第127話 方向転換

「皆さんのお陰で、滞っていた依頼の多くが片付きました。本当にありがとうございます」


 そう僕たちにお礼を言ってくるのは、ヒドラ討伐のときにもお世話になったロインさんだ。


「これから王都に行かれるとのことですが、皆さんのご活躍を期待しています」

「ありがとう」


 ランダールの街でしばらく依頼をこなした僕たちは、ようやく王都へと向かうことになった。

 それを聞きつけたロインさんのパーティが、わざわざ出発を見送りに来てくれたのだ。


 そうして馬車に乗り込もうとしたところで、見知った女性冒険者たちが駆け寄ってきた。

 ルアさんたちだ。


「何か用?」

「あ、あんたたちが、この街を出るって聞いたから来てやったのよっ」


 もしかしてまた何か因縁でもつけてくるんじゃないかなと身構えていると、ルアさんは躊躇するように、しばしもじもじしてから、


「……が、頑張りなさいよ」


 ぎりぎり聞き取れるかどうかという小さな声で、そう言った。

 ……どうやら応援しに来てくれただけのようだ。


 そんな彼女たちに別れを告げ、僕たちは今度こそ馬車に乗り込み、出発する。


「ひひーん!」


 キャロが勢いよく馬車を引いて進みだした。

 もちろんいつも通り実際には何の重さもないのだけど。



    ◇ ◇ ◇



「な、なぁ……あの馬車、ちょっと変じゃないか?」


 不意にそう言ったのは、ロインのパーティのメンバーの一人、バルーゼだ。


「変、とはどういうことでしょうか?」

「いや、だってよ……車輪が動いてないように見えないか?」

「そんなはずは……」


 言われてロインは、去り行く馬車の車輪に注目する。


「っ……ほ、本当ですね……? ですが、あれでは前に進むはずが……」


 確かにバルーゼの言う通りで、謎の現象にロインは首を傾げたのだった。



    ◇ ◇ ◇



 家庭菜園を走らせること、数日。

 やがて遠くに巨大な城壁が見えてきた。


「見えてきました。あれが王都です」

「わーい、着いた着いた~」

「来たの初めて」

「あたしも。聞いてた通り、馬鹿でかい城壁ね」


 アニィが言う通り、アーセルの城壁の倍以上はあると思う。

 しかもそれが東西に延々と伸びていて、まるで巨人の都市のような錯覚を受ける。


 王都に来たのは僕も初めてだった。

 この中で過去に来たことがあるのは、王都の魔法学院を卒業し、今も定期的に来ているというサラッサさんだけだ。


「ですが、今日のところは入場はやめておいた方がよさそうですね。もうすぐ城門が閉鎖されるこの時間帯は、最も混んでしまうときなので」

「確かに、いったんアーセルに戻った方がよさそうね」


 アニィが城門の前にできた長い行列を見ながら言うと、セナが「えーっ」と不満そうに声を上げた。


「じゃあ、あの行列に並ぶか?」

「お兄ちゃん、並んでおいてよ! 家で寝てるから、中には入れたら呼んで!」

「それじゃ完全に不法侵入だろ。すぐ入りたいなら一緒に並ぶしかないぞ」

「じゃあ、やめとく!」


 一瞬で態度を翻すセナに呆れつつ、僕たちはアーセルへと戻ることにしたのだった。


 そして翌朝。

 いよいよ今日は王都に――と思っていたら、我が家にやってきたシーファさんが、いつになく焦燥した様子で僕たちに告げた。


「ごめんなさい。王都に行けなくなった」

「え? 何かあったんですか?」

「ママのところに行かなくちゃいけない」

「……ママ?」


 僕が小さい頃から、すでにシーファさんはお父さんとの二人暮らしだった。

 お母さんのことは気になっていたけれど、あまり詮索するようなことじゃないと思って、今まで聞かずにいたのだ。


「シーファさんのお母さんって……」

「今はエルフの里で暮らしている」

「エルフの里……?」


 エルフと言えば、主に森の奥に住んでいるとされる耳の長い亜人種だ。

 何でそんなところに? という僕の疑問には、横にいたアニィが答えてくれた。


「シーファのお母さんは、ハーフエルフなのよ」

「えっ、そうだったんですか?」

「うん。……言ってなかった?」


 聞いてないですよ。

 エルフは男女ともに美形ぞろいだと言うし、シーファさんが美人なのはその血を引いているからかもしれない。


「だから、耳が少し長い」

「あ、本当ですね」


 シーファさんが髪をかき上げ、耳を見せてくれる。

 確かに少しだけ普通の人よりも長く、先端が尖っていた。

 言われないと気づかない程度だけど。


「ママは若い頃、エルフの里を出て冒険者をしていた。そこでパパと出会って結婚して、人間の街で暮らし始めたけど……森が恋しくなって帰ってしまった」


 どうやら離婚したというわけじゃないみたいだ。

 エルフの血が半分混じっているからか、あまり人間の街での暮らしが肌に合わなかったという。


「今でも連絡は取っているし、私も遊びに行ったことがある。ただ、最近あまり手紙が来ないと思っていた。そうしたら今朝、おじいちゃんから手紙が送られてきて……ママ、ずっと体調が悪くて、このままだと危ないかもって……」


 なるほど、そういう事情なのか。


「だったら一緒に行きましょう。僕の家庭菜園があればずっと早く着けると思いますよ」

「いいの?」

「もちろんですよ」


 アニィやサラッサさん、それにセナも、僕と同じ気持ちらしかった。


「どのみちシーファがいないと、冒険の続きなんてできないものね」

「私も異論はないです」

「エルフの里ってどこにあるのー?」


 というわけで急遽、僕たちは目的地をエルフの里に変え、シーファさんのお母さんに会いに行くことにしたのだった。

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