第106話 ヒドラ討伐 3

 翌日、僕たちは現地へと出発した。


 もちろん昨晩はアーセルに戻って、それぞれ自宅で一泊したので、この街の宿は利用していない。

 ルアさんからせっかくおススメを教えてもらったけれど、仕方ないよね。


 やがて集合時間の正午前には、目的の街へと辿り着いた。

 すでにロインさんたちのパーティは来ていて、僕たちから少し遅れてクリスさんのパーティも到着する。


 全員が集まると、依頼主である街の代官さんが詳しい話を教えてくれた。


「二週間ほど前から、街道近くの洞窟に棲みついてしまったようでして……。時々、洞窟から出てきて、すでに旅人が何人か被害に遭っておるのです。どうか早めに駆除していただけると助かります」


 目撃者によれば、そのヒドラは首が八本あって、大きさは二階建ての家屋ほどもあるとか。


「毒を持っている可能性もありますので、お気を付けください」


 ヒドラに限らず、蛇系の魔物は毒を持つことが少なくない。

 大きい上に毒を持つなんて厄介だけど、念のためアンチポイズンポーションをマーリンさんからたくさん購入してあるし、大丈夫だろう。


「では出発しましょう」


 ロインさんの号令で、僕たちはその洞窟へと向かった。

 近いので徒歩だ。


 ……ちなみに僕は冒険者じゃないので、同行しようとしたらロインさんたちに止めらてしまうだろう。

 だから例のごとく家庭菜園に隠蔽と結界を施すことで、こっそり後を付いてことにした。


 一人で待っておくのも嫌だしね。

 それに僕が居れば万一のときに便利な逃走手段にもなる。


 熟練の冒険者たちなので、もしかしたら隠蔽していても感づかれるかもと不安だったけど、どうやら杞憂だったみたいで、まったく気づかれない。


「あの洞窟ですね」


 やがて目的の洞窟が見えてくる。

 崖の麓にぽっかりと開いた巨大な穴で、内部もかなり広そうだ。


「狭い洞窟内で戦うのはあまり得策ではありません。外へ誘き出しましょう」


 それでも洞窟内での戦闘は避けた方が良いと、ロインさんが提案する。

 そうして洞窟の入り口付近で焚き始めたのは、僕もよくお世話になっている魔物寄せのお香だ。


「ペルル、お願いします」

「りょーかい」


 ロインさんに呼ばれて前に出たのは、魔法使いのペルルさん。

 ボサボサの髪と無精ひげが特徴的な彼は、杖を洞窟の奥に向けながら魔法を発動した。


「ウィンド」


 どうやら風の魔法を使い、お香を洞窟の奥にまで届かせようとしているらしい。

 もしくは洞窟の外まで匂いが拡散し、他の魔物が寄ってくるのを防ぐためかもしれない。


「っ……来るわ!」


 しばらくして、アニィが暗闇を睨みながら叫んだ。


【狩りの嗅覚】というギフトを持つ彼女は、こうした感知能力に長けているのだ。

 ちなみに一般的なパーティでは、彼女のような斥候に強いメンバーがいることは少なく、その役割を全員で分担しているものらしい。


 アニィの注意を受けて、ロインさんが即座に指示を出す。


「洞窟の外へ!」


 そうして洞窟から駆け出してきた直後、ヒドラが姿を現した。


「「「シャアアアアアアアアッ!!」」」


 牙を剥いてこちらを威嚇する幾つもの蛇頭。

 一つ一つが人間を丸呑みできそうなほど大きい。


 互いの蛇身が絡み合って動きが阻害されそうなのに、意外にも俊敏にこちらへと迫ってきた。

 それを迎え撃つように、魔法使いの二人が前に出て、


「トルネード!」

「ライトニング……っ!」


 ペルルさんとサラッサさんがそれぞれ渾身の攻撃魔法を放った。

 ヒドラはその巨体ゆえ、簡単に回避することはできない。


「「「アアアアアアアアアッ!?」」」


 風と雷の直撃を喰らい、ヒドラが悲鳴を轟かせる。

 見ると、先頭にいた二本の蛇頭が焼け焦げて絶命し、さらに他の蛇頭も少なくないダメージを負っているようだった。


 先制攻撃が上手くいって少し気が緩んだのか、ペルルさんが感心したように言う。


「へえ、君、やるねー。その歳でこれだけの威力の雷魔法を使えるなんて」

「……どうも」


 人見知りのサラッサさんは軽く会釈だけ返している。


「さすが魔法使い……うちのパーティにも欲しいぜ」

「そもそも実力ある魔法使いが、冒険者になるのは珍しいものね……」


 羨ましそうにしているのはクリスさんのパーティだ。

 彼らのメンバーに魔法使いはいないらしい。


「相手は怯んでいる! ここで畳みかけましょう!」

「「「おおっ!」」」


 今がチャンスとばかりに、みんなが一斉に躍りかかった。


 さすが全員がCランク以上の冒険者たちだ。

 ヒドラも必死に抵抗したが、ほとんど苦戦することなく蛇頭を次々と倒していった。


「シャアアッ!」

「よっと」

「ァァァッ!?」


 飛びかかってきた蛇頭を軽く躱し、カウンターの一撃を叩き込んだのはセナだ。

 深々と身を切り裂かれ、しばし暴れたのちに蛇頭が沈黙する。


「すげぇな、あの嬢ちゃん……本当にCランクか?」

「Bランクより活躍してる気が……」


 そうして気が付けば、あっという間にすべての蛇頭が地面に倒れ伏していた。


「……どうやらこれで全部のようですね」


 ロインさんが息を吐く。


「待って! ……まだ死んではいないわ!」


 けれど、それにアニィが警鐘を鳴らした。


「見ろ、身体が再生している……っ?」

「おいおい、頭は全部潰したはずだぜっ?」


 この状態でもまだ生きているのかと、皆が驚いていると。

 洞窟の奥、蛇身が絡み合ってできたヒドラの身体の向こう側から、何かがゆっくりと姿を現した。


「こいつは……?」

「どうやら尾の方に一本、残ってやがったみたいだな」


 それはこれまでのものより一回り以上も太い蛇頭だった。

 しかも色が少し違っていて、黒い斑点模様となっている。


 直後、その黒蛇が大きく口を開けたかと思うと、紫色の毒々しい息を吐き出してきた。


「マズいっ……みんな、吸っては――――」

「ロイン!?」


 それを浴びたロインさんが一瞬で意識を失い、その場で卒倒した。

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