第64話 長旅は家庭菜園で 2
「これ、どこが家庭菜園なんですか……?」
「サラッサ、深く考えてはダメよ」
そう言えば、昨日のうちに一通り説明はしたんだけれど、移動するところを実際に見せるのは初めてだっけ。
「ペースを上げても構わない?」
「あ、はい、大丈夫ですよ」
御者のシーファさんが手綱を操作し、馬に速度を上げるように伝えた。
馬車を引いているように見えて実際に何も引いていない馬は、悠々と走り始める。
「この速さならずっと短い時間で目的地に着けるかもね」
「お兄ちゃんすごい! 画期的だよ!」
「しかもいつでも家に帰れるわけだから、食料も寝床も心配しなくていい」
「うん! じゃあ、さっそく家に帰してー」
「……ん?」
「あたしはおうちで寝てるから、着いたら呼びに来てねー」
「待て待て」
何を言ってるんだろう、我が妹は。
「えー? だって、わざわざ馬車に乗ってる意味ないよねー?」
確かに、言われてみたらそうだけど……。
「御者とお兄ちゃんさえいれば問題なさそうだし、あたしは御者できないもん」
「だからって、全部丸投げしようとするな。魔物だって出るかもしれないんだから、せめて護衛ぐらいしてろ」
「魔物が来ても家に逃げたらいーじゃん?」
……ああ言えばこう言う。
「せっかくこうして旅ができるんだ。せめて少しくらい景色を楽しんだらどうだ。ほら、馬車と言ってもこれなら全然揺れないし、快適だろう?」
普通の馬車に乗ったことないけど、噂ではかなり乗り心地が悪いらしい。
だけどこの方法なら、ほとんど振動がなかった。
菜園がスムーズに移動してくれているお陰だ。
「うーん、仕方ないなー。じゃあ、何かあったら起こしてねー」
そう言って、セナはその場でごろんと横になってしまった。
……寝るのかよ。
◇ ◇ ◇
「よし、見えたぞ、あの馬車だ」
「はっ、女子供ばかりじゃねぇか」
「ああ。だが侮るなよ。あれでも実力のある冒険者だ」
「なぁに、この数で囲めば楽勝だ。それより報酬の方はちゃんと用意してんだろうな?」
「もちろんだ。ついでに銀髪の女以外は好きにしてもらって構わない」
「ひゅう、そいつは良いボーナスだぜ。しゃあ、行くぜ、野郎ども!」
「「「おおおっ!」」」
隷属の腕輪を使った作戦に失敗した私は、ターゲットの娘がとある依頼を引き受けたことを知った。
そしてこの辺りの山々を根城にしていた山賊団と交渉して、奴らの襲撃を企図したのである。
山賊の数は五十を超えていた。
魔物が棲息する山では、相応の戦力がなければ生きていくことなどできない。
見た目こそ浮浪者のようだが、その実そこらの冒険者などより戦い慣れしているものだ。
さすがの奴らも一溜りないだろう。
小高い丘の背後に隠れていた山賊たちは、一斉に斜面を駆け下りていく。
その速度が尋常ではないのは、彼らが乗りトカゲとも呼ばれている大型のトカゲ――ライドン――に乗っているからだ。
前脚が退化し、後ろ脚だけで走行するトカゲで、意外と人間によく懐くため、移動手段として用いられることも多い。
長距離の移動や重い荷物を運ぶのにはあまり向いていないが、短距離ならば馬にも迫る速度を出すことができる。
相手が馬車となれば追いつくのは容易い。
……はずだったのだが。
「何してやがる! とっとと進路を塞いで取り囲め!」
「そ、それが……っ! 全然、追いつけないっす!」
「ああ? どういうことだ? 向こうはただの馬車だぞ!」
すでに全力でライドンを飛ばしているというのに、一向に追いつける気配がない。
いや、それどころか徐々に離されていた。
「おいおい、どういうことだっ? 追いつくどころか、離されてねぇか!?」
「あれは馬車の速さじゃねぇぞ!」
荒くればかりの山賊たちが慌てている。
あれだけの人間を乗せた馬車を引いているというのに、馬はまるで重さを感じさせない軽快なステップで走り続けているのだ。
後方から同じくライドンに乗って状況を見ていた私は、思わず声を荒らげた。
「どうなってるんだ!? 逃げられるぞ!」
「あれはもう無理だ! こっちの脚は限界だ!」
先に体力を失ったらしく、ライドンたちの速度が急激に落ちていく。
結局みすみす馬車を取り逃がしてしまったのだった。
◇ ◇ ◇
「っ……」
「アニィ? どうしたんだ?」
「何かがこっちに近づいてくるわ」
急にアニィが険しい顔で馬車の右方向を睨んだので、僕も同じ方向へと目をやった。
だけど見えるのは風雨を防ぐために設けられた幌の内側だけだ。
アニィは【狩人の嗅覚】というギフトを持っている。
だから危険や敵の接近を誰よりも早く察知することができるらしい。
「もしかして魔物?」
「ちょっと違う気もするわ」
やがて後方にそれが見えてきた。
「うわっ……山賊っ!?」
トカゲのような生き物に乗り、野蛮そうな男たちがこっちに押し寄せてきている。
しかもかなりの数だ。
「これ、やばいんじゃないかっ!? おい、セナ! 寝てる場合じゃないぞ!」
こんなときだというのに未だ暢気に寝ているセナを起こそうとすると、
「……待って」
「え?」
「このまま逃げ切れるかもしれないわ」
よく見ると集団は一向にこちらに近づいてくる様子がない。
必死に追いかけているみたいだけど、むしろ少しずつ離れていくほどだ。
どうやら人を背中に乗せたあのトカゲ――ライドンというらしい――では、身軽な馬には追いつけないらしい。
結局、僕たちはそのまま逃げ切ったのだった。
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