第14話 初めての洗いっこ(後編)

 カッコーン


「風情があるねぇ……」


 三人で温泉につかっていると謎の音が響き、ミーちゃんがぽつりとつぶやいた。

 わたしもうっとりと聞き惚れる。

 さっきの洗いっこがまぼろしだったかのようだ……。


「は~……いいお湯ですわね……それにお姉さまと同じ湯に浸かれるなんて……今宵こよいのスープはこの温泉のお湯で決まりですわね……」

「ベル、だし汁じゃないだから」


 すかさずツッコミを入れるミーちゃん。

 ベルちゃんはわたしのとなりでうっとりとしている。

 見上げれば空はあかあおが混じり合い、なんだかすごく幻想的な雰囲気だ。


「クーちゃん、もっと温泉を堪能たんのうしなきゃ」


 天をあおいでいたミーちゃんが流し目でこちらを見た。


「え? た、堪能たんのうしてるよ?」

「ううん、もっと、もっと……心のネジをゆるめて……温泉はね、魂を洗う場所でもあるんだよ……静かに、ゆったりと、温泉と一体化するの……」

「わ、わかりました……」


 わたしも心をしずめ、ミーちゃんみたいに温泉と一体化する。


「……………………は~……」


 思わず深く息が漏れた。

 頬が緩んでしまう。


「ああ……」


 温泉……しゅごい……なんか……とろける…………。


「……ん?」


 と、ベルちゃんがキョロキョロしていた。


「……どうしたの?」

「誰かに、見られておりますの……」

「……え?」

「でも敵意は感じない……この恋い焦がれる乙女のような視線はわたくしと同じく…………そこですわ!」


 ビシッ! とベルちゃんがお団子屋さんの看板を指差した。

 すると……


 ――ペラリ


「えっ!?」


 なんと看板がめくれて瑠々ちゃんが現れた。

 看板だと思っていたものはお団子屋さんの広告を偽装した布だったのだ。

 

「瑠々ちゃん! 来てくれたんだね」

「はい、せせ聖女様の計らいで温泉のチケットを頂きまして……」

「あー、だからチケットもう一枚って言ったんだ」

「瑠々ちゃんも来るかと思って、お団子の串に刺しておいたの」


 瑠々ちゃんは気まずそうにトトト、と駆けてきた。


「なぜ隠れていたんですの」とベルちゃん。

「す、す、す、すみません……る、瑠々は、聖女様を影からお守りしようと……」


 瑠々ちゃんはうなだれて涙を浮かべている。 


「ねえ瑠々ちゃん」

「は、はい」

「せっかく来たんだから、瑠々ちゃんもいっしょに入ろうよ?」

「……え?」


 きょとんとする瑠々ちゃん。


「いっしょに入ろうよ、ね?」

「る、瑠々も、瑠々も入っていいんですか……?」

「もちろんだよ。いいよねふたりとも?」

「うむ」とミーちゃん。

「まあ、本来ならば固くお断りするところですが、あなたには助けていただきましたし? 今回は? 特別に? 許してあげなくもないこともないですわ」

「だって、瑠々ちゃん」


 瑠々ちゃんは少しのあいだ固まっていたけど、忍者さんの衣装から飛び出た耳はぴょこぴょこ動き、やがて瞳をうるませて、


「は、は、はいっ!」


 満面の笑みでそう答えてくれた。


   *


「はぁ……気持ちいいですね……」


 瑠々ちゃんも輪に加わっていっしょに温泉に浸かる。

 忍者服に隠された瑠々ちゃんのお顔はやっぱりとってもチャーミングで、しかも体は隠れボインさんだった。

 お胸はわたしよりも大きくて、なんとお湯に浮かぶ。


「で、でもっ、ごごご強引に脱がされてしまうとは思いませんでした……」


 頬を赤らめて、ぶくぶくと顔を沈める。


「あなたがいくら待っても服を脱がないからですわ」とベルちゃん。「まったく、お姉さまにお誘いいただいたというのにそのていたらく、やはりお姉さまにふさわしいのはこのわたくしのようですわね!」

 

