第5話 いざ世直し旅へ!

「ふぅ~、やっと落ち着いたね」


 ミーちゃんがテーブルに付いて息を吐いた。


「あ、ごめん疲れたよね。なにか出すね。はちみつミルクでいい?」

「はちみつミルク?」

「うん。はちみつミルク」

「…………」

「……クーちゃん?」

「はあああああああっ!!!」

「っ!?」


 ミーちゃんがビクッとした。


「わ、わた、わたし! お友だちの家でおもてなしされるのが夢だったの!」

「あ、そーいうこと」


 笑って台所へ向かう。


「わくわく。そわそわ」


 そして戻ってきてはちみつミルクを置いてくれた。


「……わぁ」


 カップのミルクは膜が張っていて、ほんのりあまい香りが漂ってくる。


「あついからフーフーして飲んでね」

「うん! フーッ! フーッ! ズズズ……あっひぃ!」


 ヒィ~と舌を出すと笑われてしまった。

 わたしもおどけて笑う。


「ほんと、ごめんね。あたしのせいで……」

「ううん。それはもう言わない約束だよ?」

「……ん、わかった」

「パパがわからずやなのがいけないんだよ」


 フーッ、フーッ、と今度は念入りに冷ましてから口を付ける。

 

「ミーちゃんのパパって、月教会の司祭様なんだよね?」

「うん。犬なの」

「え?」

「パパ、犬なんだ」

「あ、そ、そうなんだ……」


 口のなかでよく味わって、こくん、と飲み込む。

 うん、はちみつとミルクがまろやかなハーモニーを奏でてとってもおいしい!


「ね、クーちゃん。よくわからないけどクーちゃんなら許してもらえるんじゃない?」

「わたしが許してもらえても、ミーちゃんがまた大変なことになっちゃうよ」

「だけどほら、あたしは自業自得なところもあるし……」

「ダメだよ! そんなこと言わないで!」

「え?」

「ミーちゃんは村のためにがんばったんだよ? 悪いことしちゃったかもしれないけど、それでミーちゃんが捕まっちゃうなんて、そんなの絶対おかしいよ!」

「……あ、あはは」


 ミーちゃんは、すん、と鼻をすすった。

 目をごしごしとこする。


 パパにはわかってもらえなかったけど、わたしは心からそう思ってる。


「まあとにかく、この村にはもういられないかな……」

「じゃあ、旅に出よう!」

「旅?」

「うん。ミーちゃんとわたしで!」

「……旅かぁ」


 ミーちゃんはあごに手を当てて考える。


「……いいかも。それおもしろそう」


 ニヤリ、と笑う。


「え、いいの? ほんとうに?」

「クーちゃんとの旅なんて、絶対おもしろいに決まってる」

「……っ!」

「じゃあまずは国を出た方がいいね。となりのアリエス国かな」

「どうして?」

「いくら月教会が特別でも隣の国にまで手出しはできないはずだよ」

「そうなんだ……」


 わたしのおうちって、そんなに特別なのかな?


「ま、見つからないのが一番なんだけどね。じゃ、着換えちゃおっか」

「え?」

「まさかその看守の格好で行くつもり?」

「あ、そっか」

「かといって聖女の格好もマズイし、あたしの服をあげるね。これならそうそうバレないからさ」


 そう言ってミーちゃんはクローゼットからお洋服を取り出した。

 襟元にかわいらしい紐が付いたシャツに、ミニスカートにロングブーツ。 

 ごくごく一般的な町でのお洋服だ。

 

「お、おお……」

「どう? 気に入った?」

「い、いいと思います!」

「どうして敬語なの?」


 苦笑しながら渡してくれた。

 うん、やっぱり悪くない。


「あたしのこの盗賊衣装に比べたら、誰でも着てるようなものだけどね」

「ううん、だからこそいいと思う」

「え?」

「わたし、ふつうの女の子にあこがれてたから……」

「ああ、たしかにいつものシスター服とは正反対だもんね。そっか、そういう意味ではあこがれの服なんだね」

「これからは、このお洋服を着るんだ……」


 いつくしむようにかき抱く。

 わたしにとってこのお洋服は、退屈な日常から解き放ってくれる天使のつばさだ……!


「さ、早く着換えちゃお」

「あ、えと、その……」

「ん?」

「あ、あっち! あっち向いててください!」

「またぁ? はいはい」


 後ろを向いてもらって看守さんの服を脱いでいく。

 カッコよかったから名残惜しいけど仕方ない。


「……ぁ」


 袖を通すとミーちゃんの柑橘系の香りが鼻をついた。

 でも、そんな香りも愛おしい。


「ど、どうかな……?」

「ふむ……」


 品定めするみたいにわたしの周りを回る。


「うん、いいね!」

「ほんとに!?」

「かわいいよ。それにこれならやっぱりバレないね。月の聖女様がまさかこんな格好してるだなんて思わないだろうし」

「しょ、庶民です!」

「はいはい」


 クルクルと回ってミニスカートをはためかせてみる。

 ほんとうに町で暮らす女の子になった気分だ。


「えへっ……えへへへへへへへっ……!」


 もうニヤニヤが止まんない!


