第163話 目覚ましポーション

 氷の上に転がった状態で、セナは降り注ぐ氷の雨をすべて剣で凌いでしまった。

 会場が大いに沸く中、セナはどうにか身体を起こして、


「つるつるっ!? ぜんぜん進めないよ~っ!」


 その場で足をバタつかせるも、氷が滑るせいでまるで前に進むことができない。


「そ、それは表面を溶かし、水の膜を作り出すことによって、摩擦をほぼゼロにした特別な氷床だっ! そこに囚われたら最後、まともに動くことはできない!」


 気を取り直したアンドリュー選手が叫ぶ。


「すなわち、そのままでは私の攻撃を一方的に受け続けざるを得ないということ! 果たしていつまで持つかっ!」

『ど、どうやら戦いは持久戦にもつれ込みそうだぁぁぁっ! しかし氷の上から動けないセナ選手にとって、圧倒的な不利な状況だぁぁぁっ!』

「――がっ!?」


 突然、アンドリュー選手の胸から鮮血が飛び散った。


「ぐっ……な、何が……っ?」


 何が起こったのか分からないという顔で、よろめきながら後退る。


『ど、どういうことだっ!? アンドリュー選手がダメージを受けたっ!? だが、セナ選手は未だ氷の上っ! そこから一歩も動いていないはずっ!』

「動かなくても攻撃できるよー?」


 相変わらず滑る氷上に苦戦しつつも、その場で剣を振るうセナ。

 すると次の瞬間、斬撃の衝撃波がアンドリュー選手目がけて飛んでいく。


 咄嗟に氷の壁を作り出し、アンドリュー選手はそれを防いだ。


「今のは風魔法かっ!? だが発動時にまるで魔力を感じなかった……っ! まさか、あの距離から斬撃を飛ばしたとでもいうのか……っ!? あ、あり得ないっ……」

『どうやらセナ選手っ、斬撃で発生させた衝撃波で攻撃したようだぁぁぁっ!』

「くっ……しかし、衝撃波だけではこの壁を破壊することはできまい!」


 一瞬狼狽えたアンドリュー選手だったけれど、すぐに冷静さを取り戻すと、先ほどの氷壁をさらに強化してしまった。


「ん~、それくらいなら壊せると思う!」

「なにっ!?」


 セナが再び剣を振った。

 それも一度だけではない、目では到底追うことができない速さで次々と斬撃を繰り出し、無数の衝撃波がアンドリュー選手に襲い掛かる。


 ガガガガガガガガガガガガガッ!!


「こ、氷があっという間に削られっ……」


 アンドリュー選手も必死に壁を修復していくけれど、明らかに遅い。

 気づけば氷壁が完全に砕け散り、同時にアンドリュー選手が宙を舞っていた。


『アンドリュー選手、ダウゥゥゥゥゥゥンッ!! 起き上がることはできるかっ!? い、いや、無理そうだ! レフェリーストップがかかった! アンドリュー選手の敗北っ! 一回戦第一試合はセナ選手の勝利っ! いきなり優勝候補が負けるという、波乱の幕開けだぁぁぁぁぁぁぁっ!』





 担架で運ばれていくアンドリュー選手を心配し、セナが声をかける。


「だいじょーぶ?」

「わ、私の完敗だ……結局、一度も魔法を使うところを見ることができないとは……さすがはミランダ様が認めた弟子……」


 力の差を痛感して悔しがりながらも、相手への敬意を忘れないアンドリュー選手。


「この剣のお陰だよー」

「っ……その剣っ……な、なんという魔法付与の数々だ……っ! くっ……やはり、途轍もない使い手……」


 どうやらセナが自分で付与を行ったと思ったらしい。

 最後までセナが魔法使いだと勘違いしたまま、彼はフィールドから去っていった。





 この初戦を皮切りに、本戦初日は一回戦の全四試合が行われた。

 今日で出場者八名のうち四人が勝ち残り、明日その四人で準決勝が争われる。


「ララさんも勝ち上がりましたね」

「ララは強い。決勝まできそう」


 シーファさんが確信をもって断言する。

 確かに、今日の試合を見た感じ、ララさんは頭一歩、他の出場者たちから抜け出しているように見えた。


 ……もっとも、それは約一名を除いての話だけど。


「むにゃむにゃ……ゆーしょーしたら……はたらかなくてすむ……」


 試合が終わるなり僕たちのいる観客席に来たセナは、他の試合を見ながら次戦の対策を練ったりすることもなく、座席三つ分を占拠してひたすら寝ていた。


 一気に優勝候補へと躍り出た出場者とはとても思えない。

 一回戦の結果を受けたセナの評価はまさに鰻登り、前述のララさんも差し置いて、新たな優勝候補となっていた。


「おい、セナ。今日の試合終わったぞ。そろそろ起きろ」

「すぴー」


 僕はあるポーションを取り出すと、眠りこけるセナに頭からぶっかけてやった。


「っ!? ほえ?」

「凄い。一瞬で目が覚めた。さすがマーリンさんが作った目覚ましポーション」

「なんか眠気が吹き飛んだ!? お兄ちゃん何したの!?」


 効果抜群で、セナの目がギンギンに開いている。

 うん、今後も積極的にこれを使っていくことにしよう。


「おい、そこの娘」


 とそのとき、やけに横柄な態度で声をかけてくる青年がいた。

 煌びやかな衣服を身に付けていて、明らかに身分が高いことが分かる。


「し、シリウス殿下だっ……」

「第四王子様だぞ……」


 周りが驚く声を聞くに、どうやら王族らしい。

 そう言えば、王族専用の特別席にいた気がする。


 慌てて跪こうとする僕たちなど眼中にないようで、シリウス王子はただ真っ直ぐセナだけを見ながら告げた。


「先ほどはよい戦いだったぞ。褒めてやろう。……ふむ、田舎臭いが、なかなか磨けば光りそうな顔をしているではないか。褒美として私の騎士にしてやってもよいぞ」

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