第164話 なにそれ最高じゃん
いきなりセナに声をかけてきたのは、この国の第四王子らしかった。
王子様らしい端正な顔立ちの面影が、残っているといえば残ってはいるけれど、かなり太っていて、頬はパンパン、顎は二重、そして服の上からでも分かるくらいお腹が出ていた。
そんな彼の背後に控えているのは護衛の騎士たちだろう。
だけど全員が見目麗しい女性ばかりだった。
「……あれが噂の、シリウス王子の美騎隊か……」
「無類の女好きの王子が、綺麗処だけを集めて結成したっていう……」
「マジで美人しかいないな……」
ひそひそとそんな声が周りから聞こえてくる。
「どうした? 褒美として私の騎士にしてやろうと言っているのだ」
どうやらその美騎隊とやらにセナを勧誘しているらしい。
確かにうちの妹は可愛いけれど……。
生憎とセナは冒険者だ。
シーファさんのパーティの一員として、今後も活躍が期待されているわけで、こんな肥満王子の専属騎士になっている暇はない。
ただ、相手はこの国の王子である。
もし断ってしまうと、不敬として何らかの罰を受けることになるんじゃ……。
しかもセナのことだ。
上手く相手を怒らせないように断れるとは思えない。
「兄上」
と、そこへまた別の人物が割り込んでくる。
ただ、今度は僕たちも知っている人だった。
「何の用だ、リーヨルド?」
肥満王子が不愉快そうに睨みつけたその人物は、王子に匹敵する豪奢な衣服を着た金髪の少年で。
え? リーヨルド?
「今度はリーヨルド殿下だぞ……」
「第七王子様か……あまり噂を聞かず、地味な印象だったが……」
「あんな素敵な方だったのね……」
いやいや、どこからどう見てもリヨンなんだけど。
当惑している僕たちを余所に、リーヨルド王子(?)がセナをチラリと見て、
「彼女はぼくの仲間でして」
「なに?」
「申し訳ありませんが、兄上のご期待には応えられません」
「……ちっ、すでに貴様が唾を付けていたか。あの兎の獣人といい、なかなか手が早いな」
腹立たしそうに舌打ちする肥満王子。
「だが娘、こんなやつよりも私の方がいいぞ。なにせこの私は第四王子だからな。王位を継承する可能性だって十分にある。一方こいつは第七王子だ。王位継承などまず期待できまい。しかも何の特徴もない地味男ときた。くくく、ともすれば陛下も存在を忘れておられるかもしれんな」
「そういう兄上は最近、また一段とお太りになられたようで。あまり肥えてしまわれると、身体に悪いですよ?」
「貴様っ……」
兄弟だというのに仲が良くないのか、随分とギスギスしたやり取りだ。
リヨンも笑顔でめちゃくちゃ辛辣なこと言ってるし……いや、リーヨルド王子だったっけ。
「ちっ……。まぁ、今ここで決めろとは言わん。決勝戦後にでも返事を聞かせてもらおう」
肥満王子は鋭くリヨンを睨みつけてから、セナにそれだけ言い残して去っていった。
「ええと……リヨン?」
「はは、驚かせちゃったみたいだね」
やっぱりリヨンだ。
「王子様……だったの? いや、だったんですか?」
「今まで通りで構わないよ。確かにぼくは第七王子のリーヨルドだけれど、同時に冒険者のリヨンでもあるからね」
そう言われても……王子様と知ってしまった以上、なんだか不敬な気がしてしまうんだけど。
ていうか、何で王子様が冒険者なんかやっているんだ……?
しかも普段は身分を隠しているようだし。
色々と疑問を抱いていると、ずっと黙っていたセナが口を開いた。
「んー、何だったの、あのおデブちゃん?」
「おでっ……お前、それ絶対に本人の前で言うなよ!?」
「ほえ? 何で?」
「王子様だからだよ!」
……いや、王子様じゃなくても言っちゃダメか。
「王子様?」
「聞いてなかったのかよ……って、本人は名乗ってなかったかも」
名乗らなくても、王子である自分のことを知らないはずがないと思っていたのかもしれない。
それくらい自尊心が高そうな人だったし。
「お前を専属の騎士として勧誘してたんだよ」
「せんぞく? それになったら何かいいことあったの?」
「詳しくは知らないけど……」
「美騎隊なんて所詮はお飾りだよ」
リヨンが説明してくれた。
「実体はほとんど実戦経験もない、見た目しか取り柄のない女の子たちだ。いつもただ侍女のように兄上に付き従っているだけ」
「うえ、めんどくさそー」
「本当はあの何倍もいるんだけれどね。その日の気分で連れ歩く子を変えているんだろう。選ばれなかった子はずっとお留守番だ。いつも王宮で退屈そうにしてるよ。なんにしても君ほどの剣士には相応しくない環境だよ」
「退屈? それって、暇ってこと?」
「え? う、うん。まぁ、そうだね。王宮の庭でよく日向ぼっこしたりお喋りしたり……騎士としての訓練なんて滅多にしてないみたいだし……」
「なにそれ最高じゃん!」
「……へ?」
やばい、セナが惹かれてしまった!
セナがぐうたら娘だと知らないリヨンが、予想外の言葉に驚いている。
僕は慌てて言った。
「王宮なんて、きっと礼儀作法とか色々と覚えないといけなくて大変だと思うぞ!」
「えー、じゃあやめるー」
一瞬で興味を失ってしまう、相変わらずな妹だった。
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