第7話 (● ●)

 パッカパッカ パッカパッカ


「うわ~……」


 森林地帯は、まさに『暗黒の森』というありさまだった。


「あれってヤミーだよね?」

「うん。言ったでしょ、うちの村だけじゃないって。世界各地でああなっちゃってるの」

「魔王の力、なんだよね?」

「そ、許すまじ魔王。でも天敵が出てきたからね」

「え?」

「クーちゃんのこと!」


 にしし、と笑って流し目で後ろのわたしを見る。


「浄化できちゃうんだから、魔王だって困ると思うよ」

「そ、そっか。うん、そうだよね」


 魔王さんが世界をヤミーで染めてしまうなら、わたしが浄化していけばいい。

 やっぱりこれはわたしにしかできない『月聖女としてのお務め』なんだ。


 パッカパッカ パッカパッカ


 うんこたれ蔵さんは軽快に走って森の中へ。

 ときどき後ろからブリブリッ、という音が聞こえてくるが気にしない。


「……ん?」


 と、ミーちゃんが声を漏らした。


「どうしたの?」

「いや、前からなにか……牛? いや、でも……」

「お牛さん?」

「っ!?」


 突然ミーちゃんが振り向いた。


「伏せてっ!」

「わっ!?」


 タックルするみたいに抱きつかれ、そのまま宙を舞う。


 ――ブゥン!


 目の前を、おっきな斧がかすめていった。


 ゴロゴロゴロゴロッ!

 

 受け身なんて取る暇もなく転がった。


「いつつ……」

「きゅう……」

「ちょ、ちょっとあんた! 突然なんなの!?」


「ブシュルルルルルル……!」


 ミーちゃんの言葉にも反応せず、お牛さんは鼻息荒くにらみつけてきた。


「……あれ? でもよく見たらお牛さんじゃないね?」

「あれはミノタウロスだね……」

「ミノタウロス?」

「牛の頭を持つ人間で筋骨隆々きんこつりゅうりゅう、力自慢の種族なんだけど……まずいね、ヤミーに染められちゃってる……」


 ミーちゃんはナイフを構えて臨戦態勢、少し腰が引けている。

 ミノタウロスさんの顔は真っ青で、その目も血走っておりたしかに正気を失っていることが見て取れた。


「オオオオオオオオッ!!!」


 と、突然雄叫びを上げて突進!


「ちょっ、そっち!?」


 わたし目掛けて駆けてきた。

 天高く斧を振り上げつつ目前に迫る。


「……ぁ」


 その動作は大きいけど、わたしは足がすくんで動けない。


「ガアアアアアッ!!!」


「クーちゃあああああん!」

「――――っ!」


 ガギンッ!


「…………え?」


「ヒュ~、危なかったねお嬢ちゃん。大丈夫かい?」

「……え、えっと」


 目の前には、別のミノタウロスさんのおっきな背中があった。

 斧を斧で受け止めてくれている。


「良いミノタウロスさんと、悪いミノタウロスさんに分裂……?」

「そんな能力はないさ。僕はミノタロウ、とにかく話は後、だ!」


 ガギンッ!


 と、またしても攻撃を受け止めてくれた。


「ふんっ! はっ! でやぁっ!」


 ギィン! ガギィン! と激しく斧がぶつかる鈍い音が森に響く。

 しばらく攻撃の応酬は続き、


「ブシュゥウウウウ……」


 ヤミーに染まったミノタウロスさんは茂みの奥へと去っていった。 


「ふぅっ」

「あ、あのっ、た、助けていただいてありがとうございます……! でも、なにがなにやら……」

「いや、感謝されるのはちょっとちがうかな。なにせあいつは僕の弟だからね」

「……え?」

「ミノジロウっていうんだ。魔王軍の幹部にヤミーに染められて、操られたみたくなっちゃってるんだ」

「そ、そうだったんですか……」

「だからむしろ僕は謝らないといけない。本当に申し訳ない」

「あ、い、いえ……」


 チュンチュン! ビヨビヨ!


