プロローグ DEPORTATION
数秒の間が起こり、大和に乗っていた本が地面へと落ちた。
彼は女神を名乗る存在を見上げる。その目は虚ろでなく、理性的に女神の目を捉えている。
「岩川大和です。ここは何処ですか?」
「女神の執務室。動物、植物、水などで構成された地球。それを含む宇宙とも違う別空間に存在する場所じゃ」
地球でも宇宙でもない空間。
非現実的な状況に頭が混乱するが、女神の口調に迷いはなく、淡々としていた。
「…………オレは死んでるんですか?」
「ああ、死んでおる。岩川大和19歳。コンビニで没頭しているカードゲームの新弾を購入した帰宅途中、歩いたまま1パック開封し、イラスト違いのレアカードを見事当てた。そのテンションのまま一回転その場で回った所、軸足が縺れ、車道に転倒。走行していた車にそのまま撥ねられ死亡。同情の余地なしな自業自得の幕引きじゃったな」
「……何も言えない」
「20代目前の人間が、レアカード当てた位で踊り狂うなどワレら神からすれば、道下の一種よ。少年の心を捨てろとは言わんがコントロールはしっかりできずとは情けない情けない。両親、兄弟が泣いとるぞ」
「……グッ」
容赦なく心を貫いてくる女神の顔をまともに見れなくなり、顔を背ける大和。
家族は事故後、どのように思ったか。子供じみた行動に呆れているだろう。
最低な子供の人生の幕引きを両親に経験させてしまった。頭を下げて謝っても許してくれないだろうが誤りたい。
「今回の事故は100%、お主に過失がある。が、死後では人間の領域ではお主に直接、罰を与えることはできぬ。そこで、死後担当についた女神たるワレが、実験も兼ねた罰を実行した」
「あの……うっ」
「おい。吐くなよ。汚物の清掃をワレにさせるのであれば貴様の魂を引き裂いて、適当な人間世界の汚物に組み込むからな」
女神に対する恐怖。
時間の経過も判らず、歩いても進んでいるのか不明な空間の出来事を思い出し、気分を害する大和に対する女神の言葉は冷たかった。
罰を与えることが、彼女の仕事。また、『実験』と称した辺り、大和の女神の中での立ち位置は底辺である。
「第一の罰の効果は素晴らしいものだったみたいのう。ただ、ワレの期待を裏切った点は許せんがな。人間は何もない空間でも72時間は、耐えられると聴いていたのだが」
「それは……いや何もないです」
大和は、実験という説明の有無。
予め監視されているということや異常があれば、即刻中止にすることなどの前段階のある無しによる精神の安定の差が大きいのではと告げようとした。
が、口を開くと、女神は睨みつけ、手で四角い箱を表現し黙らせた。
許可のない反論は、無空間に閉じ込める。そう言われた気がしたのだ。
「ある程度の罰を下した後に、閻魔から貴様を地獄に送れと通達されている。が、ワレは充分な罰を下していないと考えている」
「は、はぁあ?」
またあそこに送られるのか。
あの無の空間は夢で次、目を開けたらベッドの上だと願うも変わらない白が広がる。
何もしないのが間違いなのか、動くのが間違いなのか正解がわからない不安の中、自分の声に反応する、知人がいないのか、赤の他人でもいい、自分だけという真実を拭いたい気力で我武者羅に足を進めた。
景色の変化なく足踏みをしているだけと錯覚し始め、歩いても意味がないと膝を曲げ、絶望を感じ、最終的に行き着くのが……。
「うおっ……おっ」
胃から喉に強い酸っぱさのある液体が湧き上がる。が、また変な空間に飛ばされることを嫌い、元の位置へ液体を戻した。
息が上がり、体が震える。
無空間への嫌悪感。尚もそこに送ろうとしている女神への怒りが込み上げてきた。
実体験を一度終えた大和にとってはもう地獄が良かった。
「ふ、巫山戯るな!」
「……吠えるか愚図」
「こっちは充分な位辛かったんだよ!終わりのない時間、孤独、不安、恐怖、疎外感、苦痛とかで頭が可笑しくなったんだよ!それなのにお前の欲求を満たすために、また無空間に放り込まれるのか!?俺は!……事故に関しては全面的に俺が悪いよ。それで、地獄でオレは裁かれるんだろ!?なら、もう、じご、くに送って、くれよぉぉ」
鼻混じりの涙声の土下座で、女神に地獄行きの嘆願をする。地獄に行けることが嬉しいと思うほど、あの空間は地獄よりも辛いものであったのだ大和にとっては。
「地獄行きが楽と感じる者に反省の片鱗があるとは思えぬ」
女神は人の心を理解できていなかった。
その言葉に大和は明らかな怒りを顔に浮かべ、女神を睨みつける。
殴り掛かりたいが、そうした結果は、僅かな交流だが、目の前の女神の有り方で予想がつきできない。
握りしめた拳は、絨毯に強く擦るしかなかった。
「お、………んぐっ」
