第166話 もっと言ってやってください

「……最初から本気で行きますネ」

「ほーい」


 試合開始と同時、ララさんが地面を蹴った。


 す、すごい速さだ……っ!

 兎獣人としての特性なのか、十メートル以上あった距離を一瞬で詰めてしまう。


『ララ選手っ、やはりとんでもない速さだぁぁぁっ! 観客席からでも目で追うのがやっとっ! これぞまさに神速剣士の真骨頂~~~~っ!』


 ガキイイイイイイインッ!!


「んっと!」


 激しい剣戟音が鳴り響いたかと思うと、ララさんが繰り出した突き技を、セナが剣の腹で受け止めていた。


『し、しかしセナ選手っ! 凄まじい速度から放たれたララ選手の刺突を、いとも容易く受け止めてしまったぁぁぁっ!』

「甘いでス」


 けれどララさんは二刀流。

 片手の刺突を止められるや否や、逆の手ですぐさま別の剣を突き出す。


「よいしょ」

「……っ!」


 ただ、それもセナに届くことはなかった。

 身体を回転させながら二発目の刺突を躱すと、その勢いそのままに、突き技を放った直後のララさんへ反撃を見舞う。


「くっ……」


 すかさず剣で防ぐララさんだったけれど、片方の剣では受け切れなかったらしい。

 何度か地面を転がってしまった。


『おおっと! たった一瞬で攻守が逆転っ! セナ選手、あのララ選手のスピードに決して負けていないっ! いや、むしろ凌駕しているかぁぁぁっ!?』


 受け身を取ったララさんに、すかさずセナが襲い掛かる。


 ガガガガガガガガガガガガッ!!


「ぐっ……なんという速さっ……それにっ……一撃一撃が重い……っ!」

『セナ選手の猛攻っ! ララ選手、必死にそれを二本の剣で捌いているっ! ああ見えて怪力を持つララ選手っ、いつもは片手で平然と大男の剣を受けているというのに、今は必死の表情だぁぁぁっ! おおっと! 堪らず飛び下がって距離を取ったっ!』


 一瞬の隙を突いて、セナの間合いから逃れようとするララさん。


「さすが、やりますネ……」

「ララちゃんも強いよー」

「ええ、必死に力を磨いてきましたかラ」

「……?」


 小首を傾げるセナ。


「私はこの大会で優勝し、自らの力を示したいのでス。敬愛するリヨン様のために」

「んー、ララちゃんはリヨンくんのことが好きなの?」

「すっ……こ、これは好きとかそういうのを超越している感情でス!」

「ちょーえつ?」

「……私はリヨン様に命を救われましタ。いえ、それだけでなく、リヨン様のお陰でここまで生きることができたのでス。その恩に報いるためにも、私は最強の剣士になりたいのでス」

「ほえー、よく分かんないけど、ララちゃんはリヨンくんのことが大好きなんだね!」

「だだだっ、だから、好きとかそういう感情を超えたものでス!」


 焦った様子で訂正するララさんだけれど、顔がかなり赤い。


「そういうセナ氏は……っ! 何かこれからの目標はあるのですカっ?」

「目標?」

「それだけの才能でス。Aランクどころで留まる器ではないハズ。いずれSランク……いえ、そもそも冒険者という域に留まらないかもしれませんネ」

「んー?」


 慌てて話を変えたララさんに、セナは少しだけ考えるように首を捻ってから、


「よく分かんないけど、あたしは何にもせずにただひたすら家でぼーっとしてたいかな!」

「なっ?」


 ララさんが絶句する。


「じょ、冗談ですよネ?」

「冗談じゃないよ! あたしの夢はずっとお兄ちゃんに養ってもらうことだし!」


 ……なんて酷い夢だ。

 ていうか、未だに僕に養ってもらう気なのか、あのダメ娘……。


「何を言っているのデス? その才能があれば、世界最強の剣士も夢ではありませんヨ?」

「えー、最強とか興味ないし。めんどくさそう。あ、何もしなくても成れるならいいよ!」

「っ……幾ら才能があろうと、努力もなしに最強になれるわけがありませン!」

「じゃあ、いいや!」

「いいや、って……あ、あなたは、自分がどれだけの才能を持っているか、その才能を欲している人がどれだけいるのか、分かっているのですカ!?」

「ほえー? よく分かんないけど?」


 ……どうしようもない妹でごめんなさい。


 と、僕が代わりに謝りたい気持ちでいっぱいになっていると、突然、






「ふざけんじゃねぇぞゴルァァァァァァァァァッ!!」






 ララさんがブチ切れた!?


「ララちゃん? ほえ? 怒ってる……?」

「怒ってるに決まってんだろタコッ! 見りゃ分かるだろうがッ! テメェ、アタシがどんだけ毎日必死こいて訓練して、ここまで自分を鍛え上げたと思ってんだよォ……ッ! それをまだギフトを授かってすぐのテメェが、あっさり追いついてきやがった……ッ! 誰もが羨む規格外の才能だッ! なのにテメェ自身がその価値を何一つ理解してやがらねェッ! これほど腹立つことが他にあるかってんだッ!!」


 か、完全に口調が変わってるっ!

 普段は礼儀正しいララさんだけど、激怒するとあんな風になっちゃうんだ……。


 あまりの迫力に、観客席にいる僕まで思わず身体を強張らせてしまう。

 だけど……


 言ってることにめちゃくちゃ共感できる!


「才能を与えられた人間は、それを活かすために努力する義務があるんだよッ!」


 そうですよね、ララさん!

 もっと言ってやってください!


 あのぐうたら娘、今までちょっと甘やかし過ぎたんだ。

 たまにはしっかり叱られた方がいいと思う。


 これで少しはセナも心を入れ替えて――


「うーん、なんか難しいこと言われると眠くなってきちゃうよぉ……ふあぁ」


 まったく響いていない!?

 しかもこの状況で欠伸するとか!?




「ぶち殺すぞテメェェェェェェェェッ!!!」




 このままじゃセナが改心する前に、ララさんの血管が切れそう……っ!

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