第4話 追いはぎ!お着換え!

「ククリル! 月教会を抜け出すとはなにを考えているワン!」

「…………」

「ククリル!」

「ぷいっ!」


 あれから月教会の人たちがやってきて連れ戻されてしまったのだ。

 パパは少しでも威厳を出そうとダンボール箱の上でワンワンほえている。


「ちなみにいっしょにいたあの少女は地下の牢屋に閉じ込めておいたワン」

「……えっ!? あの少女って、ミーちゃんのこと!?」

「あれほど着換えてはならんといったワンに……」


 地下とは、月教会を建てる前からある古い下水道だ。

 きっと月教会の自警団の人たちにやらせたんだ。

 そんなところにミーちゃんを閉じ込めるなんて……。


「やっぱりミーちゃんだ……。返して……ミーちゃんを返して!」

「こ、こら! 鼻をなでるでないワン! なで……! なで……! ハッハッ!」

「ミーちゃんを返して!」

「ハッ!?」


 パパはジャンプして距離を取る。

 呪いで犬にされちゃったから動きだけは素早い。


「ま、真面目な話をしているときに鼻をなでるのは卑怯ワン!」

「ミーちゃんを返してよ!」

「返してもなにも、あの少女は誘拐犯だワン」

「ミーちゃんは誘拐犯なんかじゃないもん! パパなんてきらい!」

「えっ」


 パパはガーンとショックを受けている。

 でも、ここは引いちゃダメだ!


「ミーちゃんは悪い子なんかじゃないよ!」

「し、しかし、月教会に忍び込み、あまつさえお前を連れ去ってしまったワン」

「そ、それは……」

「これをどう言い逃れするワン?」

「うぅ……!」


 ダ、ダメだ……ミーちゃんは悪い子だった……!


「ち、ちがう! 自分の意志でついて行ったんだもん!」

「自分の意志ワン?」

「初めてお外に出てみてわかった……。わたし、お外大好き! お外に出たい!」

「ダ、ダメだワン! そんなの許すことはできないワン!」

「なんで!?」

「外は危険がいっぱいだワン!」

「でもみんなわたしを褒めてくれたよ!? 村を浄化できたし、お着換えもできたよ!」

「ほらこのお洋服、これミーちゃんのなんだけどね、これを着たら盗賊の力を使うことができたの」

「そ、それはルナースキル【お着換え】!」

 

 パパは舌を出してわなわなしている。

 【鑑定】スキルでステータスを盗み見てるんだ。


「わたし、聞いたよ! この力ってすごいんでしょ? ならわたし、外に出たい! 困っている人を助けて世直ししたい!」

「むむむワン……まさか訓練もなしにそんなことが……!」


 パパは考え込んでしまった。

 あれ? これってもしかしていける?

 なら、もうひと押しだ!


「ね、ねえパパ……」

「ん?」

「あの、ね? お外に出たいほんとうの理由はね……?」


 もじもじしながら上目づかいでパパを見る。

 パパはこの上目づかいに弱いのだ。

 気合いを入れて目をうるませて、


「パパの呪いを、解いてあげたいからなの……」

「―――っ!」


 パパは目を見開いた。


「な、なんと! パパのために外に出たいというのかワン!?」

「実は、そうなの……」

「ククリル……!」

「パパ……!」


 ―――勝った!


「じゃ、そういうことだからミーちゃんを連れて行くね!」

「ダメだワン」

「……え?」

「それはそれ! これはこれだワン!」

「え!? ど、どうして!? だってわたしはパパのために!」

「パパは心配なんだワン! たしかにお前はパパのほんとうの娘じゃないワン……。だけどパパにとっては世界よりも大事な娘なんだワン!」

「……世界よりも?」

「NOククリル、NOライフだワン」

「このチカラのことをちゃんと教えてくれなかったのも、それが理由……?」

「…………ノーコメントワン」

「やっぱり旅に出る!」

「ダメだワン! パパはククリルといっしょにいたいワン!」

「も~! 子離れしてよお~!」

「ハッハッ!」


 パパはお腹を見せて完全犬モードになってしまった。

 これはもうだめだ。


 結局パパとはケンカ別れになってしまい、部屋に戻されてしまった。



「……はぁ」

 

 ベッドに倒れ込む。

 横を見れば、壁にはくり抜いたようなおっきな穴が空いていて、その奥のおっきな山も欠けていた。


「……夢じゃ、なかったんだよね」


 いつもの退屈な日常に戻ってしまうと、さっきまでの出来事が夢のように思える。

 だけど、たしかにわたしは経験したんだ。

 とっても素敵な、胸躍る冒険を。

 

「ミーちゃん……」


 そっとつぶやく。

 はじめてのお友だち……。

 ううん、わたしの親友。


「―――っ!」


 ガバリ、と体を起こす。

 やっぱりミーちゃんをこのままにはしておけない!


