第148話 潜り続けたらどうなるかな

 突如として地面から手が生えてきた。

 それも一本だけじゃない。


 ずらりと並んだ石、そのすべての地面から、次々と手が生えてきたのだ。

 そして頭、胴体と、地中から這い出してくる。


「ゾンビ!?」


 そう、墓の下から起き上がってきたのは、アンデッドモンスターとして知られるゾンビだった。


「「「おーあー」」」


 そんな呻き声とともに近づいてくる。


 泥に塗れた全身は腐り、眼球が飛び出したり、内臓がはみ出したりしている。

 結界がなかったら凄い悪臭が漂ってきていたことだろう。


 幸い暗くて、虫が湧いているかどうかは見えないけど。


「お、思ってたよりも気持ち悪い……」

「これはちょっとダメかもしれないわ……」

「わ、私もゾンビは苦手です……」


 むしろ骨だけだったスケルトンの方がマシだ。

 スケルトンなら大丈夫だった僕もアニィもサラッサさんも、思わず顔をしかめて後退った。


 別にアンデッド自体が怖いわけじゃない。

 見た目が生理的に受け付けないのだ。


「えい!」


 そんな中、セナだけがいつもと変わらず剣を振るう。

 ゾンビ数体がまとめて両断された。


「セナは大丈夫なのか?」

「ほえ? 何が?」

「ゾンビの見た目とか……」

「見た目? 全然かわいくないよね!」


 ……うん、大丈夫のようだ。


「シーファさんは――っ!?」


 突然、柔らかい感触に半身が包まれて、僕は何事かと振り返る。

 するとすぐ目と鼻の先に艶やかな銀の髪。

 どういうわけか、シーファさんが僕の腕に抱きついていた。


「ちょっ、シーファさん!? って、震えてる……?」


 よく見たら顔が真っ青で、ぶるぶると身体を震わせていた。

 いつもの毅然としたお姉さんの姿とはかけ離れた、まるで生まれたての小鹿のような弱々しさだ。


「もしかして……アンデッド、苦手なんですか……?」


 恐る恐る問うと、シーファさんは小さく頷いた。

 どうやら見た目というより、アンデッドそのものが怖いらしい。


 吸血鬼は大丈夫だったけど……あれはアンデッド感があんまりないしね。


「シーファさんは地上に戻って休んでいてください。この階層は僕たちだけで突破しますんで」

「ちょっと!? わたしのときと反応が全然違うんだけど!?」

「えー、ズルい! あたしも休みたいよー」


 アニィとセナが何やら激しく抗議してくるけれど、無視してシーファさんと一緒に菜園転移を使おうとする。


「大丈夫……私はリーダー……一人だけ逃げるわけにはいかない……」


 するとシーファさんは、か細い声ながらもそう主張してきた。


「シーファさん……分かりました」


 その覚悟を汲み取って、僕は頷く。


「その代わり、怖かったら……ぼ、僕の後ろに隠れていてください」

「うん、ありがとう」


 そう言って、シーファさんは僕の腕に込めていた力を強め、さらに密着してくる。


 これはもしかしてこの階層を突破するまで、ずっとこの状態……?

 よし、できるだけゆっくり攻略することに――


「はいはい、ごめんなさいねー」


 そんな僕の期待は、強引に割り込んできたアニィによって引き裂かれた。


「ジオはトンデモ菜園の運転で忙しいから、わたしが代わってあげる! ほら、シーファ、幾らでもくっ付いてていいから! どうせアンデッドが相手じゃ、わたしの矢なんて意味ないし!」

「……ありがとう、アニィ」


 シーファさんは言われるがままにアニィの身体にしがみつく。

 ああ、シーファさん……。


 喪失感に襲われながらも、どうすることもできない僕を、アニィがニヤニヤと嗤いながら見てくる。

 くっ……何でいつもいつも邪魔をしてくるんだよ……っ!


 のんびり攻略する意味はなくなってしまった。

 むしろシーファさんのためにも早くこの階層を突破してあげたい。


 そのとき地面から這い出してくるゾンビを見て、僕はあることを思いついた。


「そう言えば、第六階層で地中潜行スキルが使えたよね? もしこれで、もっと深く潜っていったら……」


 試しにやってみることにした。

 地面から起き上がってくるゾンビたちと逆に、家庭菜園を地面へと沈めていく。


「なんか沈んでるー?」

「沈んでますね……」

「ちょっと、何をするつもりよ?」

「このまま潜り続けたらどうなるかなー、と思って」

「「「……え?」」」


 驚くみんなを余所に、僕はどんどん家庭菜園で地中へと潜っていった。

 すぐに地上が見えなくなり、真っ暗な土の中を掘り進んでいく。


 やがて十メートルほど潜った頃だった。

 暗闇から一転、ついに菜園の下の方から光が差し込んでくる。


「「「ぬ、抜けたああああああっ!?」」」


 菜園の端から下を覗き込んでみると、そこには広大な草原が広がっていた。

 たぶんあれが次の第九階層だろう。

 どうやら本当に第八階層の床を突破してしまったらしい。


「えええ……ちょっと、これさすがにズルくない?」

「ですね……こんな真似ができるなら、つまり各階層を攻略することなく、最下層まで辿り着けるってことになります……」

「わーっ! ショートカットだーっ!」


 セナだけは喜んでるけれど、確かにこの突破の仕方はルール違反かもしれない……。

 ……まぁ今回はシーファさんのための特例ということで。


 抜けてきた地面を下から見てみると、青い空にぽっかりと黒い穴が開いていた。

 ダンジョン内の空って、やっぱり本物の空じゃなかったんだね……。

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