第168話 ぼくが心配なんだ
医務室にお見舞いにいくと、ララさんはベッドの上に座っていた。
リヨンたちの姿もある。
「ララちゃん、だいじょーぶ?」
我が妹ながら、よく気軽に声を掛けられるな……と思う。
「……はい。見ての通り身体の方は問題ありませン」
少し返事がぎこちないものの、ララさんは元の丁寧な口調に戻っていた。
「愛用の剣が二本とも逝ってしまいましたガ」
近くの棚の上に、根元から折れてしまった剣が置かれていた。
たぶんかなりの業物だと思うけれど……これでは修復も難しい気がする。
「この剣が二本そろって折れるとか、どんだけすげぇ衝撃だったんだよ……」
「びっくりだねー」
ロインさんとボボさんが驚いている。
さらにリヨンが、
「これ、高純度のミスリル製なんだけれどね……。一方で、セナさんの剣は罅すら入っていない」
「きれいなままだよ!」
セナの剣は僕の畑で採れた純度百パーセントのミスリルを元に作られ、しかもミランダさんが魔法付与を行っている。
だからあの凄まじい衝撃にも耐えられたのだろう。
ララさんが真顔でぼそりと言った。
「ちなみにこれ一本で、王都に家が建つほどの値がするレア物なのですガ……セナ氏に弁償してもらいましょうかネ?」
もちろん冗談……いや、たぶん冗談……だよね……?
まだちょっと怒ってるのかもしれない。
だけど僕はあえてそれに乗ることにした。
「ララさん、それはいいアイデアかもしれません!」
「ちょっ、お兄ちゃん!?」
このぐうたら娘を頑張って働かせる口実になりそうだし。
「……冗談ですヨ」
残念ながら本当に冗談だったみたいだ。
「ララ、負けたのが悔しいからって、あまり虐めてはいけないよ」
「べ、別に、それでからかってみたわけではありませン、リヨン様っ」
リヨンに咎められて、慌てて弁明するララさん。
「でも、剣がないと大変ですよね? こいつ優勝賞金が出たみたいですし、それで幾らか賄いますよ」
「だから何で勝手に決めるのかな、お兄ちゃん!?」
「はは、心配しなくていいよ。ララの剣はぼくがなんとかするから」
王族のリヨンからしてみたら、きっと大した金額ではないだろう。
「ただ、これだけ高純度のミスリルとなると、なかなか手に入らないはずだ。しばらくは量産品を使ってもらうしかないかな」
高純度のミスリル……うちの畑でなら幾らでも手に入るけどね?
後で持ってきてあげようかな。
「すいませン……私のせいで、しばらくダンジョンの深層に潜れなくなってしまいますネ……」
危険度の高いダンジョンの深層となると、やはり量産品の武器では心許ないのだろう。
ちゃんとした剣が手に入るまでパーティの歩みを止めてしまうことを、申し訳なさそうに謝るララさん。
うちの妹とは大違いだ。
同じ状況だったら喜んでぐうたら生活を送ることだろう。
「ララちゃん、しばらく休もうよー。そんなに生き急いでもしんどいよ? ほら、もっと気楽に行こう!」
ピキピキ……。
うわっ、無神経なセナの余計な一言で、ララさんの額に青筋が……っ!
また髪の毛が真っ赤になるかと慄いていると、リヨンが真剣な顔で言った。
「ララ、ぼくはセナさんの言うことも一理あると思うよ」
「リヨン様……?」
「君はいつも頑張り過ぎなんだ。もちろん、それは素晴らしい君の長所だと思う。でも、少しくらい自分の身体のことを思いやってもいいんじゃないかな?」
「で、ですが……」
「何より、ぼくが心配なんだ」
「……リヨン様……」
ララさんの額から青筋が消えて、頬がほんのりと赤く染まる。
……なんだかいい雰囲気だ。
結果的にセナのお陰で二人の仲が深まったかもしれない。
うんうん、頑張り過ぎちゃダメだよねー、と満足そうにセナが頷いている。
「お前はもう少し自分の限界に挑戦してみてもいいんじゃないか?」
「うー、お兄ちゃんのお小言はきらいー」
セナは耳を塞いでしまった。
リヨンたちと別れ、闘技場を後にした僕たちは、いつも利用している冒険者ギルドの東支部へと向かっていた。
わざわざ王都の外に出るのは面倒なので、菜園隠蔽を施した状態にしたまま、ギルドの中庭に家庭菜園を隠し置いている。
そこからアーセルの街に菜園間転移で戻るつもりだ。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」
その途中、どこからともなく大歓声が聞こえてきた。
「なんだか騒がしいわね?」
「あの建物」
かなり大きな建物だ。
そこで何かのイベントでも開催されているのか、随分な盛り上がりようである。
「あれも、とーぎじょー?」
「いえ……あれはオークション会場ですね……。王都では定期的に行われていますが……今日はいつになく賑わっている気がします……。各地から大勢の人が集まってくる武術大会があったため、普段よりも大規模なものになっているのかと……」
王都のことに詳しいサラッサさんが教えてくれる。
「貴重な武具やアイテム、それに魔物の素材なども出品されるようです……」
オークションかー。
まぁ僕たちにはあまり縁のない世界だ。
あれ?
でも何か最近、オークションの話を誰かとしたような……?
◇ ◇ ◇
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」
大歓声の中、リルカリリアは震えていた。
限られた金持ちだけしか入場することが許されない、特別なオークション会場。
そこに彼女は出品者として、とある商品を持ち込んでいたのだ。
「各地から有力者が集まってくる武術大会に合わせて出品してみたけど……まさか、こんな破格の値が付けられるなんて……」
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