「む!?」

「ど、どうしたんですか?」

「鳥が騒いでいる…………またミノジロウが森を荒らしてるんだ!」

「あ」


 ミノタロウさんはドシドシと音を立てて走っていってしまった。


「ミーちゃん、ミノタロウさんを追いかけよう! ミーちゃ……ミーちゃん?」

「……ぐすっ」

「ど、どうしたの?」

「たれ蔵がね……たれ蔵が、逃げていっちゃったんだ……」

「……え?」

「さっき、襲われてるとき、一目散に逃げるのが見えて……」

「そ、そうだったの?」

「たれ蔵……あたしとお前の絆はそんなものだったのかよぉ……!」


 ミーちゃんは涙目だ。

 ミーちゃんが泣くのなんて初めて見た。

 それはそうだ。命の危険を感じたら主人を置いて逃げる、それだけの絆でしかなかったんだ。

 目の前には、たれ蔵の脱糞だっぷんだけが残されている。


「……ミーちゃん」


 臭いに耐えながら、そっと肩に手を置く。

 ミーちゃんが落ち着きを取り戻すのを待ってからミノタロウさんの後を追った。


   *


 ドドドドドドドドッ……


 樹齢数百年であろうと思われる巨木が次々に倒されていく。

 寄りかかられた木々がミシミシと悲鳴を上げる。


「ミノジロウ! やめるんだミノジロウ!」

「ゴガアアアアアアッ!!!!」


 ミノジロウさんは斧を振るい、ミノタロウさんもうかつには近づけない。

 現場は膠着こうちゃく状態が続いていた。


「ミノタロウさん!」


 息せき切ってミノタロウさんのそばへ。


「心配で来てくれたのかい? 気持ちはありがたいけど、あそこまでヤミーの汚染が進んでしまってはどうしようも……」


 と、ミノタロウさんは右膝をさすった。


「まさか、さっきの戦いでケガを!?」

「いや、ここに来る途中で転んでしまってね」

「あ、そ、そうですか……」


 ミノタロウさんは、ギリ、と歯を食いしばる。


「ミノジロウくらい森を愛する男はいないというのに……っ!」

「…………やります」

「……え」

「わたし、やります!」


 むん! とムーンライトスティックを取り出して構える。


「やるって、なにをだい?」

「クーちゃんは月の聖女なんです」

「……えっ!?」


 驚きに目が見開かれる。


「ほ、本当かい!?」

「見ていればわかります」


 ニヤリ、と微笑むミーちゃん。


「クーちゃん、いける?」

「う、う~ん……」

「クーちゃん?」

「ミノジロウさん、止まってくれないかなぁ……」


「ゴガギガギギギギ……!」


 斧を振り回して次々に巨木をなぎ倒していく。

 その動きが一定ではないため狙いが定まらない。


「ゴガアアアアッ!!!!!」


「げ」


 ミノジロウさんがこっちへ突進してきた。


「やっぱりこうなった!」

「くっ! ここは僕が!」

「だけど足が!」

「君たちが逃げる時間くらいは稼いでみせる!」


 ギィン! ガギィン! とまた斧がぶつかり合う鈍い音が響く。


「うっ!」


 ミノタロウさんはやっぱり足を引きずっていて押され気味だ。

 このままじゃマズイ!


「あ、あたしも!」


 ミーちゃんもナイフを構える。


「いいから君は逃げてくれ!」

「でも!」

「弟に人殺しなんてさせたくない!」

「……ぅっ」


 そう言われては引っ込まざるを得ない。


「で、でも、そんなこと言ったってこのままじゃ……」

「……そうだ」

「……クーちゃん?」

「ミノタロウさん! その腕輪を貸してください! あと腰に付けてるロープも!」

「な、なんだって?」

「……あ、そっか! お着換え!」


 ミーちゃんの視線に力強くうなずく。

 『お着換え』でこの場を解決してみせる!