「んん?ああ、あっはっはっはっはぁぁぁぁああ!!ワレにこれ以上楯突くことで報復を恐れ、行動を起こせないのか!賢い……いや、小心者じゃな!愚図よ!先程の威勢が霞むわな!」
指鳴らしで空間を操れる女神の挑発。
不平不満を漏らしたことで気分を害したかと思えば、次のアクションを起こさないことで、女神の気分は上々となった。
女神はあくまで大和を暇つぶしの玩具もしくは実験動物としか見ていない。何も考えのない嘆願が玩具としての価値を見出した笑いとすれば好機と捉えるしかない。
女神は大和から離れ、デスクに備えた複数入れられたケースから地球儀を一つ取り出した。
そして、人差し指をその地球儀に刺し入れた。
「私はたった今!素晴らしい私の為だけのゲームを考えた!この地球儀は、愚図が住んでいた地球とは違う別の地球さ!愚図よ、地獄に行きたいのよな?ならば、叶えてやろう!ただし、地獄への入口は私がこの異界の地球の何処かに用意した門のみ。それを自分の足で見つけ地獄へ向かうがいい!」
「………………………………は?」
「クックックッ!君には異世界に強制転移させられ、破滅へ至る旅路を切り拓いてもらうことにした!なお、地獄の門へ辿り着かず死亡した場合は50年ほど無空間室で過ごしてもらう!!」
デスクのケースに地球儀を戻し、水晶に手を翳し再び大和に近づく。
放心する大和。
だが、旅のゴールは地獄、旅の失敗だと例の空間に50年放置されることが理解できた。息を深く吸い込み叫ぶ。
「この腐れ女神がァァァァ!!」
あまりにも横暴、傲慢不遜。
始めから絶望しか結果のない提示に我慢ができなくなった。女神に走り寄り、拳を振り上げる。が、それよりも早く女神の脚が大和の顎を蹴り上げた。
あまりの痛さに床を転がり、顎を抑えずにはいられない。
「勘違いするな愚図。これは罰である。愚図に有利な事が運ぶ期待など持つのが悪い」
転がる大和の背中を脚で捕らえ、見下ろして告げる。
メリメリと体の悲鳴が強くなっていき、口からの悲鳴が掠れていく。
「だ、だが……え、……ん、ま、から」
「そんなものこれを見せればどうとでもなる」
右手を振るわれるとデスク上に飾られた水晶が大和の目の前で止たり浮遊する。
ただの水晶に何がと内心で馬鹿にする彼だったが、表面にぼんやりと何が映像みたいに現れたときに息を飲む。
「この水晶は一度、手を翳すと部屋の状況を記録できる。つまり愚図が無空間で反省せずに、ワレに殴りかかったと閻魔に言伝すればよいだけじゃ」
「そ、……の、まえ、のやり、と、りが……」
「ふん。ワレが記録を取ったのは愚図が殴りかかる僅か前。ああ、あまりにも不自然で上手く行くわけ無いと思ってるじゃろが。これはのう。神が危険を予知した時にのみに、使用してもよいものと決まっておる。つまりその前のやり取りなぞ、どうでもよい。神に有利が聞く品物よ」
「く、………さ、れェェェェ!!」
「罵倒もワンパターンで飽きてきた。そろそろ異界へ送還してやろう。なに心配しなくとも最低限の力は授けて送り込む。真っ先に死亡などワレが退屈してしまうのでな」
背中から脚を離し、今度は壁際まで大和の体を蹴り飛ばす。別の列の本棚が崩れ落ちる。
どこまでもサイコパスな女神に、大和はもう辟易している。
淡い青色が再び起こったあと、赤い光が大和を包み込む。最終目標、挫折のどうしようもない絶望に力が入らない。
「余生を楽しみ、寿命を終えようとも思うなよ。その選択を取った場合、幸せを粉々に砕いた上で此方に戻し、1000年の無空間滞在を覚悟しておけ」
逃げ場はない。
どう足掻いても絶望しか終わりがない。
せめて、せめて何か一つ希望がないと完全に壊れてしまいそうだ。……今、大和のやりたいことはなんだ。
考える間もない、たった一つある。
「オレが地獄の門に着いたら、腐れ女神。オレの氣がすむまで殴らせろ」
返事を聞くまもなく大和の姿は無くなった。
女神は大和の最後の言葉に言い放つ。
「辿り着ければな」
旅路に安全はほぼない。
彼を送り込んだのはモンスターが平野、森や海に闊歩する異世界。それに彼の他にも異界の地へ送られた転生者は存在する。
街の外を歩けばあるのは危険ばかり。
転移・転生のルールとしてそれなりの力を授け、携帯物最低限にした。
が、ここまで嫌った女神の品物を使うか、躊躇いが生じるだろう。本当に危機的状況に陥れば、縋るしかなく、悔しさで顔をゆがませるだろうが。
大和に突きつけた水晶を手で擦り、元の場所に戻す。デスクの左側三段目の引き出しから紫色の水晶を机に乗せる。
「ふふふ。破滅の冒険譚の開幕じゃの」
水晶に浮かび上がるのは木々が生い茂る景色だった。
異世界強制転移〜地獄への冒険譚〜 馬流2 @umaryuu08
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