第146話 いい幻覚でした
アーセルのダンジョンには、水中エリアと呼ばれ、水中を泳ぎながら進んでいかなければならない大変な一帯があったという。
だけどこの階層は延々と続いている浜辺と浅瀬が中心っぽいので、あまり泳がなくていいみたいだ。
しかも家庭菜園のお陰で、悪い足場を進んでいく必要もない。
ただ、この階層の大きな問題は、ほとんど攻略情報が手に入らなかった点だ。
そもそもこの階層まで到達できた冒険者パーティが少ないせいだけど、どこに次の階層への階段があるかという情報すら出回っていなかった。
第六階層は階段までのルートだけは手に入っていたので良かったんだけど……。
「この広い中から階段を探すのは骨が折れそうね……」
「虱潰し?」
「……それではいつになるか分からないので、これまでの傾向から階段のありそうな場所を予想するのが良いかと」
サラッサさんの言う通り、ある程度の当たりをつけて、そこを重点的に調べていく方がよさそうだ。
なにせ一つの階層で、王都の数倍もの面積があるのだから。
ちなみに各階層の端っこがどうなっているかというと、そこに見えない壁があって、それ以上は先に行けないようになっているらしい。
「怪しいのは……遠くに見えるあの岩場とか?」
「あっちの島も怪しいわね」
「砂浜がずっと続いてる。途切れるとこまで行ってみる?」
「泳ぎたーい!」
「海の中という可能性もありますね……その場合、かなり見つけにくそうです」
とりあえず順番に行ってみることにした。
幸い視界が大きく開けているため見通しが良く、目印は付けやすい。
先ほどセナが倒したカニの魔物や、高速で動くイソギンチャクの魔物、空を飛ぶクラゲの魔物などと倒しつつ進んでいると、
「~~~~~~~~~~♪」
何やらどこからか美しい歌声が聞こえてきた。
「あの岩場からだ」
「何かいるわ」
近づいてみると、そこにいたのは背中に鳥の翼が生えた人型の魔物だった。
「~~~~~~~~~~♪」
それにしても、なんて綺麗な歌声だろう。
聞いているとなんだかとても幸せな気持ちになってくる。
「……あれ?」
次第にその美女がシーファさんに見えてきた。
どうしてシーファさんが歌を?
いや、そんなことはどうだっていい。
なにせ普段は表情の薄いシーファさんが、歌いながらにっこりと僕に微笑みかけてくるのだ。
ていうか、よくよく見ると、シーファさん、何の衣服も身に付けていないじゃないか!
銀の髪が辛うじて胸を隠しているけれど、くびれた腰や滑らかな臀部が露になっていて……。
「ぶふぉっ!?」
鼻血が出た。
それを拭うことも忘れて、僕はふらふらとそのシーファさんのところへ歩いていく。
そしてあと一歩で菜園から出てしまう、というときだった。
「やめろ」
「~~~~~~~~~~ッ!?」
どこからともなく割り込んできた鋭い言葉を受け、裸体のシーファさんがびっくりしたような顔で歌うのをやめた。
すると見る見るうちに、その姿が先ほどの半人半鳥の魔物へと戻ってしまった。
「い、今のは……?」
「きっとセイレーン。歌で人を幻惑させる魔物」
すぐ隣にシーファさんがいた。
どうやら先ほどまで僕は幻覚を見せられていたらしい。
セナは口から涎を垂らして「あれ? 巨大ステーキどこー?」と呆けているし、アニィは「消えたはずの贅肉が!?」と自分の脇腹を抓みながら叫び、サラッサさんは「筋肉双子カップルはどこに!?」と訳の分からないことを喚きながら目をぎらつかせている。
……三人も幻覚を見ていたようだ。
「私はギフトのお陰で強い」
唯一、シーファさんだけが効かなかったみたいだ。
【女帝の威光】ギフトのお陰らしい。
でも結界で防げなかったのはどうしてだろう?
毒や冷気からも護ってくれる万能な結界のはずなんだけれど。
もしかして攻撃的なものじゃなかったからかな?
全員が幸せな光景を見せられていたみたいだし……うん、とても素敵な光景だった。
ていうか僕、幻覚を見ながら変なこと呟いたりしてないよね!?
「……?」
幸いシーファさんは何事もなかったような顔をしている。
ふ、ふう……大丈夫だったのかな……?
「ジオ、鼻血でてる」
「っ!?」
「何を見せられてたの?」
言えるわけがない!
裸になったシーファさんを見ていたなんて!
「サラッサも鼻血」
「ぐふふ……いい幻覚でした……」
幸いサラッサさんも鼻血を出していたこともあって、それ以上は追求されなかった。
いつもなら遠慮なく踏み込んでくるアニィは、まだ未練がましく自分の脇腹を触っているし。
「そ、それより、助かりました。シーファさんがいなかったら、みんな操られてたかもしれません」
鼻血を拭いながらシーファさんにお礼を言う。
ともかく、今後は警戒しないとね……。
ちなみにセイレーンはすでに空へと逃げてしまっている。
空を舞うイレーンの姿を見たことで、僕はふと思いついた。
「そうだ。空から俯瞰してみたら何か分かるかも?」
律義に地上を散策するより、高いところからの方がこの階層のことが分かるだろう。
早速、三次元移動を使って菜園を飛翔させた。
「わー、船だ~」
それに真っ先に気づいたのはセナだった。
ボロボロの船だ。
船体の半分以上が海に沈んでいるけれど、それなりに大きい。
僕たちがいるところからは、ちょうど岩場の陰になっていて見えなかったようだ。
やっぱり空を飛んでみて正解だったね。
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