第167話 今度は僕が切れて良いかな

「ぶち殺すぞテメェェェェェェェェッ!!!」


 ララさんが顔中の血管を浮き立たせながら叫ぶ。


 いや、それだけじゃない。

 心なしか、真っ白だった髪の毛が赤く染まってきたような……?


 それはどうやら僕の目の錯覚ではなかったようで、


『こ、これはっ!? ララ選手の頭髪が、その怒りに応じるように赤くなっていく……っ!? 初めて見る現象だぁぁぁっ!』


 さらにララさんの身体から炎らしきものが燃え上がった。


『なんとララ選手が魔法を使った!? しかし身体そのものが燃えているようにも見えるぞ……っ!?』


 その炎はララさんが手にする二本の剣をも覆っていく。


「ララちゃんが燃えてる!」

「これがアタシの奥の手だ……ッ! 舐め切ってやがるテメェに、この世界の厳しさを教えてやらァ……ッ!」


 そう叫んだ直後、ララさんの姿は一瞬にしてセナの目の前に移動していた。

 あまりの速さに空間転移したような感覚に陥る。


 ガキィィィィィィィンッ!!


「ララちゃんが速くなった!?」


 けれど、どうやらセナには動きが見えていたらしい。

 驚きながらも斬撃を受け止めていた。


「わっ!? 熱い……っ!?」

『あの速さの攻撃を難なく受け止めたセナ選手っ! しかしそこへララ選手の炎が襲い掛かるっ! 紛れもない本物の炎のようだっ!』


 それからララさんの凄まじい猛攻が続いた。

 剣を伝って炎が迫ってくるため、さすがのセナも苦戦している。


 加速したララさんが相手では、なかなか距離を取ることもできない。


 ただ、なぜか焦りを見せているのはララさんの方だった。


「クソッ、何でアタシの炎が効いてねェッ!?」

「ほえ? すっごく熱いよー」

「熱いどころじゃねぇはずなんだよッ! 普通なら触れただけで火傷するくらいの猛烈な温度の炎だぞッ!」

「んー? そこまでじゃないけど……」


 ……たぶん、セナのあの剣のせいだと思う。


 ミランダさんが馬鹿みたいに強力な魔法付与を施した逸品だ。

 その中に炎や熱への耐性とか、自然治癒力の強化とかも含まれていた気がする。


「クソったれ……ッ!」


 どうやらあの奥の手は長く続かないらしい。

 ララさんが顔を歪め、炎が薄くなっていってしまう。


「ぜぇ、ぜぇ……」

「ララちゃん、もう終わり?」

「うっせぇッ! ぶち殺すっつったら、ぶち殺すんだよォォォッ!」


 ララさんは最後の力を振り絞るように叫ぶと、今までで最大の炎をその身に纏いながら特攻した。


「えい!」

「ッ!?」


 一方のセナもまた、それに応じるように迫りくるララさん目がけて走り出す。


『セナ選手、なんと真正面から向かっていったぁぁぁぁぁぁっ! りょ、両者が激突するっ!』


 直後、とても人と人がぶつかったとは思えないような、暴力的な轟音が会場内に響き渡った。


 一瞬で観客が静まり返る。

 舞い上がった砂煙のせいで、フィールドの様子がよく分からない。


 段々とそれが晴れていくのを、観客は固唾を飲んで見守った。


『こ、これはっ……』


 やがてフィールド上の二人の姿が見えてきた。

 しかし立っているのは一人だけで、片方は地面に倒れ込んでいる。


 ララさんの剣は、激突の衝撃を物語るように、二本とも根元からぱっきりと折れて彼女の傍に転がっていた。


『ら、ララ選手、ダウンッッッッッ!! 一方のセナ選手は見たところ無傷のようだぁぁぁぁぁぁっ! ララ選手、立てるかっ!? いや、完全に気を失っている! 試合続行は不可能だぁっ! つまり勝者はっ…………セナ選手ぅぅぅぅぅぅぅっ!』

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」


 地鳴りのような大歓声。

 会場が比喩ではなく揺れた。


『セナ選手の勝利だっ! なんと初出場で最年少優勝っ! とんでもない逸材が現れたぁぁぁぁぁぁっ! だが負けたララ選手も頑張った! 二人とも今後が楽しみだぁぁぁっ!』


 担架で運ばれていくララさんに対して、会場から盛大な拍手が巻き起こる。

 幸い命には別状がなさそうだ。






「うー、疲れたよー」


 セナがぐったりした様子で戻ってきた。


 決勝で勝った後、表彰式や取材などで、なかなか解放してもらえなかったためだ。

「こんなことならララちゃんに負けておけばよかったー」とぼやいているけど、それ本人の前で言ったらまたぶち切れられるぞ……。


「まぁ色々と言いたいことはあるけど、ひとまずおめでとう。これでAランク冒険者の仲間入りだな」

「うん」

「何だ? あんまり嬉しそうじゃないな?」


 もしかしたらララさんの言葉に、少しは感じるところがあったのかもしれない。


「賞金が……」

「賞金が?」

「思ってたより少なくて、一生ぐうたらできるほどの額じゃなかった……」

「今度は僕が切れて良いかな?」


 何一つ響いていなかったよ。


「せっかくAランク冒険者になったんだから自分で稼げ」

「そう言えば師匠が言ってたっけ! 『Aランクくらいになれば、どっかの貴族の屋敷でタダ飯食らってるだけでありがたがれる』って!」

「そういう稼ぎ方はやめろ」


 ほんとにあのダメ魔法使いは悪い影響しかない……。


「ところでララちゃんは?」

「まだ医務室だ。すでに目を覚ましてはいるみたいだけど」

「お見舞いにいくー」

「いいけど、言動には気を付けるんだぞ」

「?」

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