 おーほっほっ! と笑うベルちゃん。

 恥ずかしがってなかなか脱がなかった瑠々ちゃんを、ベルちゃんが強引に脱がしたのだった。


「ねえ瑠々ちゃん。瑠々ちゃんはどうしていつも逃げちゃうの?」


 ここぞとばかりに聞いてみた。


「あ、あのっ、えとっ……る、瑠々はその、は、恥ずかしがり屋なのでっ……」

「じゃあ、わたしのことが嫌いなんじゃないんだよね?」

「ち、ちがいますっ! 瑠々はっ、聖女様にご恩だってあるんですっ!」

「よかった。もしかしたら嫌われてるんじゃないかって心配してたんだ」

「そ、そんな、聖女様……」


「な、なななななななななんですのあなたは!?」


 ベルちゃんがザブンと立ち上がった。

 いろんなところが丸見えだ。


「あなた、後から出てきて卑怯じゃありませんこと!?」

「残念ながら出会ったのはベルよりも先なんだよな~」とミーちゃん。

「ぐ、ぐぬぬ!」


「るーるちゃん♪」

「わっ!?」


 無性にかわいくなって抱きついてみた。

 キツネのお耳をもみもみする。


「もみもみ もみもみ」

「あっ! み、耳はダメです! み、耳は! あっ!」

「じゃあしっぽは?」

「そ、そっちもダメですっ!」


「お、おおおおおおおおお姉さまっ!?」ベルちゃんは目をぱちくりさせている。「な、なんてうらやまけしからんことを……! わたくしは!? わたくしはかわいくはありませんの!?」

「ベルちゃんもかわいいよ。おいで」

「――っ!」

 

 パアアッと表情が晴れて、


「お姉さまっ!」

 

 ギュウッと抱きつかれた。


「ああお姉さま! お姉さま! お姉さまったらお姉さま!」


 背中をさすってあげる。

 う~ん、すべすべだ。


「ああ、お姉さまのお胸に顔をうずめられる日がこようとは……! はあはあ……! クンカクンカ……! はあはあ……! ああ! ディバインスメル《神の匂い》!」

「ふふっ。ほれほれ~♪ 瑠々ちゃんもほれほれ~♪」

「あ、やめっ、やめてくださいっ! せ、聖女様っ……、し、しっぽはほんとに……ふああっ!」


「こ、こら、あんまりはしゃぐとノボせちゃうぞ~……」


 パンパン、とミーちゃんが手を叩き、くんずほぐれつしていたわたしたちは体を離す。

 ? なんだろう、ほんの少しだけど、いつものミーちゃんと違うような……。


「ほへ~……」


 実際、もうかなりノボせていた。

 頭がクラクラする。


「あ、そうだ、瑠々に聞きたいことがあったんだ」ミーちゃんが瑠々ちゃんに向き直った。「団子の串に『変態注意』って書いてあったけど、あいつ《グレーチェ》のこと知ってたの?」

「き、吸血鬼のことですね……」

「ね、ミーちゃん、吸血鬼ってなに?」

「血を吸うといわれる、半ば伝説の種族だよ。ほら、鋭く長い牙を持ってたでしょ?」

「あ」


 たしかに、グレー……なんとかさんの歯は尖ってた。

 わたしも耳を噛まれちゃったし。


「血かぁ……血っておいしいのかなぁ?」

「る、瑠々は、瑠々は見ました……森をヤミーに染めていくあの人を……!」

「じゃあこの辺りをヤミーに染めてるのはあいつで間違いないね」とミーちゃん。

「は、はい、そ、そうだと思います……」

「また、やってくるだろうね……」

「…………」


 その一言に、みんな押し黙ってしまう。

 お洋服をくれたのは嬉しかったけど……、ふくざつだ。


「ミーちゃん、ミーちゃん」

「……ん?」

「グッ!」


 いつもミーちゃんにしてもらっているように、わたしも親指を立てて見せる。


「クーちゃん?」

「大丈夫だよ! わたしがみんなを守るし、ミーちゃんのためにもアリエス国へ行かなくちゃなんだもん!」

「クーちゃん……」

「ミーちゃん……」


 うるんだ瞳で見つめ合い、みんなにわからないようにお湯の中でそっと手を取り合った。


   *

「ふ~、ノボセたノボセた」


 ザパッ、とミーちゃんが立ち上がった。


「みんなもそろそろ上がらないとノボせちゃうぞ~」

「わ、わたしも出る……」

「る、瑠々も……」


 わたしと瑠々ちゃんも続いた。


「うぅ……」


 足取りがおぼつかない。

 目が回る。


「はへ~……ここはどこ……? わたしは誰……?」


「あれ? ベルは?」

「え?」


 ミーちゃんが周囲を見渡す。

 そういえばいつのまにかベルちゃんがいなくなっていた。


「お~い、ベル~?」

「ベルちゃーん……って、あ! ミ、ミーちゃんあそこ!」


 温泉の隅を指差す。

 そこにはおっきな桃が浮かんでいた。

 ううん、桃じゃない……おしりだ!


「ベルちゃん!」


 慌てて抱き起こすと、ベルちゃんは完全に茹で上がっていた。


「ほへ~、お、おねえひゃま……」 


「入る前から鼻血出してたもんなぁ」


 ミーちゃんは苦笑している。


「お、おねえひゃま……人工呼吸を……さあ、むちゅ~……むちゅ~っと……」

「意識あるんだからいらないでしょ」


 ミーちゃんはタオルをお水で濡らしはじめた。


「はらひれほれ……」

「ふふ」


 かわいい。

 お口の代わりにおでこにチュッ、としてあげた。


(つづく)

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