第63話 長旅は家庭菜園で

「ぼ、僕のギフトを……?」


 シーファさんが何を言っているのか、すぐにはピンとこなかった。


「そう。ジオのギフトがあれば、きっと長旅も楽」

「それよ!」


 アニィが大きく手を叩いた。


「あれなら馬車に乗らなくても移動できるし、食料を持ち運ぶ必要もない。しかも好きなときに帰ってくることができるわ!」

「な、なるほど……」

「何で今まで気づかなかったのかしら! あれ、旅には最高のギフトじゃないの!」


 言われてみたらそうかもしれない。

 菜園を使ってどこかに旅するなんて、考えてみたこともなかった。


「あの……そのギフトというのは……?」


 サラッサさんが恐る恐る訊いてきた。

 もちろん彼女は僕のギフトのことを知らない。


「ジオ、話しても構わない? 彼女は信頼できる」

「あ、はい、大丈夫ですよ」


 シーファさんがそう言うなら間違いない。

 それに見たところ悪い人ではなさそうだ。


「たぶん、実物を見てもらった方が早いと思います」


 ということで、いったん僕の家に向かうことに。


「にゃあ!」

「ぴぃ!」


 玄関を潜ったところで、奥からミルクとピッピが競うように走り寄ってきた。


「ちょっ……うわっ!?」


 そのまま飛びかかられ、僕はひっくり返ってしまう。


「ててて……」

「にゃあにゃあ!」

「ぴぃぴぃ!」

「こら、いきなり飛びかかってきたらダメだって、前にも言ったじゃないか」

「にゃぅ……」

「ぴぃ?」


 僕の怒りが伝わったのか、ミルクは反省したようにか細く鳴いた。


 ピッピは首を傾げているけど……そのうち理解してくれるはずだ。たぶん。

 このままさらに成長して同じことをされたら、僕なんて死んでしまいかねないからね。


「……ねぇ、一匹増えてるように見えるんだけど?」


 後ろにいたアニィに言われて、僕はピッピのことを紹介する。


「そう言えば初めてだったっけ? この子はピッピ。ミルクの弟だよ」

「ぴぃ~」

「どう見てもただの鳥じゃなさそうね……。また魔物?」

「うん。なんていう種族なのか知らないけど」

「大丈夫なんでしょうね……? あんたテイマーじゃないんだから……」

「心配ないよ。ほら、すごく懐いてるし」

「ぴぃぴぃ!」


 頭を撫でてやると、ピッピは心地よさそうに鳴いた。


「……かわいい」


 その様子を見ていたシーファさんが小さく呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。


「撫でてみます?」

「いいの?」

「はい。ピッピは人懐っこい子みたいですから」


 ミルクは僕以外には警戒心が強めで、セナにすらまだあまり懐いていない。

 だけどピッピの方なら大丈夫だろう。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」

「ぴ?」


 シーファさんが恐る恐る伸ばした手を、ピッピは不思議そうに見ているだけで逃げようとはしない。

 やがてシーファさんの手がピッピの身体に優しく触れた。


「……すごい。ふわふわ……」


 ミルクの毛と比べても、ピッピの毛はさらに細い。

 そのためミルクが適度な弾力感のある〝もふもふ〟だとすると、ピッピはまるで雲にでも触っているかのような〝ふわふわ〟な感触だった。


 しかも身体の大部分が羽毛らしく、手首まで埋まってしまうほどだ。

 見た目の割にピッピが軽いのはそのせいだろう。

 ……それでも空は飛べないんだけど。


「わ、私も触っていい?」

「あたしもあたしもーっ!」


 至福の表情を浮かべるシーファさん――僕的にはこれを見れたことが至福かもしれない――を見て、アニィが手を上げた。

 セナ、お前はいつも触ってるだろ。


「あ、サラッサさんも、もしよかったら」

「……お気遣い、ありがとうございます……ですが、ギフトというのは……?」


 おっと、そうだ。

 そのためにわざわざ戻ってきたんだった。


 それにしても、このピッピの羽毛にまったく興味を示さないなんて……。


「……私が好きなのはカチカチで、ムキムキなものですので……」


 ぼそりと何かを呟くサラッサさん。

 カチカチでムキムキ……?


 そ、それって……。

 いや、聞かなかったことにしよう。

 サラッサさんはちょっと変わった人なのかもしれない。


 それから僕はギフト【家庭菜園】について、実物を見せつつサラッサさんに説明したのだった。


「……あれ? おかしいですね……? もしかして私、また訓練中に魔力が枯渇して気を失ってしまったのですか……?」

「現実逃避しても無駄よ、サラッサ。残念ながらこれは現実だから、現実」









 翌日、僕たちは街の外にやってきていた。


 そこに用意されていたのは馬車だ。

 今回の長旅のために、冒険者ギルドが用意してくれたらしい。


「えっと……じゃあ、やってみますね」

「お願い、ジオ」


〈菜園に指定しますか?〉


 頭の中に響いたその声に頷く。

 すると馬車が置かれているちょうどその下の地面に異変が起こった。

 雑草が消え、よく耕された畑が出現したのだ。


 家庭菜園は自分の所有している土地にしか作れないと思っていたけれど、どうやら誰のものでもない土地であれば新しく菜園を生み出すことができるらしい。


 昨日、幾つかの場所で実験を行い、僕は初めてそれを知った。

 例えばシーファさんの家で菜園を作ろうと試したけど、不可能だったんだ。


 正確には、ここも領主様の土地なのだろうけど……何かに利用されているわけじゃないからか、セーフ判定になるらしい。


 僕たちはその馬車へと乗り込んだ。


 御者を務めるのはシーファさん。

 彼女の命令で、馬がゆっくりと歩き出す。


 そのタイミングで、馬の動きに合わせて僕は菜園を移動させる。


「……ひひん?」


 一瞬、馬が不思議そうにこちらを振り返った。

 それはそうだろう。

 引いているはずの馬車が、まったく重みを感じなかったのだ。


 そのまま軽快に前進してく馬。

 なにせ何も引いていないのだから、普通に歩いているのと変わらない。


 傍から見るとただの馬車なので、ちゃんとカモフラージュできているはずだ。

 ……若干、菜園の分だけ不自然に浮いてるけど。


「これ、どこが家庭菜園なんですか……?」


 動く地面を覗き込みながら、サラッサさんが呆れたように呟いていた。

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