第16話 神社のキツネのお姉さん(前編)
発情したクマ連合の皆さんからなんとか逃げ切ったわたしたち。
急いでいつもの服に着換えて山を抜けると、平地が広がり人里が見えてきた。
「うわぁ!」
村だ! しかし……。
ドヨドヨドヨ~ン
「…………」
周囲を
「うーん、ここもかぁ」
「……あれ?」
近くまでいくと赤い門のような建物が見えた。
でも門にしては扉がなく、枠組みしかない。
「ねえミーちゃん、あれはなに?」
「あれは鳥居だね」
「鳥居?」
「そ。てことはあそこは神社だね。ほら」
ミーちゃんが指差した先、鳥居の奥に木造の古めかしい建物が見えた。
でもさびれた感じはしなくて、なんというかそこはかとなく神々しい雰囲気を感じる。
「クーちゃんは知らないかな。神社っていってね、神様にお祈りする場所なんだけど」
「神様!」
「月教会と似てるといえば似てるんだけど……まあ、でもあそこは特殊過ぎてやっぱりちょっとちがうかな……」
「ね! ね! 行ってみようよ神社!」
「はいはい」
ワクワクしながら鳥居へ向かう。
すると――
ザクッ!
「あ」
お団子が鳥居に突き刺さった。
「瑠々ちゃんだ」
引き抜いてもぐもぐと食べる。
「……あれ? この味は……」
「どしたの?」
「フルーチェさんのときと同じ味だ。ということは……」
鳥居の先、古びた建物を見る。
「…………」
「ま、まさか危険が……?」
ミーちゃんもごくり、と息を呑む。
「クーちゃん、串にはなにか書いてない?」
「あ、そっか」
急いで全部食べてしまう。
すると……
――そっち行っちゃダメ
「やっぱりか……」
串に書かれたメッセージを見てミーちゃんは表情を曇らせた。
「どうするクーちゃん?」
「でもこっち行くとお団子いっぱいもらえるよ」
「え?」
「え?」
先へ進むと予想通り、またお団子を投げてくれた。
「わ~い!」
もしかしたらおやつの永久機関を見つけてしまったかもしれない。
「はぁ、まったくもう……」
「さすがお姉さまですわ……」
ふたりも後に続いてくれた。
瑠々ちゃんも次から次へとお団子を投げてくれる。
ザクッ!
――行っちゃダメ
ザクッ!
――あぶない
ザクッ!
――あぶ
ザクッ!
――あ
「『あ』ってなんだよ『あ』って……」
ミーちゃんが串に書かれた文字を見て思わず苦笑する。
「瑠々、大分焦っておりますわね……」
「いったいなにがあるのかなぁ?」
お団子を頬張りながら古びた建物へ。
と、
ザクッ!
今度は、お庭の奥にあった謎の箱にお団子が突き刺さる。
「これ、お
ミーちゃんが箱の中をのぞきながら言った。
「もぐもぐ、ごくん。……お
「そ。ここにお金を入れた後にこの鐘を鳴らして、神様にお願いするの」
「へ~」
お金かぁ……。
お団子じゃいけないのかな?
などと考えていると――
「――る~るぅうううううううっ!」
「わっ!?」
突然目の前の建物からお姉さんが飛び出してきてきつく抱きしめられた。
ぎゅうううううううっ!
「ぐ、ぐるし! ぐるし!」
おっきなお胸に押しつぶされる。
たゆんたゆんしていてふつうに触れば気持ちいいのだろうけど、挟まれると息ができない。
「……あれ? 瑠々じゃない? でも瑠々の匂いが……」
首筋をクンクンされる。
目の前のキツネのお耳がピョコピョコ揺れた。
「はぁっ! はぁっ!」
やっとのことで離れてもらうと、お姉さんはニコッと笑った。
「……あ」
気がついた。
ただのお姉さんじゃない、おっきなお胸のお姉さんだ!。
そして、すっごくかわいいお洋服を着ている……。
赤くて長い
そうだ……これ……世界のファッションカタログで見た『巫女』さんのお洋服だ!
