第162話 風邪ひいちゃうよー

「あ、もしかして……ミランダさんのところ?」

「それよ! あの頭のおかしい魔法使いの塔で、弟子入りを志願してた中にいたわ!」

「思い出した」


 第二家庭菜園内に突如として築かれた魔法使いの塔。

 その頂上で、ミランダさんに弟子入りを懇願していた五人の魔法使いたち。


 その中の一人が、確かにあんな人だった気がする。


「弟子入りを諦めたってことかしら?」

「梃子でも弟子は取らないって感じだった」


 凄い魔法使いらしいけど、今は毎日ぐうたらしてるだけだし、その姿に幻滅したのかもしれない。

 ……と、思いきや。


「まさかこんなところで貴殿と再会できるとはな」

「ほえ?」

「……なるほど、あのミランダ様が唯一弟子とした貴殿からすれば、私など眼中にもないということか」


 どうやら幻滅したわけではなさそう。


「無論、まだ私は諦めていない。ミランダ様に認められるべく、更なる力を付けてから再び彼女の元へと赴くつもりだ」

「ええと……師匠のことー?」

「言ってみれば、貴殿は私の姉弟子ということになるか」


 セナは弟子と言っても、そういう弟子じゃないですよ……。


「ルーキーなどと侮るはずもない。聞けば、魔法使いでありながら、予選を剣で突破したという。恐ろしく強力な身体強化魔法を使ったか、あるいは私も知らぬ特殊な魔法か……いずれにしても、尋常な使い手ではないことは間違いない」


 いえ、セナは正真正銘の剣士です。

 勝手に勘違いしちゃってるみたいだ。


「胸を借りるつもりで、全力で行かせてもらおう!」


 アンドリュー選手はそう高らかに宣言すると、両手を空に向かって掲げた。

 次の瞬間、幾つもの氷の塊が頭上に出現する。


 ナイフのように尖ったそれらが、一斉にセナ目がけて飛んでいった。

 しかもめちゃくちゃ速い!


『早速でたぞぉぉぉっ! アンドリュー選手の十八番、氷魔法だぁぁぁっ! その飛来速度は何と矢のそれを遥かに超えるっ! 達人剣士ですら目で追い切るのは難しいっっっ! しかも一撃一撃が岩に穴を開けるほどっ! まともに喰らえばダウン確定だぁぁぁぁっ!』

「ほえ?」

『おおっと!? セナ選手! その場に突っ立っているだけだぁぁぁっ!?』


 ギギギギギギギンッ!!


 直撃するかと思われたその寸前、セナが剣を抜いた。

 そして気が付けば、すべての氷が四方八方へと弾き飛ばされていた。


 えええ……なに今の……?

 うちの妹が出鱈目すぎる……。


『ななななっ、何とセナ選手っ! あれだけの氷弾を剣で防いでしまったぁぁぁっ!』


 あまりの早業に会場中が驚愕に包まれている。

 だけど当の本人は平然とした顔で、


「ふえー、冷たーい!」

「まさかひとつ残らず斬り落とされるとは……なんという剣速だ……魔法使いながらこれほどの俊敏性を出せるとは、一体どれほどの身体強化を……」


 アンドリュー選手も驚いている。

 相変わらずセナのことを魔法使いと思っているらしい。


「だが、これならばどうだ!」


 再び彼の頭上に氷の塊が出現していく。

 先ほどとは数が桁違いだ。


「い、一瞬であれだけの氷を……」

「優勝候補も頷ける」

「さすが、〝絶氷の暴君〟の異名を持つだけのことはあります……」


 サラッサさんですら驚嘆する中、煌めく無数の氷塊が横殴りの雨のごとくセナへと襲い掛かった。


「セナっ!? よ、避けないと!」


 僕は思わず叫んでしまう。

 あれは幾らなんでも剣では防げないだろう。


『もはやこれは氷の雨だぁぁぁっ! し、しかしっ! セナ選手、またしてもその場から動こうとしないっ!?』

「どのみち逃げても無駄だ! 私の氷はどこまでも敵を追いかけていく! 対処法はただ一つ! 魔法で相殺することだけ! だがこの一瞬でそれができるか!? さあ、見せてみるがいい、ミランダ様の弟子としての力をっ!」


 ギギギギギギギギギギギギギギギギギンッ!!


『「……は?」』


 またしてもすべての氷がセナの剣で叩き落されていた。

 いや、当然ながら僕にはまったく見えなかったけれど……。


「ば、馬鹿な……。今のを、剣だけで……? あ、あり得ない……」

『こ、これは、何ということだっ! セナ選手、あれだけの氷を、いとも容易く、防いでしまった……っ!?』


 会場中が言葉を失う中、セナは「へくしゅっ」と可愛らしいくしゃみをして、


「うー、風邪ひいちゃうよー。じゃあ、次はこっちから行くねー」


 ドンッ、という地面を蹴る音が響いたと思ったときには、すでにセナの姿はその場にはいなかった。

 一足飛びでアンドリュー選手との距離を半分近くも詰めている。


 けどそのときだ。

 再び地面を踏んだ瞬間、セナが盛大にひっくり返った。


「ぶげ!?」

『セナ選手、突然の転倒っ! 一体何が起こったぁぁぁっ!? ああっと! よく見たら地面が凍っている! アンドリュー選手の仕掛けた氷のトラップだぁぁぁっ!』


 どうやらあらかじめ地面を凍り付かせていたらしい。

 まんまとそれを踏んだセナは、足を滑らせて転んでしまったようだ。


「今だっ!」


 無論その隙を見逃すような相手ではない。

 氷の上を転がるセナへ、先ほどに匹敵する氷の雨が降り注いだ。


「セナっ!?」


 こ、今度こそさすがに……。


 ギギギギギギギギギギギギギギギギギンッ!!


『ななな、なんとセナ選手っ! 足場の悪い氷の上、しかも寝転んだ態勢で氷雨を防いでいるぅぅぅっ!?』


 ……うん、なんかもう、心配する必要ない気がしてきた。


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