第28話 聖女、さらわれる!

 三人でヤミーに染まった暗い森を歩く。

 木々は枯れ、動物は死に、暗黒の世界と化した森を進んでいくのはなかなかに心細い。


「お、お姉さま……」


 ベルちゃんが手をにぎってきた。

 そっと握り返してあげる。


「大丈夫だよベルちゃん。もう少し、もう少しだから。ほら、もうあんな近くにフルーチェさんのお城が見えるよ」

「グレーチェね」とミーちゃん。「でも、ほんとにもうすぐだよベル。もうすぐこんな気味悪い森ともおさらばできるか――ら?」


 突然、前を行くミーちゃんが立ち止まった。


「ミーちゃん?」

「……瘴気の向こう、誰か、いる」

「え?」


 ミーちゃんの見ている先に視線を移す。

 ヤミーのもやの向こう、たしかにおぼろげにふたつの影が浮かび上がった。


「……警戒してね」


 ミーちゃんはナイフを構えた。


「敵さんなの?」

「こんなところで出会うんだから、まちがいないよ」

「でも、迷ってる人だったりしたら……あ」


 やがてモヤが消え、はっきりと見えるようになった。

 ふたりの小さな女の子だ。


「……きれい」


 思わず声が漏れた。

 長くサラサラな髪に上品なワンピース、端正な顔も相まってまるでお人形さんみたいだ。

 しかも、寸分違わず同じ容姿をしている。


「この子たち……双子ですの?」

「年はベルちゃんくらいかなぁ? ねえどうしたの? こんなところにいたらあぶないよ?」

「あ、クーちゃんそんな不用意に近づいたら――」


「ワタシは藍晶ランショウ、グレーチェ・スティリル・アルセラート・アンダーハート様の忠実なる下僕しもべ

「ワタシは翠晶スイショウ、グレーチェ・スティリル・アルセラート・アンダーハート様の敬虔けいけんなる眷属けんぞく


「……え?」


あるじは藍晶を救ってくれた」

「主は翠翔を必要としてくれた」


 ミーちゃんが眉間にシワを寄せた。


「……なにを言ってるの? グレーチェの……仲間?」

「さあ……あのグレーチェが人助けなどするとは思えませんが……」


「…………」


 でも、ふたりの瞳に嘘はない。

 彼女たちはフルーチェさんが好きなんだ。


「この藍晶が」

「この翠晶が」

 

 お互いの手のひらを合わせた。


「「あなたたちに無機質な死を」」


 ズモモモモモモモッ!


 ふたりのスカートの裾からタコさんの足のようなものが飛び出してきた。

 勢いよくわたしたちに巻き付こうとしてくる。


「わわっ!? な、なにこれ!?」

「触手だ! 絡め取られると厄介だよ!」

「結局敵でしたの!? それにしてはまるで殺気が――」


 ミーちゃんがナイフを繰り出した。


「はああああああっ!」


 バシュ! ズバシュ!


 次々に切り落としていく。


「ミーちゃんやったぁ!」

「……うん、でも」

「あ」


 触手さんは切られても切られても再生してしまっていた。

 うねうねとうごめいてわたしたちを狙っている。


「はぁっ!」


ベルちゃんも魔法を放った。


ズズゥン……!