……カタログとちがって、布の割合はすこし多いけど。
「ちょ、ちょっとあなた! 突然お姉さまに抱きつくなんてなにを考えておりますの!?」
ベルちゃんはプンプンしている。
「クーちゃん、クーちゃん」
と、ミーちゃんが耳打ちした。
「瑠々が『あぶない』って言ってたの、この娘のことかな……?」
「う~ん、そんな風には感じないけど……」
「私、わかっちゃった。あなた、月の聖女様でしょう?」
「……え?」
「そっかそっか! 瑠々、ちゃーんと聖女様を連れてきたんだ! さ、入って入って!」
「あ、瑠々ちゃんの知り合いさん?」
言うだけ言うと、おっきなお胸のお姉さんは建物の中に入ってしまった。
「…………」
戸惑ったけど、結局はわたしたちもお邪魔することにした。
*
「それでは自己紹介。私は瑠々の姉の
深々と頭を下げられる。
「瑠々ちゃんのお姉さんだったんですか!」
「そ」
言われてみれば瑠々ちゃんと同じようにキツネのお耳もしっぽも付いてるし、納得だ。
「そう、瑠々のお姉さまでしたの」
ズズ、とお茶をすするベルちゃん。
「ですが瑠々はおりませんの。あの子、隠れて出てこないのですわ」
「あ、それなら大丈夫。えっとねぇ……」
夜々さんは
「な、なにしてるんですか?」
「まあ見てて。――ハッ!」
ダン! と畳を踏んだ。
すると――
「きゃあっ!?」
ドサッ、と瑠々ちゃんが天井から落ちてきた。
「瑠々ちゃん!」
「いたた……」
瑠々ちゃんはおしりをさすっている。
「瑠々、天井から覗き見るときはちゃ~んとバランスを取らないとって教えたでしょ?」
「も、もう! 姉上! 聖女様もいるんだからいじわるしないでください!」
瑠々ちゃんは夜々さんをポカポカ叩く。
でも夜々さんは笑ってそんな瑠々ちゃんを軽くあしらっている。
姉妹仲むつまじい姿が微笑ましくて、わたしとミーちゃんは腕を組んでうなずいた。
「――それじゃあ瑠々、ちゃんと瑠々の口から説明しなさい」
「は、はい……」
夜々さんに言われて瑠々ちゃんがわたしたちに向き直る。
「え、え、えっと……そ、その……る、瑠々の家は忍者をやっていまして、そ、それで瑠々の任務は月の聖女様をお連れすることだったんです……この
「そうなの?」
「は、はい……で、ですので、影からお守りしていました……」
「え? でもそれっておかしくない?」とミーちゃん。「連れてきたかったのに、影から守ってたの?」
「そ、それは、この村も通り道になりそうでしたし、それに……」
チラと夜々さんを見る。
「姉上に、できれば会わせたくないな~、と……」
「ああ……」
夜々さんはなにも言わずニコニコしている。
「話はわかりましたが、わたくしの目はごまかせませんのよ、瑠々」
今度はベルちゃんが真剣に瑠々ちゃんを見据える。
「な、なにがでしょうか……?」
「あなたの、ククリルお姉さまを見る目はそんなものじゃありませんの。もっとこう……そう、内に秘めたる乙女の熱い心を感じるのですわ!」
「あ、そ、それはっ……!」
瑠々ちゃんはもじもじして、チラ、とうかがうようにわたしの顔を見た。
「?」
「じ、実は……る、瑠々は……その……せ、聖女様に命を助けていただいたんですっ……!」
「……え? わたしに?」
きょとんとしてしまう。
「んん? 瑠々ちゃんがわたしを助けてくれたんじゃなくて?」
「は、はい……る、瑠々は、聖女様を探しに旅立ったものの
「……あ!」
と、ミーちゃんが顔を上げた。
「もしかして、あのときのキツネ!?」
「…………」
こくん、とうなずく瑠々ちゃん。
「あ~! そっかそっか~!」
「え? なんのことミーちゃん?」
「ほら、あたしの村から旅立つときにさ、息も絶え絶えのキツネを浄化してあげたでしょ?」
「…………あっ!」
思い出した。
たしかにあのときキツネさんを浄化してあげた!
「そっか、あのときのキツネさんは瑠々ちゃんだったんだ!」
「せ、せ、せ、聖女様……っ! あ、あ、あ、あのときは、本当に……っ!」
「わ~! あのときのキツネさんだったんだ~! 元気してた~!?」
「せ、聖女様……っ!」
「や、どうして昔の友だちに会ったみたいなノリなの……」
瑠々ちゃんの瞳はふるえている。
恩を感じて守ってくれていた瑠々ちゃんのやさしさがとてもうれしいし、いじらしい。
「る~るちゃん♪ る~るちゃん♪」
「わっ!? せ、聖女様っ!? そ、そんなほっぺとほっぺをスリスリなんて……!」
「あ~聖女様ずる~い! 私もスリスリする~!」
「ちょっ、姉上は来ないで! こ、来ないで! や、や~!」
「わ、わたくしも参加させてくださいませ! さ、お姉さま、スリスリ……スリスリ……お、おおおおおおっ!!!」
「みんなでスリスリしよ~♪」
「はいはいストップストップ」
パンパン、とミーちゃんが手を叩いてみんな離れた。
ベルちゃんだけはまだはあはあ言っている。
「話を戻すけど、この村の浄化だよね? できる、クーちゃん?」
「……わかりました」
すっくと立ち上がる。
「このククリルにお任せあれ!」
「せ、聖女様……っ!」
「やったぁ! さすがは聖女様!」
「ですが条件があります」
「え? 条件?」と夜々さん。「条件って、なにかな?」
「今すぐ、服を脱いでください」
「……はい?」
夜々さんは目をしばたたかせた。
「……服を、脱ぐ?」
「そうです。今すぐ、ハリー、なう。脱がないとどうなってしまうか……わかりますね?」
「えっと……」
いつもの困り顔だけど、ミーちゃんが助け船を出してくれた。
「あー、すみません、その巫女服を着てみたいって意味です……この娘、お洋服に目がなくて……」
「あ、そうなの? 巫女服が着てみたかったの?」
ぶんぶんぶんと、力強くうなずく。
「な~んだ。じゃあ、脱いでくるからちょっと待ってね」
「いえ、その必要はありません」
「ん?」
「わたしが脱がしますので」
「……え?」
「はい本気と書いてマジ。
「……ふむ」
夜々さんは少し考えて、
「いいね、なんだか面白そう! その勝負、お姉さん受けて立っちゃおうかな!」
と、余裕の笑みを浮かべた。
(つづく)
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