第15話 ネグリジェ初体験(前編)

「わ! ミーちゃん街が見える! 景色すごいよ!」

「どれどれ……おお!」


 山の中腹から温泉街を見下ろす。

 一望する街並みはとても美しく、こうして見ると山間やまあいに切り開かれていることがわかり人の強さを感じる。


「ん~!」


 ぐ~っと伸びをする。

 果てのない青空の下、さわやかな風に吹かれての登山は言いようもなく気持ちがいい。

 昨日とはちがい、まるでピクニック気分だ。


「はぁ……名残惜しいですわ……もっとお姉さまとくんずほぐれつしたかったですのに……」


 ベルちゃんも残念そうだ。

 実はわたしも、温泉とお洋服屋さんと離れ離れになってしまうのはさみしい。

 ミ、ミーちゃんとの洗いっこも……あったし……。

 そう、いつかまた戻ってくると自分に言い聞かせる。


「あれ? 瑠々は?」


 ミーちゃんが周りを見回した。

 気が付けば、いっしょに歩いていたはずの瑠々ちゃんがいなくなっていた。


「瑠々ちゃん、トイレかな?」

「……いや、これは戻ってこなさそうだね」

「まったく、お姉さまに挨拶もなしにいなくなるなんて、お姉さまシスターズ失格ですわ」


 ベルちゃんはプンプンしている。

 お姉さまシスターズってなんだろう?


「瑠々ちゃん、まだ恥ずかしいのかな?」

「や、たぶん任務ってやつだよ。瑠々は影からクーちゃんを守りたいって言ってたし、そのためには隠れて付いてくるのが一番って判断なんだと思うな」

「そっか……うん、そうだよね……」


 さみしいけど仕方ない。


「ありがとう、瑠々ちゃん」


 草むらにささやいたら、ガサッ、と音がした。


   *


 足元に気を付けながら崖沿いの道を歩いていると……


「げ」


 ミーちゃんが声を漏らした。

 おっきな岩々が道をふさいでしまっていた。


「崖崩れか……」


 山頂を見上げると、たしかに上の方がえぐれているように見えた。


「魔法で壊せないかな?」

「いや、それはあぶないよ。衝撃でまた崖崩れが起きかねない」

「じゃあ他の道?」

「う~ん、他に道はなさそうな感じだったけど……」

「ここはわたくしにお任せあれ、ですわ」

「え?」


 と、ベルちゃんは杖を取り出して呪文を唱え始めた。

 やがて杖が光を帯びて……


なんじわれわれなんじ……サモン!」


 ボウン!


「わっ!?」


 もくもくと煙のようなものが立ち込め、それが人の姿をかたどっていく。

 そして――


「どうも~レイだよ~。よろしくね~」


 かわいらしい、女の子の幽霊さんが現れた。

 おっとりとした雰囲気で、目が少しとろんとしている。


「……ごくりっ」


 そして、なんとスケスケのお洋服を着ていた。

 記憶がただしければ、あれは寝るとき専用のお洋服『ネグリジェ』だ……。


「この娘はネクロマンサースキルで呼び出した便利ゴースト、レイですの。ちょっと癖がありますが役には立ちますわ」

「や~久しぶりだね~ベルちゃん。もうおねしょはしなくなった? 前はおねしょをするたんびに泣いて「わたくしはおねしょの国の王女様なのですわ~!」とかわけのわからないことを言ってたよね~」

「し、し、し、死んでおしまいなさい!!」

「もう死んでるよ~」


 ベルちゃんがブンブン杖を振り回すもレイさんを素通りして、レイさんはケタケタ笑っている。


「ふぅ、まったく……。さ、早く上空に行って周囲を探ってくるのですわ」

「は~い……って、ん?」


 レイさんはわたしがソワソワしているのに気が付いた。


「どうしたの?」

「あ、あの、実は、その……」


「……ク、クーちゃん、まさか」とミーちゃん。


「あ、あの! わたし、レイさんのお洋服が着てみたいです!」


「お洋服? このネグリジェのこと?」

 

 レイさんは目を丸くする。


「……へ~、このセクシーでスケスケなネグリジェを着てみたいんだ~?」

「ふぁ、ふぁい!」

「どうしよっかな~」

「そこをなんとか、お願いします!」

「もしかして……見せたい人でもいるのかな?」

「……えっ!?」


 レイさんはイタズラな笑みを浮かべている。


「…………」


 わたしはチラ、とミーちゃんを見る。

 ミーちゃんはわたしの視線には気づかず、やれやれといった感じだ。


「……ぅ」


 な、なんでミーちゃんのこと見ちゃったんだろう。

 カーッと顔が熱くなる。


「フフッ。いいよって言ってあげたいんだけど、ごめんね。このネグリジェはわたしの体と一体化しているからさ。ちょっとムリかな~」

「そ、そんな!」

「それに、そんなに着たいならまずはアナタ、ククリルちゃんから脱がなくちゃ」

「え?」

「だってこれ、パンツだけの姿になって着るものだよ?」

「あ」


 そっか、ネグリジェは寝間着……パンツ一枚になって着ないとほんとうの意味での『お着換え』にはならないんだ……!


