第14話 初めての洗いっこ(前編)
「じゃ、じゃあいくよミーちゃん」
「う、うん……」
「…………」
タオルをそっとミーちゃんの背中に押しあてる。
痛くないように、なでるように、ゆっくりと動かす。
「んっ」
ピクン、とミーちゃんは背中を反らした。
「ちょ、ちょっと、こそばゆいかな~、なんて……」
そっか、あんまり撫でるように動かすとくすぐったいんだ……。
「ご、ごめんね……わたし、お風呂で洗いっこなんてしたことないから……」
「うん、わかってる……。いいよ、続けて」
「……うん」
ゆっくりと、繊細に、まるで壊れものにでも触るみたいにタオルを動かしていく。
でも、それでいてこそばゆくならないくらいの力加減で。
「んっ」
ミーちゃんはまたピクンとしたけど、今度はなにも言わなかった。
少しずつ石けんの泡が立っていく。
そうするとすべりがよくなって少し洗いやすくなった。
これならこそばゆいということもないはずだ。
だけど――
「はぁ……はぁ……」
湯煙のなかでもわかる。
ミーちゃんは、耳まで真っ赤にして息を切らしていた。
ただ、わたしに背中を洗われているだけなのに。
――緊張、してるのかな。
チャプ……チャポ……
露天風呂は心地よい音を立て、もくもくと湯気を立ち上らせている。
その向こうにはわたしたちが浄化してきた山並みが広がり、今では青々と映えて自然の雄大さを感じさせる。
――温泉屋さんがお礼にといって露天風呂を貸切にしてくれて、ミーちゃんとふたり、背中の洗いっこをすることになったのだ。
と、鏡越しにミーちゃんと目が合う。
「っ!?」
バッ、とふたりして顔をそらしてしまう。
わたしの耳も真っ赤になり、視界がにじむ。
ミーちゃんはわたしとちがってタオルを胸に巻いていない……ただお股に乗せているだけで…。
鏡越しにミーちゃんのお胸も見えるような見えないような……。
「ね、ねえクーちゃん……? なんか、恥ずかしいね……」
「…………」
視線で気づかれたんだと気づく。
恥ずかしそうに、はにかむミーちゃん。
「で、でも、ミーちゃん前に、温泉なら裸なんてふつうだって……」
「あ~……ごめん、やっぱり恥ずかしいや……。でも、不思議かも……温泉だって入ったことあるし、着替えとかで裸を見たことも見られたこともあるんだけどなぁ……。やっぱり、クーちゃんが相手だからかな……」
「……え? それって……?」
「…………」
また鏡越しに目が合うと、今度は視線をそらさず照れくさそうに笑ってくれた。
「…………」
わたしだから、恥ずかしい……?
わたしだから、緊張する……?
それって……!
