第61話 筋肉ふぇち

 その日、冒険者ギルドへとやってきたシーファたちは、すぐにその人物を発見した。


 ギルドの受付ロビーに設けられたベンチに座っている、青い髪の少女だ。

 なぜか一定の方向をじぃっと見ている彼女へ、アニィが声をかけた。


「久しぶりね、サラッサ」

「……」


 しかし彼女はこちらに気づく様子はない。


「おーい、サラッサ~、聞こえてるー?」

「……」


 やはり返事はない。

 よく見ると頬が赤い。


「ハァハァ……」


 それに呼吸は荒く、目は少し血走っているようだった。

 その視線を追っていくと、そこには掲示板を見ている筋骨隆々な男性冒険者の姿が。


「……ねぇ、サラッサ! こら、戻ってこい、サラッサっ!」

「っ!?」


 かなり大声で叫んで、やっと気付いてくれたらしい。

 ビクっと身体を震わせ、こちらを振り向く。


「あ……アニィ……さん……」

「さっきから何度も読んでたんだけど?」

「ご、ごめんなさいっ……き、気づかなくてっ……」


 今にも消え入りそうな声で謝ってくるその様は、まるで飼い主に叱られた小動物のようだった。


「アニィちゃん、この人だれー?」

「うちの魔法使いよ」

「ほえー、じゃあこの人が?」

「そ。王都から帰ってきたみたいね」


 納得するセナに対し、何も聞かされておらず戸惑うサラッサへ、シーファが説明する。


「彼女はセナ。新しくパーティに入ってくれた優秀な前衛」

「そ、そうなんですね……」


 セナとは初対面であるサラッサは、おどおどと頭を下げた。


「さ、サラッサです……は、初めまして……」

「初めまして! あたしはセナだよ!」

「せ、セナ、さん……」

「セナでいーよ、サラちゃん!」

「サラちゃん……」


 そんなふうに呼ばれたのは初めてだったのか、サラッサは当惑の表情を見せた。

 アニィが苦笑気味に言う。


「見ての通り、人見知りなのよ。一応これでもこの中で最年長なんだけど」

「へー」


 挙動不審で落ち着きがないが、サラッサの実年齢は二十三歳。

 この中では一番年上だった。

 唯一、人よりも大きく膨らんだ胸だけが、それを感じさせる部分だろう。


「ま、こんなだけど魔法の腕は確かよ。なんたって、魔法学院を首席で卒業したくらいだし」

「すごーい!」


 普通ならばどこかの貴族のお抱えか、下手したら宮廷に雇われていてもおかしくないはずの経歴である。

 なのにどういうわけか、彼女は故郷であるこの街で冒険者をしているのだった。


「わ、私には……この方が、性に合って、ますので……」


 サラッサは申し訳なさそうに言う。

 確かに人付き合いが苦手そうな彼女には、宮仕えなど向いていなさそうだ。


 アニィはそんな彼女を半眼で見ながら溜息を吐く。


「いやいや、理由はそれじゃないでしょーが?」

「そそそ、そんなことありませんよ……っ?」

「じゃあ、さっき何を見てたのよ? 興奮したように息荒くして、わたしが声かけても気づかないくらい見入ってたでしょ」

「ななな、何も見てましぇん……っ!」


 慌てて否定するサラッサだったが、動揺のせいか思い切り噛んでしまった。


「筋肉フェチなのよ、こいつ」

「あ、アニィさんっ!?」

「隠す必要ないでしょ。どうせすぐバレるんだし」

「うぅぅ……」


 恥じらうように手で顔を隠すアニィ。

 一方、セナはこてんと首を傾げた。


「筋肉ふぇち?」

「そう、筋肉フェチ。要するに鍛えられた男の筋肉が好きなのよ。冒険者になったのは、その方が鍛えられた筋肉をたくさん拝めるから。そうよね、サラッサ?」

「は、はぃ……」


 観念したのか、サラッサは消え入りそうな声で頷いた。


「さっきはあそこにいる冒険者たちを見てたのよ。でも気を付けなさいって、いつも言ってるでしょ? またあらぬ勘違いをされるわよ」


 実際、過去にはそれで好意を寄せられていると思ってしまった男性との間で、トラブルになってしまったこともあった。

 サラッサが好きなのはあくまでも筋肉の方なのだ。


 ゆえに今はこうして女ばかりのパーティに入っているのである。


「そ、そうですけど……」


 サラッサはちらりと、先ほどの男性冒険者を見やって、



「あのオーガのような大胸筋! トロルみたい僧帽筋! そしてケンタウロスの後ろ脚にも引けを取らない大腿四頭筋っ!」



 突然、陶然とした顔で叫び出した。

 その目は完全にイってしまっている。


「見ないなんて無理ですぅぅぅっ!」

「わ、分かった! 分かったから静かになさい!」

「はっ!?」


 サラッサが我に返ったときには、ロビーにいる冒険者たちの多くがこちらを見ていた。


 幸い当の冒険者は掲示板に集中しているためか、気づいた様子はない。

 それでも嫌な気配を感じ取ったのか、ぶるりと太い肩を震わせていた。


「とまぁ、こんな感じの子だけど、温かい目で見てあげて」

「ほえーい」


 サラッサの特殊な性癖を特に気にする様子もなく、セナはあっさりと受け入れた。


「……あんたも大概よね」


 アニィは呆れた顔で嘆息する。


「サラッサがいなかった間のことについて話したい」


 自己紹介が終わったのを見計らって、シーファが切り出した。


「は、はい……」


 恐縮気味にサラッサが頷いたのは、自分の離脱によってパーティの戦力が大きくダウンしたことへの申し訳なさからだった。

 冒険者にとって当然それは収入にも直結する。


 だが次のシーファの言葉で、それが完全な杞憂であったことを知るのだった。


「火山エリアと水中エリアを攻略した」

「……はい?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る