第160話 馬鹿なんだよね

「ど、どういうこった……? 鉄球が……」


 どうやら男は、セナが鉄球部分を斬ったことに気づいていないらしい。

 まぁ僕にも見えなかったけど。


「くそっ! だが反対側があれば十分だ!」

「もう斬ったよー?」

「なっ!?」


 逆側をハンマーのようにして振りかぶろうとしたが、ずるりと鉄球部分がズレて地面に落下した。


「な、な、な……」

「ほいっと」


 男が狼狽えている隙に、セナが今度は棍の真ん中を両断する。


「ま、まさか、てめぇが……」

「あ、ちょっと間合い間違っちゃった」

「~~っ!?」


 次の瞬間、男の額から胴体にかけて、身に付けていた鎧ごと縦の線が走った。

 プシュッ、とそこから僅かに血が飛び出す。


 棍だけを斬るつもりが、勢い余って男の身体まで斬ってしまったらしい。


「ぎぃやあああああっ!?」


 男は悲鳴を上げ、地面にひっくり返って悶絶する。


「……い、一応、ちゃんと手加減はしたみたいね」

「してなければ、確実に死んでましたね……あの人……」

「セナ、偉い」


 この大会では相手を殺してしまうと失格になってしまうらしいが、どうやら男は死んではいないようだ。

 医療班に運ばれ、フィールドを退場していった。


「おい、やられたあの男、砦壊しのベルドじゃねぇか?」

「マジかよ。確か、単身で砦を落としたとかいう、ヤベェ逸話のある傭兵だろ? このグループじゃ、ミシェルに次ぐ実力者と目されてた……」

「それを瞬殺だと……?」

「何なんだ、あの女は?」


 セナが倒したのは名の知れた傭兵だったらしい。


 金髪騎士に向かっていた出場者たちが慌てて足を止める。

 最初にどちらから倒すべきか、逡巡しているのだろう。


「へえ、やるじゃないか、君」

「んー?」

「よかったら二人で協力しないかい? 見たところ、彼らは力を合わせて僕たちを倒そうと考えているみたいだからね」


 金髪騎士がセナに共闘を提案している。


 これに慌てたのは他の出場者たち。

 セナと金髪騎士はちょうど真反対の位置にいて、このままでは挟み撃ちにされてしまうからだ。


 図らずも、このグループの戦況を、セナが左右する形になってしまった。

 誰もがその判断に注目する中、うちの妹が出した決断は――


「んーと…………ほい!」


 突然、猛スピードで走り出したかと思うと、間にいた出場者たちの脇を通り過ぎ、金髪騎士へと一直線に躍りかかった。


「なっ!?」


 ガキィンッ!


 セナが繰り出した斬撃を、金髪騎士は盾を掲げてどうにか防ぐ。


「き、君は僕の提案を聞いていなかったのか!?」

「なんかこの方が早そうな気がした!」

「なぜそうなる!? もしかして馬鹿なのかい!?」


 うん……馬鹿なんだよね……。


「その愚かな選択、後悔させてあげるよっ! シールドバッシュ!」


 金髪騎士が盾を構えたまま、セナへと突進。

 咄嗟に横転してそれを回避したセナだったけど、そこへ背後から別の出場者が襲い掛かっていた。

 

「もらったぁぁぁっ!」

「ほいっと!」

「なにっ!? ぎゃっ!?」


 敵の攻撃を躱しざまに反撃を見舞うセナ。

 そのときには金髪騎士にも他の出場者が斬りかかっていた。


 それを盾でいなして剣で斬り返した次の瞬間、今度はセナが再び距離を詰めてきている。


「くっ! なんて厄介な展開にしてくれるんだ、君は!」


 セナと金髪騎士は、互いに攻防を繰り広げながらも、さらに他の出場者たちの猛攻を凌がなければならないという、圧倒的に不利な状態に置かれてしまっていた。


「何やってんだよ……あの金髪が言う通り、ひとまず共闘しておけば有利だったのに……」

「そうとも限らない」

「え?」


 シーファさんが指摘する。


「セナは身軽で、瞬発力や回避能力に優れてる。だからこうした乱戦で本領を発揮できるタイプ。逆にあの騎士は装備の重さもあって動きが遅い」

「確かにそうね。あの剣も相まって、普段はどうしても攻撃力に目が行きがちだけど、セナちゃんの最大の強みはあの俊敏性よね」

「そ、そうですね……魔法使いのわたしでは、時々、目で追うことすら難しいことがあるくらいですし……」


 そんな評価を証明するかのように、四方八方から迫りくる攻撃を、セナは危なげなく処理していた。

 一方の金髪騎士は、自慢の盾がありながらも身体のあちこちに傷を負っている。


「まさかセナのやつ、ここまで考えて……」


 って、そんなわけないか。

 きっとたまたまだろう。


「ほいほいほいほいほーいっ!」

「がっ」

「ぐあ……っ!?」

「ば、馬鹿な……」


 まるで躍るように剣を振るうセナの周囲で、次々と出場者たちが倒れていく。


「あれ? 来ないのー?」

「じょ、冗談じゃねぇ……」

「こんな化け物に勝てるかってんだ!」

「き、棄権する! リタイアだ!」


 その圧倒的な強さを前に、気が付けば誰一人として近づくことができなくなっていた。

 中には勝ち目がないと悟り、自らリタイアする者もいた。


「はぁ、はぁ、はぁ……まさか、予選でこんな相手と当たってしまうなんてね……まったく、今年はツいていない……」


 金髪騎士は息を荒らげながらも、前年本戦出場者の意地を見せ、どうにかここまで生き残っていた。

 ただ、すでに満身創痍だったようで、


「僕も棄権だ……」


 と、敗北を宣言したのだった。


「よし、セナ、よくやったぞ!」


 僕は思わず手を叩いて妹の勝利を称賛する。


「そんな……ミシェル様が予選で負けるなんて……」

「嘘っ! こんなの嘘よっ!」

「キィィィィッ! あの小娘、許さないわ!」


 ひっ……。

 金髪騎士のファンたちが怖くて、慌てて手を下ろす僕だった。

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