「う、ううっ……!」
こしこし、こしこし、と一心不乱に背中を洗う。
プシューと頭から湯気が出ているような気がする。
熱い……。
こしこし……
こしこし……
「…………」
な、何かしゃべらなくちゃ……。
「それにしてもベル、遅いね……」
「う、うん……」
もちろんベルちゃんもいっしょに入る予定だったんだけど、もっとタオルが必要だと言って買いに行ってしまい、まだ戻ってきていなかった。
背中を一通り洗い終えたので、桶に張っていたお湯を背中にかけていく。
「だ、だいじょうぶ? 熱くない?」
「うん、熱くないよ」
泡が洗い流されてしまうと、ミーちゃんの玉のような肌は陽の光を反射してつややかに輝いた。
「ミーちゃん……お肌きれい……」
「ほんと? ありがと」にししと笑う。「じゃあ次はあたしの番だね」
おずおずとミーちゃんと位置を入れ替える。
泡立ったままのタオルを手渡した。
「……ねえクーちゃん。背中洗いたいから、胸に巻いてるタオル、外してくれる?」
「――っ!」
ぶんぶん首を横に振る。
「で、できません!」
「だって、これじゃあ洗えないよ?」
「で、でもっ……だってっ…………えっ?」
と、ミーちゃんが後ろから抱きしめるように手を回してきた。
そっと耳元でささやかれる。
「ほら、力を抜いて……」
「……あ」
シュル、と、胸に巻いていたタオルを取られてしまった。
「ぁ……ぁ……」
「……クーちゃんの胸、きれい」
「…………ひゃ、ひゃあああああっ!!!!!」
腕で胸を隠して身を縮める。
ミーちゃんは笑ってわたしの背中を洗い始めた。
こし……こし……
こし……こし……
「……うっ」
ゾワッとして総毛立った。
たしかにこれは……なんだかこそばゆい。
「くすぐったい? おかしいな、そんな風にしてるつもりないんだけど……」
「う、ううん、だいじょうぶ、だから……」
「くすぐったかったら言ってね」
「う、うん……」
こし……こし……
こし……こし……
「――っ!」
またゾワッとして震えてしまう。
でも、ミーちゃんだって我慢してくれたんだからわたしも我慢しなくちゃ……。
「はぁ……はぁ……」
必死に息を押し殺す。
我慢しないと声が出ちゃう……。
ああ、なんでだろう……お付きの人に洗ってもらったときはこんな風にはならなかったのに……。
やっぱりミーちゃんだから……こんな風に感じちゃうのかな……?
「……う、うぅ……」
全身に鳥肌が立ち、ありえないくらいに敏感になっている。
こんなの……こんなのおかしくなっちゃうよぉっ……!
「……クーちゃん?」
「う、ううん! なんでもない!」
「?」
わたしの体はもう温泉に入った後みたいに火照っていた。
あまりの
やがてミーちゃんの手が止まり、
「よし、こんなものかな」
サッと背中を流してくれた。
「あ、ありがとうミーちゃん……」
「どういたしまして。それにしてもベル遅いね。先に入っちゃう?」
「あ、あの、あの、ね、ミーちゃん……?」
「ん?」
もじもじとしてしまう。
でも、意を決して言った。
「ま、前も! 前も洗いっこしたい!」
「……えっ、前もっ!?」
こくこくとうなずく。
恥ずかしくって涙があふれる。
「ま、前は、さすがにちょっと……。いくら女の子同士でも、聞いたことないよ……」
「だ、だからだよ! 女の子同士でも、ふつうはやらないことがしたいの! そそ、そうだ親友! ミーちゃんとわたしは、親友だから!」
言い出しっぺなのに、ミーちゃんの顔を見られない。
視界がにじむ。
息が、苦しい。
「あ、あはは……」
と、ミーちゃんは曖昧に笑った。
「ま、まあ、そ、そそそそういうことなら、あ、あたしも、応えてあげなきゃなー、なんて……あ、あはは……」
「じゃあ、いいの……?」
「う、うん……いい、かも……」
「……ミーちゃん」
「……ク、クーちゃん」
お互いにタオルを手に取り見つめ合う。
「じゃ、じゃあクーちゃん、いくよ……?」
「ど、どうぞ……ミーちゃん……」
「…………」
ごくり、とつばを飲み込んだのがわかった。
ミーちゃんの手が伸びて、わたしの脇腹に触れた。
「ひゃっ!?」
ビクン、と震えてしまった。
「わ、わたしだって……!」
こっちも手を伸ばしてミーちゃんの脇腹に触れる。
「んっ……」
ピクン、とミーちゃんも震えた。
お互いに気恥ずかしくなって笑う。
わたしの手はミーちゃんのお腹をすべり、お胸へ。
ミーちゃんのお胸は控えめだけど、盗賊のミーちゃんにはすごく似合っていてわたしは大好きだ。
いっぱい泡を付けてていねいに汚れを落としていく。
今日は源泉まで行ってたくさん汗を掻いたし、洗いすぎるということはない、はず……。
だけど敏感なところでもあるから、やさしく、なでるようにタオルをこすり付ける。
「……んっ」
ミーちゃんが体をくねらせたけどそこはご
「んっ……あっ……んっ……」
ミーちゃんは片目をつむって耐えている。
「ちょっ、わざとそこばっか洗ってない!?」
思わず笑ってしまうと、む~、と口をとがらせるミーちゃん。
さすがにちょっとやりすぎてしまった。
でも怒ったミーちゃんもかわいくて、緩む頬を抑えられない。
「よーし、じゃあ今度はこっちの番だからね!」
ミーちゃんがわたしの体にタオルをすべらせる。
腕、お胸、お腹とすべっていき――
「――ひゃっ!?」
慌てて手をつかんだ。
ミーちゃんがお股にかぶせていたタオルをめくり上げたのだ。
「な、なななななにしてるのミーちゃん!?」
「だって、ここも前だから、取らないと洗えないよ?」
「こ、ここも洗いっこするの!?」
「ク、クーちゃんが言ったんだよ……?」
ほ、本当に……?
