第62話 駄々っ娘

「あ、あそこにシーファちゃんたちいるじゃない。ちょうどよかったわ」


 冒険者ギルドの受付嬢カナリアは、最近話題の冒険者たちの姿を発見して席を立った。


「お話し中のところごめんなさいね。ちょっといいかしら?」


 何やら話をしている様子だったが、近くまでやってくると構わず声をかける。


 するとこちらを振り返ったのは四人。

 カナリアはすぐに一人多いことに気づいた。


「サラッサちゃんじゃない。帰って来てたのね? お帰りなさい」

「は、はい……ただいまです……」


 彼女はここしばらくの間、事情により街を離れていた魔法使いだ。

 どうやら無事に戻ってきたらしい。


(でも随分と浮かない顔してるわね? 前から陰のある感じの子だけど)


 受付嬢らしく人を見る目に長けたカナリアは、サラッサの異変を機敏に察した。


「どうしたの? 元気ないみたいだけど。何かあったのかしら?」

「……自分なんて……別にいなくても大丈夫なのかなって……思いまして……ふふふ……」

「何があったの!?」


 アニィが苦笑気味に教えてくれた。


「自分がいない間に新人が入ってきて、自分がいたときを遥かに超える成果を上げてしまったことがショックだったみたいなのよ」

「な、なるほど……」


 確かにここ最近の彼女たちのとんでもない活躍は、サラッサが一時離脱してからのことだ。


 サラッサはシーファに並ぶBランク冒険者である。

 パーティの主力と言っても過言ではなく、本来ならば抜けると大幅な戦力ダウンだ。

 新人がその穴を埋めることなど、普通は不可能なはずだった。


 カナリア自身、まさかサラッサ無しで二つの最難関エリアを攻略してみせるとは思ってもみなかった。


「で、でも、これでサラッサちゃんも加われば、もうトロルに棍棒じゃない! もっと難易度の高い依頼だってこなせてしまうはず! ……というわけで、そんなあなたたちにぜひとも受けてもらいたい依頼があるのよ!」


 受付嬢スマイルでにっこり。

 何か嫌な予感でもしたのか、新人の少女が微かに顔を顰めるのが見えた。




    ◇ ◇ ◇




「いーやーだーっ! 行たくなーい!」


 セナが盛大に喚いていた。

 床にひっくり返り、バタバタと手足を暴れさせている。


「……お前は五歳児か」


 僕は呆れて嘆息する。


 ちなみにここはシーファさんの部屋。

 先ほど家にシーファさんがやってきて「話したいことがある」と言われ、連れてこられたのだった。

 そこで待っていたのが、この子供のような我が妹というわけだ。


 正直、色々と期待しちゃってたんだけど……どうやらこの残念な妹をどうにかしてほしいとのことらしい。

 ……僕に言われても困る。


「えっと……何があったんですか?」


 身内の奇行に恥ずかしい思いをしつつ、とりあえず僕は事情を確認することにした。

 幾らセナと言えど、ここまで駄々をこねるのは珍しい。


「冒険者ギルドからある依頼を受けてほしいと言われて」

「どんな依頼だったんですか?」

「モリアという村が、ワイバーンに悩まされているみたい。近くにある町の冒険者ギルドでは手に余るからって、応援を要請されたそう」


 ワイバーンは亜竜とも呼ばれており、ドラゴンほどじゃないけど、かなり強力な魔物だ。

 討伐には最低でもBランク以上の冒険者の力が必要らしい。


 でも妹が嫌がっているのは、それが原因ではなさそうだ。


「モリアって聞いたことのない村ですね……。どれぐらいかかるんですか?」

「往復で一週間くらいかかる」

「一週間ですか」


 なるほど。

 僕は妹がごねている理由を完全に理解した。


「この間の二泊三日で限界だったもん! 一週間なんて絶対むりーっ! 死ぬ! 死んじゃう! しーぬーっ!」


 大声で喚き散らす妹にげんなりしつつ、僕は訊ねた。


「えっと……それって、他のパーティじゃダメなんですか?」

「それがすでに何件も断られてるみたいなのよ」


 答えたのはアニィだ。

 彼女は肩を竦めながら、


「今はどこかのパーティのお陰で、ダンジョン攻略がいつになく大盛況だから。誰も一週間もかけて田舎のギルドに応援なんて行きたくないのよ」


 それでシーファさんたちにまで話が回ってきたわけか。


「あたしたちも断ればよかったのに……」


 恨めし気に呟くセナ。

 どうやらすでに依頼を受けてしまったようだ。


「カナリアさんには色々と世話になってるし、あそこまで言われたらさすがに断れないでしょ」

「ぶ~」


 セナは唇を尖らせ、


「……じゃあ、三人で行ってよ……」

「三人?」


 その言葉に僕は疑問を覚える。

 そもそもパーティは三人のはずだけど……。


「セナ。心配は要らない。私にいいアイデアがある」


 面倒くさいセナにも嫌な顔一つせずに、シーファさんが言った。

 さすがシーファさん、人間ができている。


「「いいアイデア……?」」


 アニィも聞かされていないらしく、セナと一緒に首を傾げた。


「だからジオを連れてきた」

「僕……?」

「だけどその前に、ジオに紹介しておきたい人がいる。――サラッサ」

「は、はいっ……」


 シーファさんに呼ばれて部屋に入ってきたのは、青い髪の少女だった。


「あ、あのときの」


 僕はすぐに思い出す。

 工房の中を覗き込んでいた怪しげな女の子だ。


「知り合い?」

「いえ、ちょっと目撃したことがあるだけです。えっと、この人は?」

「サラッサ。わたしたちのパーティの魔法使い」

「ああ、そうだったんですね」


 だからさっき三人と言ったのか。


 一応、噂には聞いていた。

 でもこんな少女だったなんて。

 確か、パーティの中で最年長だって聞いていたんだけど。


「こう見えても二十三歳よ」

「うぅ……どうせ私は……いつまでも子供ですよ……」


 確かに年齢よりずっと幼く見える。

 さすがにポピット族ほどじゃないけれど。


 ……ちなみにある一点だけはとても大人なんだけど、それには触れない方がいいよね、うん。


 そんなことを考えていると、アニィに「どこ見てんのよ?」と睨まれてしまった。


「えっと、それでさっきのいいアイデアというのは……?」


 誤魔化すように、僕はシーファさんに訊く。

 すると思いがけない返事が返ってきたのだった。


「ジオのギフトを使う」

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