてあげてもいいんだけど……ククリルが目移りしても困るし……」


 一歩一歩、ゆっくりとふたりに近づく。


「はわ……はわわわわわ……!」


 わたしはといえば錯乱していた。


 みんなはピンチだしわたしはすっぽんぽんだ。

 すっぽんぽんはダメだ。

 またご家庭の健全な性教育を乱してしまう。

 もう、あんな恥ずかしい思いはしたくない……!


「なにか……なにか体を隠せるものは……!


「それじゃあさよなら」

「あっ!?」


 フルーチェさんはいつのまにかふたりの前に立って爪を振りかぶっていた。

 ふたりはやはり動けず、身をすくめる。


「ダメ! ダメダメダメッ!」


 こちらを見てニヤリと笑い、

 そして――


「だめええええええええっ!!!!!」


 ピカッ!


「…………は?」


フルーチェさんが目を丸くした。


「あ、あれ……?」


 わたしも目を丸くする。

 わたしはいつのまにか、フルーチェさんの腕をつかんでいた。


「なっ、なっ」


フルーチェさんは手を振りほどいて後ずさる。


「い、いったいなんなの!? そんなに速く動けるはずが――」


「え、あれ……?」

「クーちゃん、体! 体光ってるよ!」

「……え?」


 言われて自分の体を見る。

 一糸まとわぬわたしの体は、なぜか光り輝いていた。


(つづく)

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