「だって、太ももとか洗わないの?」
「……え? ふ、太もも……?」
「うん。……どしたの?」
「――っ!」
カーッと血の気がのぼる。
「もう、流してしまいます!」
お湯を溜めていた桶を持って立ち上がる。
熱い!
「ちょっ、そんなに慌てて立ち上がると――」
「ちょあっ!?」
ツル、と足をすべらせてしまった。
前のめりに倒れ込む。
「ぐえっ!」
「ほらぁ、気を付けないとダメだよ、クーちゃん」
「いたた……ご、ごめんね……って、えっ!?」
見れば、わたしの手はミーちゃんのお胸をつかんでいた。
体勢を立て直そうと力を入れたら、もみもみとしてしまった。
「んっ……!」
突然ミーちゃんが色っぽい声を上げた。
「ク、クーちゃ……手……どけて……」
「…………」
ミーちゃんの瞳はうるみ、どこか怖がっているような、まるで捨てられた仔犬みたいな瞳でわたしを見つめてくる。
「…………」
ぐるぐると世界が回る。
「はっ……はっ……はっ……はっ……」
わたしは今、ミーちゃんを組み敷いている。
組み敷いて、いる。
「ミ、ミーちゃ――」
「――楽しいお遊びはそこまでですわ!」
ハッとして振り向くと、ベルちゃんが立っていた。
胸にタオルを巻いて、鼻にはタオルを詰めていた。
「そそそ、そのようなうらやましけからんことはわたくしを待ってからにしてくださらないと困りますわ!」
「あ~……あはは、ごめんね~……」
ミーちゃんが起き上がった。
わたしは見ていられなくて目をそらす。
心臓が痛いくらいに脈打っている。
うう、わたしはいったいなにをしようと……。
「んじゃまあ、三人そろったからお風呂入ろうか」
と、ミーちゃんは露天風呂へ。
タオルを脇に置いて、
「よいしょっ、と……」
ゆっくりと湯船に体を沈めた。
「はぁ~……生き返る~……ごくらくごくらく……」
「…………」
ごくり、と息を呑む。
頬を上気させてうっとりと目を細めたミーちゃんはほんとうに気持ちがよさそうだ。
「さ、お姉さま、わたくしたちも」
「う、うん……!」
と、ミーちゃんから声が飛んだ。
「ところでベル、なんで鼻にタオルを詰めてるの?」
「なぜって、わたくしがお姉さまの裸を見てただで済むとお思いですの?」
「あ」
見れば、鼻に詰めたタオルは赤く染まっていた。
これは、鼻血だ。
「ほらご覧なさい、備えあれば憂いなしですわ!」
なぜか「ふふん!」と得意げなベルちゃん。
ミーちゃんとふたり、思わず苦笑してしまった。
(つづく)
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