第165話 何も考えてないだけだから

「それにしても、何で王子様が冒険者なんかに……?」


 冒険には危険がつきものだ。

 王子として生まれたなら、たとえ王様になることができなかったとしても、何不自由ない生活ができるわけで、わざわざ危険を犯してまで冒険者をする意味なんてないはずだった。


「王子様って働かなくてもいいの? 羨ましい!」

「セナ、お前は黙ってろ」


 もちろん僕らのような庶民には分からない、王族ゆえの色んな大変さがあるのかもしれないけれど……ドロドロの権力争いとか……。


「そうだね。確かにぼくたちは恵まれているよ。生まれたときからチヤホヤされて、死ぬまで働かなくてもいい。昔は王位を狙って血の繋がった兄弟で争うなんてこともあったみたいだけど、歴代の王たちの頑張りもあって、そうしたことも少なくなった」

「死ぬまで働かなくていい……」


 おいセナ、羨ましそうにするな。


「それで国のために頑張ってくれたらいいんだけれど……残念ながら王族という立場に胡坐をかいて、好き勝手に生きている兄弟ばかりだ。さっきの第四王子を見ただろう? 食べて寝て遊んで美女を囲って偉そうにして……王族としての誇りなんて欠片もない」


 相変わらず羨ましそうな顔をするセナを余所に、不快そうに吐き捨てるリヨン。


「そんな兄弟たちを見ていて、ぼくはそんなふうにはなりたくないと思った。そして王族という立場から離れて、自分の力だけで何かを成し遂げてみたくなったんだ」

「それで冒険者になったってことか……」

「幸い冒険者は登録が簡単だからね。過去を詮索されたりしないし、王族だということもバレにくい」


 それに、とリヨンは続ける。


「昔から冒険者に憧れもあったんだ。自由に世界各地を旅して回って、仲間とともに危険を乗り越えたり、色んな出会いや別れを経験したり……」


 これには幼い頃から冒険者志望だった僕も強く共感できた。


「ダンジョンに潜って貴重な武器を手に入れたり、街や村を救ってみせたり!」

「幻の異種族の集落を発見したり、世界の果てに辿り着いてみせたり!」

「伝説の剣士から、厳しい修行の末に秘剣を伝授されてみたり!」

「遥か古代に記された魔導書を手に入れ、失われた魔法を再現したり!」


 うんうん、やっぱり冒険者って夢がある職業だよね!


 僕もなりたかったなぁ……って、よく考えたら一応冒険者になったんだった。

 思い描いていた冒険者像とはちょっと違うけど。


 剣士でも魔法使いでもない。

 家庭菜園使いだ。


 何だよ、家庭菜園使いって……。


「……とまぁ、そんなわけだから、ぼくが冒険者をしているってことは内緒にしておいてほしいんだ」

「もちろんだよ」


 ……ところでさっきからサラッサさんの息が凄く荒いんだけど、大丈夫かな?


「(身分違いの禁断の関係っ! 妄想が捗りますぅぅぅっ! ハァハァ……)」








 迎えた翌日の準決勝。

 セナは危なげなく対戦相手に勝利して、あっさりと決勝進出を決めてしまった。


 そして次の試合では、ララさんが勝利。

 大多数の予想した通り、決勝では二人がぶつかることになったのだった。







『いよいよ決勝戦だぁぁぁっ! しかも過去に例のない女性対女性の頂上決戦っ! 果たして勝つのはどちらなのかぁぁぁぁぁぁぁっ!』

「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」


 満員の会場はこれまでにない盛り上がりぶりだった。

 ついに決勝戦とあって、会場の外にまで人が溢れているほどだ。


 どうやらチケットを入手できなかった人たちが押しかけてきているらしい。

 たぶん実況の声で、試合の様子をリアルタイムで楽しもうというのだろう。


『早速、選手たちの入場です! まずはこの人っ! Aランク冒険者にして、二刀流の神速剣士っ! その可愛らしいウサ耳が一部のファンの間で大人気だぁぁぁっ! 兎獣人のララ選手~~~~っっっっ!!』


 フィールドへララさんが出てきた。


『前大会では初出場ながら本戦に出場し、一回戦で前大会優勝者に敗北した悔しさをばねに、さらに力を磨いてきたぞぉぉぉっ! それはここまでの戦いから誰もが知るところだっ! 何人もの猛者たちを沈めてきた超絶速度の二刀流が、この決勝でも火を噴くかぁぁぁぁっ!』


 相変わらずのテンションの高さだ。

 本戦の一回戦からずっとあんな感じなんだけれど、凄い体力だと思う……。


『さあ、続いて今大会の台風の目が、ついにここ決勝まで上ってきたぞぉぉぉっ! まだ若干十五歳っ! 史上最年少の決勝進出者だぁぁぁっ! 戦う前の気だるげな雰囲気と圧倒的な強さのギャップが、我々の心を掴んで放さないっ! 最強ルーキィィィィッ、セナ選手ぅぅぅぅぅぅっ!!』


 続いてセナがフィールドへ。


『予選からここまで、圧巻の強さで危なげなく勝ち上がってきたセナ選手っ! まだまだ真の実力を隠しているに違いないっ! 果たして決勝では彼女の全力を拝むことができるのかぁぁぁぁっ!』


 大歓声の中、二人がフィールドの中央付近で向かい合った。


「……セナ氏、負けませんヨ」

「ララちゃん、よろしくねー」


 少し緊張気味なララさんに対して、セナは何とも気軽な様子だ。


「セナさん、こんな環境でよく平然としてられますね……」

「ほんと、誰かさんと違って肝が据わってるわよね」

「いや、あれは肝が据わってるっていうより、何も考えてないだけだから……」

「そこがセナの強いところ」


 そして決勝戦が始まった。


『試合開始ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!』



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