「ええい! よくわからないけど信じた!」


 ミノタロウさんは腕輪とロープを投げてくれた。

 急いで腕輪を腕に通すもブカブカで、いろいろ試してみたけどどこもブカブカで、


「そうだ天使の輪っかだ!」


 とひらめいて頭に乗せてみた。

 ガコン、とハマった。


「くっさ!」


 臭かった。

 たれ蔵さんの脱糞もたいがいだったけど。

 こちらも負けてはいない。


「どう!?」

「(● ●)」

「ちょ、くーちゃん!? 鼻の穴が変だよ!」

「……たぶん大丈夫!(● ●)」


 力がみなぎってくる……。

 これなら、やれる!


「ミーちゃん!(● ●)」

「い、いけるのね。おっけー、やっちゃえー!」

 

 以心伝心、ミーちゃんはロープをつかんで駆け、ミノジロウさんをぐるぐる巻きにする。


「さあクーちゃん!」

「うん!(● ●)」


 今度はわたしの番。

 投げられたロープを勢いよくつかむ。


「い、いったいなにを!?」


 ミノタロウさんは目を白黒させている。


「ミノジロウを縛ったところで君の力じゃどうしようも…………」


 ――スキル【怪力】、発動。


「……なっ!?」

「ふふっ(● ●)」


 ミノジロウさんの後ろに回って、引っ張って歩く。


「ゴガアアアアアアッ!!!!」


 もちろんミノジロウさんは激しく暴れるけど、わたしの力を持ってすれば赤子の手をひねるも同然、気にせず引っ張っていく。


「こ、これは……」

「これが月の聖女の力、『お着換え』なんです」とミーちゃん。

「ま、まさかこれほどとは……」


 大木にギュッ! ギュッ! と縛り付ける。

 斧を使えなければ、さすがに木を引っこ抜いてしまうことはできないだろう。


「じゃ、いきます!(● ●)」


 あらためてムーンライトスティックを構える。

 スティックを暴れるミノジロウさんの額に当てて……


「必殺! ムゥーーンン・プリズム・パワァーーーー……ヒールフラッシュ!!!(● ●)」


 パアアアアアアアッ……!


「……あ、あれ?」


 ハッとしてミノジロウさんが周囲を見回す。

 顔色は戻り、目には光が宿っている。


 よかった、ヤミーが浄化されたんだ。


「ふぅ(● ●)」


 もう大丈夫。

 ロープを外してあげた。


「ミノジロウ!」

「あ、兄貴?」

「この馬鹿野郎!」


 ヒシッ! と抱き合うふたり。

 兄弟愛だ。

 男臭くてカッコいい。


「おつかれクーちゃん」

「ミーちゃん(● ●)」

「さっきの「ムゥーーンン・プリズム・パワァーーーー……」ってやつ、なんだったの?」

「カッコいいかと思って(● ●)」

「や、毎回掛け声ちがくない?」

「えへへ(● ●)」

「っていうかいつまでその鼻なの!?」


 ふたりで笑う。

 その場のテンションが大事なのだ。


「あの、ミノタロウさん、この腕輪はお返しします(● ●)」


 頭から腕輪を外して差し出した。

 力が抜け、鼻の穴も元にもどる。


「それはプレゼントするよ」

「え、でも」

「せめてもの感謝の印さ。……ああ、ありがとう! 本当にありがとう! 君たちはワイルドだ! 君たちこそがワイルドだ!」

「……わかりました。ではありがたくいただきます。ミノタロウさんが元に戻ってよかったです(● ●)」

「あ、お、俺、ミノジロウなんだけど……」

「うっ、うぅっ、ううううううっ……!」

「ほら、泣きやめよ兄貴。みっともないだろ?」

「だって、だってお前……!」


「…………」


 ここは兄弟水入らずにしてあげよう。


「あ、ちょ、ちょっと待って」


 と、ミノジロウさんに呼び止められた。


「君たち、アリエス国へ向かうんだろ? ならここから先は気を付けた方がいい、ヤミーが色濃くなっているからね。それにとてつもなく強い魔王軍の幹部もいる……、俺がヤミーに染められてしまったのもこの先なんだ」


 ミーちゃんと顔を見合わせ、うなずく。

 ありがたい忠告に感謝して、あらためて共和国へと歩を進めた。


「くーちゃんさ、一回その輪っか外そっか」

「えっ(● ●)」


(つづく)

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