第6話 パパ(犬)のグラビア本
「ふぅ、そろそろククリルは反省したかワン?」
月教会の司祭――パパがククリルの部屋を目指して階段をのぼる。
あれから数時間が経ち、十分に頭も冷えた頃合いだと考えてのことだった。
「近頃はじゃじゃ馬娘で困るワン……。昔はもっと聞き分けのよい子だったワンに……」
幼きククリルを思い出す。
自分の子ではないが、目に入れても痛くないほどにかわいがってきた。
「まあ、これもお年頃というアレかもしれないワン……。それにククリルのパパへの気持ちは変わってないワン……」
ククリルの、あの上目遣いにもじもじした姿を思い出す。
――お外に出たいほんとうの理由はね……?
――パパの呪いを、解いてあげたいからなの……。
「むふっ、むふふふふふふふっ!!!!!」
舌を出してしっぽをフリフリしてしまう。
「ハッハッ!」
それどころか床に背中をなすりつけ、お腹を丸出しにして「撫でて」のポーズ。
感情がたかぶりすぎると犬の本能に抗えなくなってしまうのだ。
「ハッ!?」
我に返り、首を振って立ち上がる。
「い、いかんワン。ケンカ中なんだワン。仲直りするにしても威厳は保っておかねばまた家出されてしまうワン」
ククリルの部屋に到着した。
ダンボール箱に乗ってキリッ、と表情を整える。
「ククリル……ククリル……」
コンコン、とノックができないため、ドンドン! と頭突きをする。
しかし中から返事はない。
「はて? 寝ているワン? 防音魔法も解かれているから聞こえないはずないワンが……」
念のためもう一度声をかけてみたが返事はない。
「まさか……」
サッ、と血の気が引く。
まさか、ククリルは――!
「ふんっ! ふんっ!」
取っ手をつかむことができないので体当たりをする。
犬であることがもどかしい。
ドンッ! ドンッ!
「ククリル! ククリル!」
ギイィィ……
「はぁっ! はぁっ!」
無事、開くことができた。
額の血も気にしない。
「ク、ククリル!?」
急いで入り中を確認する。
案の定、布団をかぶって寝ている様子だった。
ホッと胸を撫で下ろす。
「まったく、心配させる悪い子だワン……ふて寝しているならふて寝していると言うワン……」
枕元に飛び上がり、やさしく声をかける。
「パパにもククリルの気持ちはわかるワン……パパにもそんな時期があったワン……家を出たい、そう考えて親とぶつかった時期が……」
ククリルからの反応はない。
だが聞いてはくれているのだ。
「しかし結局は親の言うことは間違っていなかったワン……。退屈に思えた日々にも意味があったワン。人にはそれぞれやるべきことがある、それがわかったワン」
少し肌寒い風が吹き抜ける。
ククリルが壁を壊してしまったからだ。
「……本当に、大きくなったものだワン」
まさか教えてもいないのに月魔法を使ってしまうなんて。
「しかしそれはそれ。これはこれだワン。何度も言っている通り、月の聖女が教会の外に出ることは許されていないワン。わかってくれるワンな?」
……本音をいえば、教義などどうでもよかった。
ただククリルといっしょにいたかった。
ククリルの成長をそばで見守っていたかったのだ。
そのためならば教義でもなんでも利用させてもらおう。
「ほらククリル。パパにかわいいお顔を見せておくれワン。お互い水に流して、またうれしはずかし親子関係に戻るワン。そしてパパのお腹をいっぱいいっぱい撫でてほし――ワン?」
違和感を覚えた。
ふてくされているにしろ、あまりにも反応がなさすぎる。
「っ!」
ハッとして頭突きで布団をふっとばす。
するとそこには大きな犬人形が置かれていた。
ククリルが幼い頃、「パパのいびきうるさすぎていっしょに寝るのや~!」と泣き出し、せめてもと作ってやった人形だ。
「な、なぜパパ人形が!? ……ハッ!?」
見れば、机の上に便せんが置かれていた。
「ま、まさかっ!?」
ダッ! とジャンプして机の上へ。
「ハッ……! ハッ……!」
思わず舌が出てしまう。
心臓が、破裂しそうに脈打っている。
こ、この展開、これは……!
便せんには丸っこい独創的な字で、
『パパへ』
と書かれていた。
「――――っ!」
続きにはこう記されている。
『やっぱりミーちゃんをこのままにしておくことはできません。それにいろんなお洋服も着てみたいし、もうおうちにいることはできません。ごめんなさいパパ』
『だけどわたしは外の世界を知りたいし、ミーちゃんといっしょならそれができると思っています。わがままな娘を許してください。ちゃんとダイエットフードを食べて、くれぐれも尿路結石には気を付けてください。ありがとうパパ、大好きだよ。ちゅっ。』
「おんおお! おんおお!」
思った通りの内容だった。
ククリルは、家出してしまった……!
『――追伸。ナイショで借りてたパパの本を返します。わたしはこの本のおかげで外の世界を知ることができました。いつかこの本に載ってるようなお洋服を着て、めいっぱいお腹をなでてあげるからね、パパ。』
「……はて、本?」
首をかしげる。
「本とはいった――ぬおおっ!!???」
やっとそばに置かれた本に気が付いた。
「こ、これは! なくしたと思っていた秘蔵のグラビア本だワン!? シスターに燃やされたんじゃなかったワン!?」
旅の行商人から買い取った、世界のエロティシズムあふれる一冊だった。
モヤモヤとして眠れぬ夜には何度もお世話になった思い出深い一冊だ。
シスターに見つかって燃やされたとばかり思っていたが、まさかククリルに盗まれていたとは……。
「はっ!? も、もしやククリルはこの本に影響を受けて!?」
わなわなと震える。
この本のおかげで世界を知ることができたと手紙には書いてあった。
だとしたら、とんだ勘違いをしていることになる。
「――――っ!!!」
ワシのかわいいククリルを、痴女になどさせてなるものか!
「誰かーっ!? 誰かおらんかワーンっ!? ククリルがーっ! ククリルがーっ!」
半壊した部屋から叫びは山にこだまし、それをきっかけにして月教会の従者たちがパパの元へと集まった。
パパは目を血走らせて総員に告げた。
月聖女ククリルの、捜索を。
(つづく)
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