第105話 ヒドラ討伐 2

「ああ、ムカつく! 何なのよ、あいつら! いきなりやって来て、あたしらから依頼を奪いやがって!」


 ルアは苛立っていた。

 彼女は先ほどヒドラ討伐隊から外されることとなったパーティのリーダーだ。


「しかもあれであたしらより高ランクとか! 冗談じゃないわよ! この街のアイドル冒険者として売ってるこっちの身にもなれっての!」


 ……実は彼女が腹を立てている、というより、焦っている一番の理由はそこだった。

 女ばかりのパーティで、周りからチヤホヤされている彼女たちにとって、より若くて可愛い女性パーティの存在は最大の脅威なのだ。


「このっ!」


 ドガン、とルアは近くの家の壁を蹴った。

 すると家主と思われる中年男性が、窓をガラリと開けて、


「おい!」

「ああん? 文句あるならかかってこいや、ハゲ!」

「ひぃっ……何でもないです……」


 彼女の剣幕に気圧されたのか、家主はすごすごと窓を閉めた。


「い、いつも以上に荒れてるわね……」

「「うん……」」


 そんなリーダーの姿に、メンバーたちもさすがに少し引き気味である。


「……こうなったら、あいつらの妨害してやるわ」

「えっ?」


 ルアが口にした不穏な言葉に、メンバーたちが戸惑う。


「いや、さすがにそれは問題になるんじゃ……」

「何言ってんのよ? このままオメオメと引き下がってられないでしょ!」


 ルアはそんなメンバーたちを一蹴し、暗い笑みを浮かべる。


「ふふふ、見てなさい。もう二度とこの街で依頼を受けたくないと思わせてあげるわ」


 暴走し始めたリーダーに、メンバーたちは秘かに溜息を吐いた。




    ◇ ◇ ◇




 先ほどシーファさんたちのパーティの代わりに、依頼から外されることとなった女性ばかりの冒険者パーティ。

 彼女たちが声をかけてきたので、僕たちは少し身構えた。


 何か難癖を付けられるのではないかと思ったからだ。

 だけどリーダー格の女性が口にしたのは、意外な言葉だった。


「別に他意はないわよ。依頼を外されたのはムカつくけど、あんたたちのせいじゃないもの」


 彼女はルアさんというらしい。

 生まれはこの近くの村で、この街で冒険者をはじめて今年で四年目になるCランク冒険者。


 他の三人はレナーナさんにラキュレさん、そしてロネさんだ。

 二年ほど前にこのパーティを組んで、それ以来、ずっとこの街を拠点に活動しているという。


「あんたたち、この街は初めてなんでしょ? いい宿を知ってるから教えてあげるわ」

「……?」

「ほら、もし変な宿に泊って不調になんてなったら、依頼に差し障りあるでしょ? それじゃ、あんたたちと代わったあたしたちにとっても気分悪いし」


 どうやらこの街に来たばかりの僕たちのことを心配してくれているらしい。

 生憎と僕たちに宿は必要ないんだけど……でもせっかくの厚意を無碍にするわけにもいかないので、僕たちは素直に教えてもらうことにした。


「街の西区にある〝ハイランダー〟って宿がおススメよ。値段が手ごろなのに、部屋がそれなりに広くて、ベッドもちゃんとしてるわ。あまり知られてない、穴場の宿ね」


 さらにルアさんは、おススメの飲食店も教えてくれた。


「同じ西区の〝マベラ〟っていうお店がいいわ。味もいいけど、店主の人柄も良くて、とても人気の店なのよ。リピーターもすごく多いし」


 飲食店か……これも僕たちにはあまり必要ない情報だ。

 この街の名物とかなら食べてみてもいいけど、基本的には僕の家庭菜園で穫れた食材を使った料理の方が美味しいもんね。安いし。


「とにかく、ヒドラは強敵だから頑張ってね。同じ女性パーティとして応援してるから」


 ルアさんは最後にそう激励して、去っていったのだった。


「思ったより良い人でしたね」

「うん」


 彼女たちを見送りながら、僕とシーファさんは頷き合う。


「そうかしら?」

「アニィ?」

「わたしにはそんな風には見えなかったけど」

「でも、いい宿や店を教えてくれた」

「分からないわよ? もしかしたらワザと酷いところを教えたかもしれないし」


 疑り深いなぁ。

 まぁアニィはパーティでも斥候的な役割を担っているので、慎重なのは悪いことではないと思う。


「いずれにしても僕たちには必要ないよね。せっかく教えてくれたのに申し訳ないけど」




      ◇ ◇ ◇




「あははははっ! 上手く言ったわね! これで明日の依頼、間違いなくあいつらは不調で臨むことになるわ!」


 勝ち誇ったように笑うルア。

 一方、他のメンバーたちは懐疑的な顔をして、


「えっと……あれで一体どんな妨害になるっていうの? ただおススメを教えただけよね?」

「何言ってんのよ、レナーナ。あたしがそんな殊勝な真似するわけないでしょ?」


 ルアは、ちっちっち、と指を振る。


「ハイランダーは一見普通の宿なんだけど、店主がめちゃくちゃ適当で、部屋を全然掃除しないのよ。お陰でベッドにはダニだらけ。ロクに眠れないし、全身が痒くなるしで、翌朝の目覚めは最悪ね!」

「へえ……」

「で、マベラって飲食店は衛生管理が酷くて、食べた人の大半が食中毒を起こすわ。トイレから離れられなくなること間違いなしよ!」

「そ、そうなんだ……」


 よくそんな店が生き残っていられるなと思うと同時に、なぜそんな店をルアが知っているのかと不思議に思うメンバーたちだった。


「これであいつらはヒドラ討伐どころじゃなくなるはず! これも全部あたしを怒らせた報いよ! あははははっ!」

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