   *


「はぁ~……。あたし、このまま一生ここで暮らすのかなぁ……」

「……ちゃん……ミーちゃん……」

「……え?」

「こっち、こっち」

「……ク、クーちゃん?」


 やっと気が付いてもらえた。

 鉄格子の向こうのミーちゃんに手を振る。


「え、うそ? どうやってここまで!? 看守の数すごかったでしょ?」

「ほら、このお洋服。まだ盗賊だから【ステルス】で」

「マ、マジ? あんなのいくら盗賊でもふつう無理だよ……」

「力が湧いてくるの!」

「は~……やっぱりすごいねクーちゃんは」

「今開けてあげるね」


 スキル【開錠】。

 カチリ、と音がしてとびらが開く。


「クーちゃん……!」

「ミーちゃん……!」


 静かに抱き合って再会を喜び合う。

 ああ……ほんもののミーちゃんの匂いだ。


「ほんとにありがとうクーちゃん……!」

「なに言ってるの? こんなの当たり前だよ! だってわたしたち、し、し、し、し……」

「……し?」

「…………だよ」

「へ?」

「し、親友! なんだよ!」

「クーちゃん……」

「ミ、ミーちゃん……」


 あ、ああ、言っちゃった。

 顔があつくなっていくのがわかる……。

 ダメ、ミーちゃんに気づかれちゃう……!


「あ、えと、その、さ、さあ! 早く逃げなくちゃ!」

「ちょっ、待っ、ダメダメダメッ!」

「どうしたの?」

「あたしの【ステルス】じゃ外までなんてとても無理だよ!」

「だけど、それ以外に方法が……」


 コツ……コツ……コツ……


「っ!?」


 サッと身を隠す。 

 壁に背をあてながらそうっと覗くと、女看守さんが見回りにきていた。


「やっば……」

 

