第153話 一生働かなくてもよくなる壺

 男を街の衛兵に突き出すと、どうやら本当に窃盗の常習犯だったらしく、過去にも何度か捕まったことがあるようだった。


 冒険者ギルドにも協力の依頼が出されていたとのことで、図らずもその依頼を達成してしまったことになる。

 後から報酬が貰えるだろう。


 衛兵の詰め所を後にする。


「ふあぁ~」


 まだ眠り足りないのか、大きく欠伸をするセナ。


「あんなところで寝るんじゃない。危ないだろ」

「寝る気はなかったもん。噴水の音を聞いてたら勝手に眠っちゃただけだし」


 どうやら噴水の心地よい音が子守歌になったらしい。


「てか、その大量の荷物どうしたんだよ?」


 セナは数時間前にはなかったはずの袋を幾つも抱えている。

 男に盗まれそうになったのはそのうちの一つだ。


「買った!」

「どうせまた要らないものばかりだろ」

「そんなことないよ! ほらこれ見て!」

「何だこれ?」


 木彫りの蛙だ。

 置物だろうか?


「この背中のギザギザ部分をこうしてこの棒で撫でてあげると……」


 げろげろげろ。


「ほら! 鳴いたよ!」


 確かに蛙の鳴き声にも聞こえるけど。


「これが何の役に立つんだ?」

「んー、なんか癒される?」

「……」


 思った通り要らないものばかりのようだった。

 まぁ自分のお金だし別にいいけど。


「それより、シーファさんたちが昇格試験を受けたいんだって。だからしばらくの間、冒険はお休みだそうだ」

「ほんと? わーい、いっぱい寝ていっぱい遊べる~っ!」

「お前もBランクの昇格試験を受けれるらしいぞ?」

「ほえ?」

「いや、お前も受けたいなら試験を受けていいってさ」

「ほえ?」

「……試験を」

「ほえ?」


 うん、やっぱりダメだ。

 聞く耳すら持っていない。


「筆記がなかったらいいのにな」

「それなら受けていいよー」

「筆記なんてちょっと勉強頑張ればいいだけだろ?」

「ほえ?」


 急に難聴になるんじゃない!


「お兄ちゃんはどーするの?」

「僕は受けないけど」

「じゃー、あたしと遊んでよ~」

「いや、今回は必要ないけど、僕もいずれ筆記を受けなくちゃいけなくなるかもだし、一緒に勉強しておきたいんだ」

「え……お兄ちゃん……頭おかしい……」

「なんでだよ!?」


 変人でも見るような目で言われたけど、一体どの口が言うのだろうか。


「セナと違ってジオは真面目」


 シーファさんからは感心された。

 ……単にシーファさんと一緒に勉強したいだけです、なんて絶対に言えない。


 とはいえ、先ほどのこともある。

 セナを一人、王都に放流させておくのは色んな意味で危険なので、仕方なく僕が付き添うことになった。


 完全に保護者だ。妹とはいえ、同い年なんだけど…。

 まぁどうせ適当に遊んだらすぐに飽きて、家でぐうたらするようになるだろう。







 王都の中心部は物凄い賑わいだった。

 アーセルの祭りのときに勝るとも劣らないほどの人出で、気を付けていないと迷子になってしまいそうだ。


 ……もちろんセナが。


「わー、お兄ちゃん、あれ面白そーっ!」

「あっ、美味しそう! 食べよ食べよ!」

「向こうでなんか賑わってる!」


 大道芸を見つけて駆け出したかと思うと、その途中で甘い匂いを漂わせる屋台と方向転換し、かと思えば今度は見世物小屋の方へと走っていく。


 完全に気紛れな子供だけど、それよりも遥かに厄介だ。

 なにせ動きが素早いので、追いかけるだけで精いっぱい。


 実はシーファさんと、無事に昇格試験に合格したら僕と一緒に王都を観光、もといデートしてくれる約束をしているのだ。

 だから妹の付き添いは、そのための予行練習も兼ねるつもりだったんだけれど、


「これじゃ何の練習にもならない……っ! ぜぇはぁ……」

「あれ? お兄ちゃん、どうしたの? なんかぜえぜえ言ってるけど?」

「お前のせいだろ! ぜぇぜぇ……」


 動き回っているくせにまったく平然としている。


「……冒険者になる前はちょっと歩いただけで息切れしてたのに……」


 毎日ぐうたら過ごしていた妹は、当然ながら体力なんて人並み以下しかなく、近所の市場に買い物に行くだけで「疲れたー」と言って家に帰った瞬間ソファにダイブしていたほどだ。


「それがこんなに体力がついて……うんうん、やっぱり冒険者になってよかったよ……って、セナ?」


 しみじみ感じ入っていると、妹の姿を見失ってしまった。


「どこ行ったんだよ……」


 人混みを掻き分け、しばらく探し回っていると、


「すごーい! 当たってる! 何で分かるのー?」


 路地の方からセナの能天気な声が聞こえてきた。

 行ってみると、妹が何やら怪しげな格好をしたおばさんと話をしている。


「ふふふ、私の占いはすごいでしょう?」

「すごいすごい!」

「他にも何か占ってあげようかしら? そうねぇ……どうやったら一生、働かずに暮らしていけるか知りたくない?」

「え!? 知りたい! めちゃくちゃ知りたい!」

「じゃあ、占ってみるわね……」

「わくわく」

「っ! 見えたわ! この壺よ!」


 そう言って、おばさんはかなり大きな壺を出してくる。


「これを買えば運気が上がって、お金が入りまくって、働かなくても生きていけるようになるのよ!」

「すごい! 買うだけでいいの!?」

「そう、買うだけでいいのよ!」

「買う買う! 幾ら!?」

「でもね、これ、本当にすごい壺だから、普段はとーっても高いのよ」

「一生働かなくてもいいんだから当然だよ!」

「金貨二十枚もするのよね」

「金貨二十枚!? 高い!」

「だけどあなたにはぜひ幸せになってもらいたいから、今日だけは特別に安くしてあげる。そうね……金貨五枚でどうかしら?」

「わっ! 金貨二十枚が、金貨五枚! 安い! おばちゃんありがと!」

「ふふふ、いいのよいいのよ」

「あ、でも、今そんなに持ってない……金貨二枚しかない……」

「あら残念。とてもいいものだから、すぐに売り切れちゃうかもしれないわよ?」

「それは困るよ!」

「そうねぇ……それじゃあ、これも特別だけれど、今回は分割払いで構わないわ? とりあえず今日のところは金貨二枚で大丈夫よ」

「ほんと!?」


 ……どう考えても妹が詐欺に引っかかっていた。

 何だよ、一生働かなくてもよくなる壺って……。

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