第147話 聞いただけでも嫌になっちゃうよ

 沈没船、なのだろうか。

 船体の半分以上を海に沈めた大きな船の甲板の上に、僕は家庭菜園を着陸させた。


 と言っても、船が傾いていて甲板の上も斜めになっているので、三次元移動で少し浮かせた状態だ。

 立派なマストは根元から圧し折れ、そこかしこに大きな穴が開いている。


「明らかに怪しいわね、この船」

「どこかに次の階層へと降りる階段があるかもしれません」

「もしくはボスの寝床?」


 ちょっと嫌な予感がしつつも、僕たちは船内に侵入してみることにした。

 一番大きな穴へ、家庭菜園に乗ったまま入っていく。


 ボロボロの船内は薄暗く、そして所々が浸水している。

 水の中を通らなければならない場所もあったけれど、家庭菜園があれば何の障害にもならなかった。


「これがあれば水棲ポーションも要らないですね……」

「一体誰が信じられるかしらね、これが家庭菜園だってこと」


 と、そのときだ。

 アニィが何かに気づいて警戒を促す。


「その先、何かいる気がするわ。でも、何かしら、この変な気配……」


 足元に落ちていた白い何かが、突如として起き上がった。


「骨!?」

「いえ、スケルトンです!」


 アンデッドの一種で、骨になった身体で襲い掛かってくる魔物だ。

 生前はもしかしたらこの船の船員だったのか、僅かにそれらしい衣服の切れ端が骨に引っ付いている。


「えい!」


 セナが斬撃を飛ばし、あっさりとその首を飛ばした。


「わっ、まだ動いてる!」


 頭と胴体が分離したにも関わらず、スケルトンは動きを止めなかった。

 地面を転がった頭蓋骨はカチカチと歯を鳴らし続け、胴体は壁にぶつかってひっくり返ってしまう。


「アンデッドは元から死んでるからか、ちょっとやそっとじゃ動き続けるのよ」

「……アニィ、虫はダメなのに、スケルトンは大丈夫なんだ?」

「だってどう考えても虫の方が気持ち悪いでしょ?」


 それは人によりけりだと思うけど……。


「じゃあゾンビは?」

「程度によるけど、たぶん虫の方がマシね。ただ、虫が湧いてるゾンビは……うえっ……想像しただけで吐き気がしてきたわ……」


 セナが骨を粉砕して、それでようやくスケルトンは動かなくなってくれた。


 ……あれ、シーファさんは?


 振り返って、なぜかシーファさんが僕のすぐ背後に移動していることに気づいた。

 ちょっと顔色が悪いみたいだけど、気のせいかな?


 先ほどのことがあったせいで、僕はシーファさんに声をかけることもできず、そのまま菜園を前進させた。


 すると先ほどの一体を皮切りに、次々とスケルトンが襲い掛かってきた。

 ビジュアルは恐ろしいけれど、それほど強い魔物ではないみたいで、セナがあっさり片づけていく。


「ぐぬぬ、またすり抜けたわ……」


 ちなみにアニィの矢は、表面積が少ないスケルトンには相性が悪いようで、何度も骨と骨の間を通り抜けてしまっていた。


 それにしても、シーファさんの様子がやっぱりおかしい。

 元からあまり喋らない人だけど、さっきからずっと無言で、しかもなぜか僕の後ろから動こうとしない。

 それどころか、段々と近づいてきてるような……。


 船の下層は完全に水に浸水していた。


「もしこのトンデモ菜園がなかったら、水棲ポーションを飲んで水の中を泳がなくちゃいけなかったわね」

「その水棲ポーションもないのが普通ですけど……」


 アンデッドであるスケルトンは水の中にも現れた。

 呼吸の必要ないもんね。


 そうして僕たちが下層へと続く階段を発見したのは、船の底までやってきたときだった。

 船底に穴が開いていて、そこから岩の根元に出ることができるのだけれど、そこに階段が隠されていたのだ。


 船じゃなくて岩の方に階段があったわけだけど、たぶん外からだと船が邪魔になって、階段を見つけることも、降りることもできなかったと思う。


「それにしても、本当にこのダンジョン、何階層まであるんだろう?」

「次で第八階層だったわよね。気づいたら随分と潜ってきちゃったわね……」

「現在の最高到達階層が十五階と言われていて、Sランク冒険者たちで構成されたパーティが記録したものです」


 じゅ、十五階層……。

 しかもそれでもまだまだ先があるのだというから驚きだ。


「うえー、聞いただけでも嫌になっちゃうよ!」

「移動中はぼーっとしてるだけのくせに……」

「むしろわたし的には、もう半分も踏破しちゃったのって感じだけど?」

「同感ですね……多分、異常なハイペースじゃないかと……」


 考えてみたら、ここまで来るのにまだ数日しか経っていない。

 一つの階層だけで数日はかかるという話だったのに……。


 もちろんここから先はさらに難易度が上がっていくはずなので、簡単にはいかないとは思うけれど。


「じゃー、十分頑張ったってことで、そろそろダンジョンともお別れだね! ばいばーい!」


 勝手に別れを告げているセナを無視して階段を降り切ると、そこは先ほどまでの明るい海辺とは一転して暗闇が広がっていた。


「ここは……どんな階層かしら?」

「第七階層以上に、まったくと言っていいほど情報がないですからね……ライト」


 サラッサさんが魔法で光源を作り出す。

 照らし出されたのは、鬱蒼とした木々だ。


 第二階層の森林タイプに似たような階層だろうか?

 ただ、第二階層の空は明るくて、葉の間から木漏れ日が射していたけれど、ここは完全に真っ暗だ。


「夜の森かな? でも、何かあちこちに石が置かれてる……? これって……」


 近づいてみると、それはただの石ではなかった。


「もしかして、墓石……?」


 次の瞬間だった。

 地面から手が生えてきたのは。

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