第125話 リルカリリアは現実逃避したい

 リルカリリアはその日、いつものようにジオのところへ仕入れにやってきていた。

 するとジオとシーファたちが庭に集まっていたので、何をしているのか聞いてみると、どうやらこれから第二家庭菜園の様子を見に行くという。


「よければ、わたくしも連れていってくださいー(魔境の近くに移動した後、どうなっとるのか、うちも知っておきたいしな)」

「あ、はい、いいですよ」


 二つ返事で了解するジオ。

 リルカリリアのことを完全に信頼し切っているようだ。


 そして一瞬で第二家庭菜園へと飛ぶ。

 すると目の前にあったのは、先日までなかったはずの幾つもの家屋だ。


(こっちに家……? もしかして、誰か住んどるんやろうか……? あそこ、生け簀みたいなんあるし……)


「えっと、まずここはイオさんたちの家」

「イオさんって誰よ?」


 そこへ家から出てきた人物を見て、リルカリリアは目を丸くした。

 それは単にこの辺りでは珍しい獣人だったから、ではない。


(っ!? この獣人は……っ!?)


 さらに他の獣人たちも集まってくる。

 いずれも白銀色の髪と尾を有し、虎のような精悍な顔つきをしていた。


「白髪の……虎の獣人……まさか……」

「リルカさん? どうされたんですか?」

「い、いえ、何でもないですよー」


 慌てて首を振ったが、リルカリリアは大いに驚愕していた。


(この虎の獣人ら、どう考えても白虎族やんか……っ!)


 白虎族は、神話級の魔物――白虎の力を受け継ぐと言われる獣人の一族だ。

 その圧倒的な力を怖れた他の獣人種によって命を狙われ、数百年前に絶滅寸前まで追い込まれたと言われている。


(僅かな生き残りが、どこかでひっそりと暮らしとると聞いとったけど……まさか、こんなところに……)


 続いて一行が連れていかれた場所には、謎のオブジェが乱立していた。


(なんや、これ……? 前衛芸術家でも、もうちょっと大人しいもん作るで……? って、しかもこれ、全部アダマンタイトちゃうか!? こんな大量のアダマンタイトを使って、何てもん作っとんねん!?)


 リルカリリアが愕然としていると、そのオブジェの一つから髭もじゃの巨漢が出てきた。


「おお、ジオ殿! どうだ、この素晴らしい芸術品たちは! 弟子ができたお陰で、ますますわしの理想に近づいてきているぞ!」


 そのドワーフと思われる男に、リルカリリアは首を傾げる。


(このドワーフ……ちょっとドワーフにしては、デカ過ぎへんか……?)


 成人ドワーフの身長は、高くてもせいぜい百五十センチほど。

 だが目の前のドワーフは百七十近くありそうで、何より肩幅も異常に大きい。


(ま、まぁ、人間にも抜きんでで周りより大きなもんがおるし、別におかしなことでも――)


 そんな風に考えるリルカリリアだったが、別のドワーフたちも姿を現したことで、彼女は自分の推測が間違っていることを悟った。

 というのも、全員が例外なく並のドワーフを大きく凌駕する体格だったのだ。


「このドワーフたち……明らかに普通のドワーフ族とはちゃう……ま、まさか……」

「リルカさん? 何か気になることでも……?」

「い、いえいえ、何でもないですよー」


 否定するリルカリリアだったが、内心では叫んでいた。


(完全にエルダードワーフやんかぁぁぁぁぁっ!)


 エルダードワーフは、ドワーフの古代種とされており、こちらも白虎族に負けない希少な一族である。

 ドワーフを軽く凌駕する頑強な力を持ち、鍛冶や細工においては門外不出の特別な技法を代々受け継いでいるという。


(……その中には、神級武具の製造方法もあるっちゅう話や。そこに、アダマンタイトが幾らでも栽培できるこの菜園……ジオはんのとんでもギフトのことやし、恐らくそのうち神級武具の素材になり得るオリハルコンも……そうなったら……)


 さらにリルカリリアたちが訪れたのは、真っ赤な屋敷。


(なんやこの、悪趣味な屋敷は……まるで吸血鬼の……いや、まさかな)


「えっと……ここには吸血鬼の皆さんが住んでるんだ」

「きゅ、吸血鬼? それって大丈夫なの……?」

「うん、別に血を吸ったりはしないから」


(ほんまに吸血鬼やった!?)


 一行を出迎えてくれたのは、美しい吸血鬼のメイドだった。


「いらっしゃいませ、ジオ様」

「あれ、ヴァニアさん? もう戻ってこられたんですか?」


 吸血鬼のヴァニア。

 リルカリリアには、どこかで聞いたことのある名前だと思われた。


(誰やったか……思い出せへんけど、あんま良いイメージではなかったような……)


 そこに金髪の幼女吸血鬼も現れる。


「彼女がブラーディアさん。えっと、一応この屋敷の主人? だと思う」


 その名を訊いて、リルカリリアはハッとした。


(ブラーディア!? それって、まさか……となると、ヴァニアは……)


 さらにヴァニアの名についても思い出す。


「吸血鬼のブラーディアに、ヴァニア……? それって、完全にあれやんか……」

「リルカさん……?」

「ななな、何でもないですよー」


 必死に取り繕うリルカリリア。

 しかしその声は震えていた。


(かつての人魔大戦で猛威を振るったかの殲滅姫が、ヴァニアっちゅう名前やった気がするなぁ……ブラーディアは、吸血鬼の真祖の娘の名前やし……。ははは、驚くべき偶然もあったもんやなぁ……)


 ……信じがたい事態の数々に、ついに現実逃避し始めたリルカリリアであった。

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