「……ぎます」

「え?」

「わたし、脱ぎます!」

「……ええ!?」レイさんは目を丸くした。「うそ、本気!?」

「はい! お着換えのためならわたし、脱ぎます!」

「ええ~……諦めてもらうつもりだったんだけどなぁ……」

「じゃあ、あ、あっち向いててください。ほ、ほら、ふたりも……」


 後ろを向いてもらうようにお願いして、わたしはお洋服を脱いでいく。

 みんなでお風呂に入れたから大丈夫だと思ったのに……。

 自分ひとりだけ裸になることがこんなに恥ずかしいとは……。


 聞いたことがある。こういうのを奴隷……、というのだろうか。

 本当は、恥ずかしいはずなのに。

 心臓が、はやがねのようにドキドキいってる……。

 ブーツにワンピースにブラジャー……パンツ姿になると肌寒い風が吹き抜けた。


「うぅ」


 両手でお胸を隠すけど。

 ブルッと震えてしまう。


「はぁ……はぁ……」


 なんだか息遣いも荒くなってしまう。


「じゅ、準備できました! では、いきます!」

「え? あ、ちょっ、待っ――」

「トウッ!」


 恥ずかしさを振り切るかのように。

 レイさんが振り向くのも待たずに地面を蹴り上げた。

 少し浮いてるレイさんの体にジャンプで飛び込む!


「合体!」


 ピカーン!


「お……おおっ!」


 ミーちゃんとベルちゃんから声があがった。

 レイさんの中から見るふたりはまるでまるで透明のベール越しの世界にいるかのようだった。


 やっぱり! レイさんと一体化することができた。

 幽霊に『お着換え』大成功だ!


「………あ、あはは」


 でも、なんだかミーちゃんは照れて笑っている。

 ベルちゃんはあいかわらずの荒い息づかいだ。

 鼻血まで出てる。大丈夫かな?


「?」


 おかしな反応が気になって視線の先、自分の体を見てみると、なんとお股とお胸がかろうじて隠れているだけでお洋服がスケスケだった。


「え!? ど、どうして!?」

「どうしてって、ネグリジェ着たかったんでしょ~?」


 一体化しているレイさんの声が響いた。

 耳元で話しかけられているようでくすぐったい。


「私も半透明だし、ネグリジェだってスケスケなんだから当たり前かな~」

「そ、そっか……」


 顔が赤くなる……。

 でも、ネグリジェが着たくってお着換えを頼んだんだから、これくらいは我慢しなくっちゃ……。


「?」


 と、レイさんがもぞもぞしだした。


「どうしたんですか?」

「や、中に入られるなんて初めてのことだから、ちょ、ちょっと変な感じで……」

「もしかして、痛いですか?」

「ううん、そんなことは…………あぅんっ!」


 突然、レイさんが色っぽい声を上げた。


「いたっ……! でも気持ちいい……! こ、これは……いた気持ちいい……!」

「レ、レイさん……?」

「ええ……!? 死んじゃったのに、ワタシ、死んじゃったのにこんな感覚……!」


 中から見上げたレイさんは恍惚こうこつに頬を染めていた。

 それを見るベルちゃんはムスーッとしている。

 なんだかよくわからないけど、いちおう大丈夫みたい。


「え、えっと、上空からの調査、だったよね……いきます!」


 意識を集中する。


「ハッ!」


 バッ! と両腕を上げてジャンプしてみた。

 すると――


 ふわふわ


「すごいですわ! お姉さま空中を移動してますわ!」


 なんと、飛ぶことすらできてしまった。


「やった! やったよミーちゃん! ほら、タネも仕掛けもないんだよ!?」

「う~ん、でもそれってお着換えというより取り憑かれてるんじゃ……」


 そのままふわふわと上空へ舞い上がる。

 空を飛んでるなんて、まるで夢みたい!


 程よいところまで上昇すると、周囲をぐるりと見渡した。


「やっぱり他に道はなさそうだけど……って、えっ!?」


 下に視線を戻すと、ミーちゃんたちがクマさんに襲われていた。


「た、大変だ! ミ、ミーちゃ……って、あれ?」


 でもよく見ると、身振り手振り会話している。

 どうやらしゃべるクマで危険はないみたいだ。


「――ミーちゃん」


 急いで近くまで降りる。


「クーちゃん、今ね、山について詳しく聞いてたんだ」

「ちょ、クーちゃん!?」


 振り向くと、クマさんはわたしを見て目を丸くしていた。


「え? な、なんだい君は? それはいったいどういう状況? 頬を赤らめて吐息を荒くしている女性もかさなって見えるし、そ、それにその格好は…………うっ!」


 突然クマさんが股間をおさえて苦しげに眉間にシワを寄せた。

 まるでなにかを耐えているみたいに。


 慌ててミーちゃんが駆け寄る。


「クーちゃん、胸みえちゃってるよ!」

「え!?」


 しまった、すっかり忘れていた……。

 恥ずかしさがこみ上げてくる……。


「うごご……! うごごご……! ダ、ダメだ……ボクはもう……に、逃げ……」

「……え?」

「――ッ!」


 クマさんは白目をむいて


「ゴガアアアアアアッ!!!!!」


 天に向かって咆哮ほうこうした!


「ちょっ、どうしたんですか急に!?」


 尋常ならざる様子にミーちゃんも戸惑っている。 


「やっぱり怖いクマさんだったの!?」

「え、ち、ちがうよ! さっきまでは全然ふつうだったんだって!」

「ま、まさか……」


 と、ベルちゃんがぽつりとつぶやいた。


「まさか、ヤミーの影響ではありませんの……?」

「……え?」とミーちゃん。「あ、そうか!」

「ベルちゃん冴えてる! うん! これはヤミーだよ!」


「ふしゅぅうううううううっ……! ふしゅうううううううっ……!」


 クマさんは牙をむき出しにして、わたしを見てよだれを垂らしている。

 もう完全に理性を失ってしまっている。


「ええいこうなったら仕方がない! みんな!」


 ミーちゃんの一声に臨戦体勢に入る。

 クマさんは、グルル……、喉を鳴らし、


「グルルァアアアアアアッ!!!!!」


 両腕を広げて襲いかかってきた!

 さっきまで温厚そうなクマさんだったのに……。


(つづく)

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