「ベルちゃんやったぁ!」

「……いえ、やはりこれくらいでは」

「あ」


 触手さんはやっぱり再生し始めてしまっている。


「こうなれば、あの子たちを狙うしかありませんわ……」

「でも、触手が邪魔でなかなかあそこまでは……」とミーちゃん。

「ですわね……なかなかの強敵ですわ……」

「ど、どどどどどうしよう!?」


 藍晶ちゃんと翠晶ちゃんは控えめに言ってとてもかわいい。

 できれば傷つけたくはないんだけど……。


「聖女の仲間、一筋縄ではいかない」

「聖女の仲間、強くたくましき者」


 ふたりも警戒を強くしている。


「――み、皆さんっ!」


 と、草葉の陰から瑠々ちゃんが飛び出してきた。


「び、微力ながらお助けしますっ!」

「ありがとう瑠々ちゃん!」


「聖女の仲間、増えた……」と藍晶ちゃん。

「このままでは、任務が……」と翠晶ちゃん。


 ミーちゃんは俄然やる気になって、


「よし、瑠々も参戦してくれるならなんとかなりそうかな」

「ええ。忍者ならばこのような曲者にも対処が――」


「あ~れ~!」


わたしはぐるぐるに巻き付かれて巻き取られてしまった。


「って、お姉さま!?」

「くっ、これからだったのに!」


「聖女の奪取が最優先」

「聖女こそが一番の標的」


「ごめんねみんな~!」


「クーちゃあああああああん!」


 藍晶ちゃんと翠晶ちゃんはわたしを捕らえたらすぐに撤収、わたしはぐるぐる巻きにされたまま連れ去られてしまった。


   *


「…………」


 目の前のなが―いテーブルには、それはもう豪華なお料理が並べられている。


「ほらククリル、これなんかおいしいわよぉん? どう? 口に合わない?」

「…………パクパク」

「あ、こっちもおいしいのぉん。これ、世界でも希少な珍獣の睾丸こうがんで作った料理なの。どうかしら?」

「…………もぐもぐ」

「もう、まだ怒ってるのぉん? 怒った顔もかわいいけど、笑顔も見させてほしいわぁん」

「むむむ……!」


 わたしはお口をフキフキしながらフルーチェさんをにらむ。

 ここはフルーチェさんのお城の食堂、お料理のおもてなしをされていたのだった。


「怒って当然だよ! お料理はおいしいけど、いきなり連れてこられたんじゃ誰だって怒るよ!」

「だってこうしないとふたりきりになれなかったじゃない。邪魔なお友達もいたことだし」

「みんなは邪魔なんかじゃないよ! パーティーしたいならみんなも呼べばよかったでしょ!」

「私にとっては邪魔なのよぉん。私の《・・》ククリルに手を出す泥棒猫だもの」

「ど、泥棒猫?」

「お料理はお口に合わなかったみたいねぇん。あの料理長、あとでこらしめてやらないと……。そうねぇ、ならお洋服はどうかしら? ククリルが好きそうなお洋服がいっぱいあるわよぉん♡」

「お、お洋服!?」


 お洋服……!

 そうだ、わたし、フルーチェさんに会ったらまたお洋服をもらいたいって……!


「ハッ!?」


 ブンブン首を振る。


「ダメ! まずはミーちゃんたちと合流させて! お洋服をもらうのはその後で!」

「ちゃっかり服はもらうつもりなのね……」


 フルーチェさんは苦笑した。


「まあ、いいわ。そんなに私のものになりたくないのなら仕方がない」

「え?」


 顎をクイッと持ち上げられた。


「……ぁ」

「私がそう念じて血を吸えば、あなたは嫌でも私のものになる……」


 髪を後ろにはらわれ、首筋をあらわにされる。

 フルーチェさんはうっとりと私の首筋を見つめている。


「永遠に、私のものに……」


 口を開くと鋭い牙がのぞいた。

 ゆっくりと、ゆっくりと、顔が近づいてくる。


「…………」


 わたしは、金縛りにあったみたいに指先ひとつ動かすことができない。


 ――コンコン


「失礼します」


 カチャリ、と扉が開いた。


「……ぅ」


 空気が弛緩しかんし、首を動かすことができるようになった。

 藍晶ちゃんと翠晶ちゃんだ。


「なんなの? 今いいところなのわかってるわよね?」

「申し訳ありません、グレーチェ・スティリル・アルセラート・アンダーハート様。侵入者です」

「恐れ入ります、グレーチェ・スティリル・アルセラート・アンダーハート様。急ぎご報告をと」


「はぁ、ほんっと邪魔よねぇククリルの取り巻きたち」


 フルーチェさんは眉間にしわを寄せた。


「ま、いいわぁん。ククリルとの永遠を邪魔されないためにも、今のうちに排除しておく必要があるし」


ふたりをにらみつけて。


「なにしてるの? 早く行きなさい。あんたたちが始末できていればこうはならなかったのよ?」

「はい、今すぐに」

「今度こそは、命を賭して」


 ふたりは音もなく去っていった。

 あわてて立ち上がる。


「ダ、ダメ! そんなこと、させな、い……?」


 グラァ、と視界がゆがむ。

 そのまま尻もちを付いてしまった。


「あ、あれぇ?」

「フフ」


ぼんやりとした世界の中でフルーチェさんが笑っている。


「お料理にちょ~っとだけ特製闇ヤミースパイスを混ぜさせていただいたわぁん」


 「ん~……」と、品定めするみたいにわたしを見つめる。


「ククリルには吸血鬼の衣装を着てもらいましょう。これからずっとずっといっしょにいるのだから」

「……あ」


 首筋を撫でられる。

 そして胸のリボンを外されて、為すすべなく服を脱がされていく。


「ふふ……かわいい……♡」


 肌があわらになると胸元を舐められた。

 鳥肌が立ったけど、イヤというわけでもない絶妙な感触……。

 そして着せかえ人形みたいにお洋服を着換えさせられた。


「さあククリル。これがあなたの新しい正装よ」

「…………」


 食堂には大きな鏡が置かれていた。

わたしは白いシャツに赤い蝶ネクタイを付けて、その上にはマントと一体化したような外は黒、内は赤のジャケットを羽織り、下は少し短めのスカートを履いていた。

赤・黒・白でまとめられたかわいらしい吸血鬼姿だった。


「か、かわいい……! こんなお洋服世界のファッションカタログで見たことある……!

あ、ありがとうございますフルーチェさん……!」

「フフッ、そんな状態になってもまだお礼を言うなんて、そんなマイペースなところも好きよ」


 やさしく頭を撫でられた。


「今はここまで。帰ってからゆっくり楽しませてあげるから、ここでおとなしく待っててね、ククリル」

「あ、待って、待って――」


 扉が閉まる音がするのと同時に、わたしは床に倒れてしまった。

 頭が重い。

 起き上がれない。


「み、みんな……」


(つづく)

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