第161話 緊張しない子

「凄い人……それに予選のときとは熱気が違う……」


 観客で埋め尽くされた闘技場に、僕は圧倒されていた。


 セナが予選を無事に突破し、いよいよ武術大会の本戦の日だった。

 今日から三日間にわたって開催される本戦の注目度は高く、このためだけにわざわざ王都にやってくる人も多いそうだ。


「こんなところで戦うのか……」

「わ、わたしだったら、緊張で気を失ってると思います……」


 予選のときならあった空席も、今はほとんど見当たらない。

 席のチケットがなかなか取れないらしいし、試合が始まったら今ある空席もすべて埋まってしまうのだろう。


 幸い僕たちは関係者席を与えられていた。

 お陰でかなりいい場所から試合を見ることができる。


「セナのやつ、大丈夫かな?」

「心配ない。セナは緊張しない子」

「確かに焦ってるとこ見たことないわね」


 我が妹は良くも悪くも能天気だからな……僕とは大違いだ。


「あ、この間の!」

「え?」


 元気な声が響いてそちらへ視線を向けると、頭にバンダナを巻いた小柄な少年がぶんぶんと手を振っていた。


「確かダンジョンで」

「うん! おいらはボボ! 覚えててくれたんだ!」


 屈託のない笑顔で駆け寄ってくる。

 さらに騎士風の青年、ロインさんの姿もあった。


「あのときは本当に助かったぜ。あんたたちはおれの命の恩人だ」

「いえ、当然のことをしたまでですよ。それより、槍の方は見つかりましたか?」

「ああ、どうにかな」


 どうやら二人ともララさんの関係者ということで、僕たちと同じく関係者席を与えられているようだ。


「ララさんも予選を突破されたんですね」

「そっちの嬢ちゃんもか。……ま、彼女なら当然か」

「ロインさんは出場されなかったんですね?」

「おれは、まぁ、その、何だ……色々と事情があってな」


 ロインさんもAランク冒険者だ。

 出場していれば予選を突破する実力があるに違いない。


「リヨンはいないんですね?」

「あいつには別の席が用意されてるからな」

「別の席……?」


 そんなやり取りをしていると、会場がわっと大きく湧いた。


 周りの人たちの視線を追っていくと、そこには周囲から少しせり出した特等席。

 煌びやかに飾り立てられ、豪奢な椅子が並べられたそこへ、数人の男女が姿を現したのだ。


「アズエルド殿下だっ!」

「シャレン王女殿下もいらっしゃるぞ!」


 どうやらこの国の王族たちらしい。

 大歓声を受けて優雅に手を振っている。


「……あれ?」


 その中に一人、見知った顔が交ざっていたように思ったのだけれど……すぐに他の人の頭で見えなくなってしまった。


「って、気のせいか」


 ごく普通の庶民である僕が、王族と面識なんてない。

 ここから少し距離があるし、単に見間違えただけだろう。


『待たせたなっ! いよいよ武術大会本戦の始まりだぁぁぁっ!』

「「「うおおおおおおっ!!」」」

『今大会もとんでもない猛者たちが大集結だ! 瞬きしてると見逃しちまうぜ!』


 突然どこからともなく響き渡る声。

 魔法か何かで拡張しているのか、大歓声の中でもはっきりと聞こえる大音量だ。


『おおっと! 紹介が遅れちまったな! 毎度おなじみ、司会進行および実況を務めるハンモックとはオレのことだ! 今年もアゲアゲで突っ走ってやるから、最後までシクヨロだぜぇぇぇっ!』


 ……随分とテンションの高い司会者だ。

 だけど会場は大いに盛り上がっているし、ずっとこのノリで行くのかな……?


『それじゃあ早速、第一回戦を始めていくぜぇぇぇっ! まずはいきなり大注目の最強ルーキーの登場だ! 冒険者歴はまだ一年未満ならが、信じられない速さで熟練レベルのCランクまで駆け上がった、とんでもない才能の剣士っ! Cランク冒険者、セナぁぁぁぁっ!』


 どうやら初っ端からセナの番らしい。

 対戦順は直前にくじ引きで決められると聞いてはいたけれど……。


『しかも予選ではあの前回本戦出場者、ミシェル選手を圧倒してみせた! その実力は間違いなく本物だぁっ! 今大会の台風の目となるかぁぁぁっ!』


 それにしても物凄い煽り文句だ。

 普段はぐうたらしているだけのダメ娘とはとても思えない。


 そんなセナがフィールドに登場すると、会場中が大きく盛り上がった。


「かわいい! ファンになっちまいそうだ!」

「期待してるぜ!」

「キィィィィッ! ミシェル様のこと、許さないわぁっ!」


 一部に恨みの声が混じってはいるけど、若くて可愛い女の子とあって、おおむね応援されているようだ。


『そんな彼女の対戦相手はぁぁぁっ! なんとなんと、一回戦から優勝候補の登場だぁぁぁっ! 魔法使いながら前回の準優勝者っ! 今大会も圧倒的な魔法の速射能力で、危なげなく予選を勝ち抜いてきたぁぁぁっ! 超速無慈悲な〝絶氷の暴君〟っ! アンドリュゥゥゥゥゥゥゥッ!!』


 続いてフィールドへと姿を現したのは、真っ白い髪をした長身の青年だった。

 ハイテンションな司会者の声とは裏腹に、対戦相手のセナをじっと見据えながら静かにフィールド中央へと歩を進めていく。


「うわ、初戦から優勝候補だなんて、セナのやつ、ツいてないな……」

「この大会じゃ不利とされてる魔法使いで勝ち上がってくるとか、相当な使い手っぽいわね」

「〝絶氷の暴君〟アンドリュー……かなり有名な魔法使いですね……」


 シーファさんが首を傾げた。


「……どこかで見たことある?」

「言われてみれば……」

「えっと、わたしもなんだけど……」


 なぜか三人そろってあの魔法使いの男性に既視感があった。


 どこだったっけ……?

 そもそも魔法使いなんて珍しいし、出会える場所は限られているはず――


「あ、もしかして……ミランダさんのところ?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る