「ミーちゃんはそのお洋服でいくんだよね?」

「この盗賊衣装があたしのユニフォームみたいなものだからね」

 

 にしし、と笑う。


「じゃあ、ちゃっちゃと準備しちゃおう!」


 ということで、旅支度を済ませて外へ出た。


   *


「……これ、ほんとうにミーちゃんのお馬さんなの?」

「知り合いに安く譲ってもらったんだ。うんこたれ蔵っていうんだけど」

「うんこたれ蔵」

「おじいちゃんが名付けたんだ。あたしはたれ蔵って呼んでる。前にも言ったと思うけど村って退屈だから、よくこいつを駆って遠出してたんだ」

「へ~……」


 たれ蔵さんの頭をなでる。

 ぶるるっ! と震えた。


「つぶらな瞳、かわいい……」

くらはこれでよしっと……。さ、乗って乗って」

「…………あれ?」

「どしたの?」

「ほら、あそこ……」


 草むらの影、なにか動くものが見える。

 近づいてよくよく見てみると、それは息も絶え絶えの狐さんだった。


「体から、ヤミーが湧き上がってる……」

「クーちゃんの浄化のとき、近くにいなかったんだね。だから浄化されなかったんだ」

 

 狐さんは舌を出してぜぇ、ぜぇ、と息をしている。

 目は開いているのにどこも捉えていない。

 これじゃ、いつ命の火が消えてしまってもおかしくない。


「…………」

 

 脇差しからムーンライトスティックを取り出す。

 目をつむり、集中して力を集める。


「……クーちゃん」


 ミーちゃんが柔和な笑みを浮かべている。


 スティックを狐さんの体に当てて……


「ムーンライト!」


 パアアアアアアアッ……!


 金色の光が狐さんを包み込む。

 半開きだった目がパチッ! と開いた。


「やった」

「っ!?」


 バッ! と狐さんが距離を取った。

 なにか起きたかわかっていないんだ。

 

「大丈夫、怖がらないで。もう大丈夫だから」

「クーちゃん、浄化は服装に関係なくできるみたいだね」

「うん。ムーンライトスティックがあれば大丈夫みたい」

「っ!?!?」


 狐さんはわたしとスティックを交互に見る。

 ……あれ?

 この子、言葉を理解してる?


「クーちゃんがいなかったら死んじゃってたんだから、感謝しなよ~」


 ミーちゃんはイタズラにそう言って、たれ蔵さんにまたがった。


「さ、クーちゃん」

「うん!」

 

 差し出された手を掴んでわたしもたれ蔵さんにまたがる。


「いざ、しゅっぱーつ!」

「おーっ!」


 ヒヒーン! と一声鳴いて、たれ蔵さんは走り出した。

「狐さんばいばーい!」

「…………」


 狐さんは最後までジッとわたしを見つめていた。

 なんだか変な狐さんだったな。


   *


 ダダッ ダダッ ダダッ ダダッ


 たれ蔵さんは軽快に野を駆ける。


「どうクーちゃん!? 馬乗るのって初めてだよね!?」

「う、うん!」

「風を切って走るのってきもちいーでしょ!?」

「う、うん……!」


 ミーちゃんは満面の笑みでたずなを握っている。

 もちろんわたしだってお馬さんに乗るのは楽しい。

 お馬さんに乗って野を駆けるなんて、夢にまでみたシチュエーションだ。


「でもなんかクーちゃん元気ないね。もしかして酔っちゃった?」

「あ、ちが、ちがうの!」

「?」

「…………」


 元気がないわけじゃない。

 頭が、ぼーっとしてしまうのだ。


 振り落とされないように、わたしはミーちゃんを後ろから抱きしめている。

 ミーちゃんのやわらかさを、熱さを、全身で感じている。


 それだけじゃなく、たれ蔵さんが地面を蹴り上げる度に下から突き上げられるような振動を感じて、それがなんだか気持ちいい。


「…………はぁ」


 ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……


 熱に浮かされたみたいにポーッとしちゃう……。

 乗馬って、こんなに気持ちいいものだったんだ……。


「やっぱりドキドキしてるじゃん。ちょっと速度落とそうか?」

「……え?」

「胸のドキドキ、伝わってくるよ?」

「っ!」


 カーッと耳まで熱くなる。

 まさか伝わっちゃってたなんて……!


「だ、大丈夫! 大丈夫だから! むしろ気持ちいいから!」

「そう? つらかったら言ってね?」

「う、うん!」


 わたしは真っ赤になった顔を見られないようにミーちゃんの背中に頭をくっつける。

 通り抜ける風がわたしの火照った体を冷ましてくれる。

 

 きっと、こんな感覚になってしまうのは、ミーちゃんと乗っているからなんだ……。

 ひとりで乗っていたら、こんなにしあわせな気持ちにはなれなかったにちがいない。


 ダダッ ダダッ ダダッ ダダッ


 わたしたちは旅に出た。

 もしかしたら二度と戻らない旅になるかもしれない。

 でも、わたしはそれでもかまわない。


「ねえ、ミーちゃん……」

「ん?」

「わたし、世界のヤミーを浄化して回りたいんだ……」

「……え?」

「わたしにしかできないなら、そうしたいなって……」

「……クーちゃん」


 そっと手を握ってくれた。

 わたしもそっと握り返す。

 言葉にしなくても、これだけで通じ合える。


「なら、お忍び世直し旅だね」

「え?」

「お着換え聖女の、お忍び世直し旅だ」

「……お着換え聖女の、お忍び世直し旅」


 自分でも口に出してみると、驚くほどにしっくりきた。

 いろいろなお洋服を着て世界を救う……。


 こんなにわたしにぴったりなことって、他にはない!

 

「ねえミーちゃん! もっとスピードを上げて!」

「……いいの?」

「大丈夫だから!」

「よーし、いくよ! 振り落とされないでね!」

「うん!」


 ダダッ! ダダッ! ダダッ! ダダッ!


「わ~っ!!!!!」


 地平線を目指して駆けていく。

 これからわたしの新しい人生がはじまるんだ!


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る