 ミーちゃんが額に汗を浮かべる。


「……うずうず」

「どうしよう、奥に逃げた方がいいのか、う~ん……」

「ね、ねえミーちゃん……」

「ん?」

「女看守さんの服って、カッコいいよね……」

「……は?」

「わたし、女看守さんの服、着てみたい!」

「ちょっ、ほ、本気!?」

「それになにか逃げるためのいいスキルあるかも!」

「お、おお……それはたしかに……」


 またふたりしてのぞき見る。

 うん、こっちには気づいてない。


「よ、よーし、やるか……」

「ミーちゃんファイト!」


 小さく応援して送り出す。


 スッ……スッ……


 ミーちゃんは【スニーキング】で背後から近づく。

 そして


 ―――トン。


 ドサッ。


「ふうっ」


 スキル【首トン】でみごとに意識を奪う。

 振り返り「グ!」と親指を立てる。

 「グ!」とわたしも親指を立てる。


「じゃ、早いとこ着換えちゃおうか。ほらクーちゃん、着たかったんでしょ?」

「う、うん……、って看守さんの衣装脱がしてるし……!」

「……え? ダメなの?」

「だって、こ、ここで着換えるの……?」

「……は?」

「は、恥ずかしい……」

「や、恥ずかしいって、さっきいっしょに着換えたじゃん」

「あ、あれでぇ、恥ずかしいってわかったの!」

「ええ……」

「うぅ、ちょっとだけあっち向いててくれる?」


 苦笑いを浮かべつつも背中を向けてくれた。

 わたしは牢獄の中で下着姿になり、看守さんの服に袖を通していく。

 静まり返った空間に衣擦きぬずれの音が響いて、それがまた恥ずかしさを増長させる。


 あらためて、下着姿の女看守さんをまじまじと見入ってしまう。

 すごく肌が白い。それに、胸も私よりすこしだけ大きい感じだ。

 うぅ……体が熱い……。


 お着換えってすごいけど、やっぱり恥ずかしいよぉ……。

 お外でもお着換えできるようになにか考えておかなくっちゃ……。


「終わった?」

「う、うん……」

「じゃ振り向くよ」

「…………」


 少しだけ、緊張する。

 ミーちゃんの反応が気になる、それもお着換えなんだ。


「……へ~」

「ど、どうかな?」

「うん、いつもと全然イメージちがう。カッコいいよ、キリッとして見える」

「ほ、ほんとに?」

「うん。クーちゃんじゃないみたい」

「看守です」


 キリッと帽子を整える。

 うん、いい感じ!


 女看守さんを人気のないところへ移動させる。

 目が覚めて下着姿だったら、きっとびっくりするだろうな……。

 ごめんなさい、と心の中でつぶやく。


「どう? 使えそうなスキルある?」

「えっとね……」

「あ、【直感】っていうのがあるよ」

「それだ」

「スキル【直感】、いきます!」


 ――ピィン


「……ぁ」


一瞬にして神経が研ぎ澄まされた。

 音や匂い、空気の振動をビンビン感じる。


「クーちゃん?」

「……いける」

「え?」

「いけるよミーちゃん!」

「マ、マジで?」


 ミーちゃんの手を取って進む。

 手汗がすごい。

 緊張が伝わってくる。


「…………ぅ」


 ギュッ、と強く握られる。

 わたしも強く握り返す。


 曲がり角まで来た。

 覗くと、看守さんがわんさかいた。

 きっと休憩所かなにかだ。その先に階段らしきものが見える。


「こんなところ通れないよ……かといっても他に道も……」

「……ミーちゃん」

「ん?」

「わたしを信じて動きをマネしてみて」

「……え?」


 ミーちゃんの手をつかんで一気に飛び出す。


「~~~~っ!」


 ミーちゃんが慌てて身振り手振りなにかを訴えている。

 それはそうだ、看守さんがこんなにいるんだ。

 でも大丈夫。

 わたしには看守さんの動きを感じ取ることができる!


 スッ……スッ……


「っ!?」


 うしろで、ミーちゃんが驚愕に目を見開いた。


 看守さんが右に動けば反対に動き、立ち上がれば屈んでテーブルの下に身を隠す。

 ある時はマネキンの真似をしてやり過ごし、またある時はダンボールを被って突破する。


「な、なんでダンボール動いてるのに気が付かないんだろ……これ絶対見えてるよね?」

「ふふっ」


 フロアには十数人の看守さんがいるけど、誰ひとりわたしたちの存在に気が付かない。

 わたしたちはまるで看守さんたちの影となり、死角を縫って進んでいく。


「す、すごい……」


 ふたりでひとつのダンボールを被り、手をつないで進んでいく。

 外が見えなくてもわたしの【直感】があれば正しいルートがわかる。


 そして無事、月教会を抜け出して草原へ逃げることができた。

 お日様がサンサンと降り注ぐ。

 やっぱりお外ってサイコーだ!


「はぁっ、はぁっ、ふ~っ! さすがは月の聖女様だね!」

「ちがいます。わたしは看守です」

「フフッ、まだ言ってる。じゃあさすクーだね!」

「さすクー?」

「さすがクーちゃんってこと!」


 ニコニコしているミーちゃん。

 この笑顔を失わずにすんで、ほんとうによかった。


「だけどクーちゃん、こんなことして大丈夫なの?」

「うーん……、だいじょばないかも……」

「え、マジで?」

「……ウソ! 気にしないで。わたしもお外に出たかったから」

「クーちゃん……」

「ミーちゃん……」


 しばし見つめ合って友情を深める。

 そうだ、またミーちゃんと一緒にいられるんだ!


「じゃあ月教会には戻れないね。いったんうちに行こうか」

「大丈夫かな? 教会の人いないかな?」

「さすがにもういないでしょ。あたしが逃げたことにもまだ気が付いてないだろうし、少しは時間あるはず。まずは落ち着いてこれからのこと考えようよ」


「―――っ!」

「ん? どしたの?」


 はじめて着せ換えっこしたのを思い出してしまった……。

 つ、次はただのお着換えだから大丈夫……!


(つづく)

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