第154話 そいつ殺せない

 どこからどう見ても普通の壺だ。

 金貨二枚どころか、たぶん銀貨数枚くらいの値段で買えるだろう。


「待て待て待て!」


 僕は慌てて割り込んだ。


「ほえ、お兄ちゃん?」

「何を買おうとしてんだ、馬鹿」

「一生働かなくてもよくなる壺だよ!」


 そんな壺があってたまるか。


「あら。お兄さんがいたのね(ちっ、余計な奴が来やがったわ)」

「今、舌打ちしませんでした?」

「何のことかしら? 気のせいよ」


 僕はアホな妹の手を引っ張った。


「ほら、帰るぞ。そんなの偽物に決まってるだろ。騙されてるんだよ」

「え! 一生働かなくてもよくなる壺じゃないの!?」

「余計な出費で、むしろもっと働かないといけなくなるだけだって」

「うえ! そんなの嫌だーっ!」


 いや、待てよ。

 余計な出費をさせて、働かせておいた方が妹にとってはいいのでは……?


 とはいえ、こんな詐欺師を儲けさせるのも癪なので、この場はさっさと立ち去るのが吉だろう。

 そう考えて踵を返そうとすると、


「ちょっと、あんたたち。まだお金を払ってもらってないんだけれど?」


 おばさんが不機嫌そうに引き留めてきた。


「何を言ってるんですか? そんな壺、要らないですよ」

「壺じゃなくて、占いの代金よ、占いの」

「占いの……?」

「当然じゃないの。あたしは占い師なんだから。ほら、金貨二枚」

「金貨二枚!?」


 いやいや、どれだけぼったくるつもりなんだよ、このおばさん!


「お金取るなんて聞いてないよ! ちょっと見てあげるって言ったから、見てもらっただけだもん!」


 セナが主張する。

 どうやら占いの時点で詐欺だったらしい。


「それはあんたの勘違いだろう? 占ってもらったら相応の対価は支払う。子供でも知ってる常識。いちいち説明なんかしない」

「だからって、金貨二枚は高すぎるでしょ」

「あたしの占いはよく当たるから高いんだよ。いいから、とっとと寄越しな。金貨二枚は持ってるんだろう?」


 僕は溜息を吐くと、おばさんに向かって銀貨二枚を放り投げた。


「それで我慢してください。行くよ、セナ」

「う、うん」


 こういう手合いは相手をするだけ無駄だ。

 ただ、占ってもらったことは事実なので、タダで立ち去るのもと思っての銀貨二枚。

 それでも高すぎるくらいだけど。


「兄ちゃんたちよぉ、それで帰れると思ってんのか?」


 だけど路地を出ようとした僕たちの前に、大柄の男が立ちはだかった。

 ……なるほど、おばさんがやけに強気だったのは、仲間がいたからか。


 狭い路地を完全に塞いでいて、通ることができない。

 明らかに堅気ではなさそうなその男は、厳つい顔にワザとらしい笑みを浮かべて言う。


「社会の先輩として、常識ってもんを身体に教え込んでやらないといけないかもなぁ?」


 ……あ、ヤバい。


 ゴキゴキと拳を鳴らす男に、僕は頬を引き攣らせた。

 慌てて前に出る。


「えっと……やめた方がいいですよ? その、大怪我すると思うんで……」

「はっ! 分かってんならとっとと金を払え! そうすりゃ帰してやるよ!」

「あ、いや、怪我をするのは僕たちの方じゃなくて……」

「ああん? 何を言ってんだ、てめぇ? いいから、ごちゃごちゃ言ってねぇで、とっとと金を出せ!」


 男が腕を伸ばし、僕の胸倉を掴んでこようとした。

 次の瞬間、その腕の手首から上が、ポロリ、と。


「は?」


 男の口から変な声が漏れる。


「う、腕がっ!? 俺の腕がぁぁぁぁぁぁぁっ!? いでええええええええええええっ!」


 遅れて認識と痛みが追い付いてきたらしく、路地に轟く絶叫を上げた。


「うるさい」

「ぶごっ!?」


 その男の腹を蹴り、地面に蹲らせたのはセナだ。

 手には男の血が付いた剣が握られている。


「ちょっ、さすがにやり過ぎだって!」


 これでもセナは冒険者だ。

 そこらのゴロツキに負けるはずもないし、加減を知らない子なのでむしろ相手の方が心配だったのだけれど……まさかいきなり腕を斬り落とすとは思わなかった。


「お兄ちゃん邪魔。そいつ殺せない」

「殺さなくていいって!」

「~~~~っ!」


 男は完全に怯え切っている。


「ひいいいいっ!」


 占いのおばさんも椅子から転げ落ちていた。

 逃げようとしているみたいだけど、腰が抜けたらしく動くことができないでいる。


「そこで何をやっているんだ!」

「喧嘩はいけませんヨ!」


 そのとき男の悲鳴が聞こえたからか、路地に駆け込んでくる二人組が。


「……って、君たちは?」

「リヨン? それにララさんも」


 つい先日、ダンジョンの奥深くで出会った冒険者たちだった。


「こんなところで何をしているんだい?」

「実は……あ、その前に」


 足元で意識を失いかけている男のことを思い出す。

 腕から絶え間なく血が溢れ出ていて、このまま放っておくと十分も持たないだろう。


 落ちていた腕を拾い、切断部へ押し当てると、そこへマーリンさん印のポーションをドボドボかけてやった。

 するとあっという間にくっ付いてしまう。

 傷口もほとんど分からないほどだ。


「相変わらずよく効くポーションですネ……いえ、傷口が恐ろしく綺麗だったからここまで痕が残らなかった可能性も……」


 ララさんは畏怖の視線をセナに向ける。

 そのセナは「えー、お兄ちゃん、何で治しちゃうのー?」と不満そうだ。


 僕は二人に事情を話すのだった。

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