第59話 隷属の腕輪 4

「あの家だな」


 アジトを出た私は、都市の西門に近い地域へとやってきていた。

 そこで件の娘の自宅を発見する。

 家事工房と隣接しているのですぐに分かった。


「……さて」


 私はいったん足を止め、思案する。


 あの腕輪が装着されている今、このまま侵入して娘を強制的に連れ出すのは簡単だ。

 だが部下の失態もあって、あまり無茶な真似をすると後々面倒なことになりかねない。


 せっかく私は領兵に顔を知られていないのだ。

 こんなところでその利点を失うのは惜しかった。


「む?」


 ちょうどそのとき、家の門のところが騒がしくなった。

 物陰に隠れ、私は様子を観察する。


「お邪魔しました」

「うん……必ずお礼するから」

「は、はい。楽しみにしてます。それじゃあ」

「シーファちゃん、また明日~」


 そんなやり取りが聞こえた後、十代半ばほどの兄妹が家から出てきた。

 そのまま私とは反対方向に歩いていき、すぐ近くにあった別の家へと入っていったが、しかしそのときにはもう、私の意識はすでに彼らにはなかった。


 いた。

 ターゲットの娘だ。


 兄妹を見送る銀髪の女。

 先ほど「シーファ」という名前も聞こえたし、間違いないだろう。


 さらに運のいいことに、兄妹が去っていた今、その娘は一人だった。

 私はすかさず物陰から飛び出す。


「お前がシーファだな」

「……?」


 声をかけると、こちらを振り返った。


 なるほど。

 初めて会ったが、確かに美しい娘だ。


 スタイルもよく、冒険者にしておくのは惜しい逸材だろう。

 ボスが欲しがるのも理解できる。


 ……私は今、この女を自分の思い通りにすることができるのだ。

 そのままボスに渡してしまうのは少々勿体ないかもしれないな……。


 くくく……少しくらい遊んでからでも敵わないだろう。


「誰?」


 やや警戒した様子で目を細め、私を見てくる。


「私はこれから、お前のご主人様になる者だ」

「……?」


 何を言っているのだという顔をしているが、別に理解しなくてもよい。

 隷属の腕輪を装着したこの娘は、支配の腕輪を付けた私の命令に逆らうことなどできないのだから。


 私ははっきりと命じた。



「さあ、私に付いてこい!」



「……なぜ?」

「え?」



 ……どういうことだ?

 大人しく私の言ったことに従うはずなのに、なぜか理由を聞いてきたぞ?


「い、いいから付いてくるんだっ」

「……お断りします」


 いやいや、なぜ断れる!?

 お前はすでにこの私の言いなりのはずなのに……っ!


「さ、三回回ってワンと言ってみろ!」

「……」


 おかしい、おかしいぞっ?

 まったく隷属の腕輪の効果などないではないかっ!


 と、そこで私はようやく気づいた。

 娘の腕にあの腕輪がないことに。


「ば、馬鹿なっ……」


 まさか、こともあろうか、部下が私に偽りの報告をしてきたのかっ!?


 そうとしか考えられない!

 あれは一度嵌めれば最後、二度と外れることがない代物なのだ!


 この私に虚偽の報告をしやがって……っ!

 許さんっ、許さんぞぉっ!


「おーい、シーファ」

「ん、パパ?」


 そこへ娘とは似ても似つかない毛むくじゃらの大男がやってきた。


「この腕輪、もう要らないだろう?」


 そ、それはっ!?

 私の隷属の腕輪っ!

 やはりこの家にあったのか!


「うん」

「鋳潰してしまっても構わないよな。付けたら外れない腕輪なんて、さすがに売るわけにもいかんだろうし」


 ちょ、ちょっと待てぇぇぇっ!?

 それを鋳潰すなんてとんでもないっ!


「うわぁっ、なんて素敵な腕輪なんだぁっ!」

「……? 誰だ、あんた?」

「わ、私はただの通りすがりの者! それより、そんな美しい腕輪、初めて見た! ぜひ私の妻にプレゼントしたい! どうか譲ってくれないかっ?」


 咄嗟のことだったが、私はさすがの機転で、通りすがりの妻想いの人間を演じてみせた。

 大金をはたいて買った腕輪なのだ。

 ここでみすみす手放すわけにはいかない。


 大男は訝しそうに私の顔を見つつ、


「いや、悪いがこいつはやれないな。というのも、少々危険な腕輪なんだ。一度、娘が誤って付けてしまい、外れなくなってしまったのだ。まぁ見ての通り、どうにか無事に外れてくれたのだがな」

「……はい?」


 一度は付けたというのに外れただと……?


「そ、そんなはずは……」

「じー」

「っ……」


 娘が私のことを不信の目で見ている。


「……もしかしてこの腕輪のこと、知ってる?」

「し、知らない知らない!」


 ま、マズイっ、完全に怪しまれてしまっている!


「へ、変なことを言って申し訳ないっ! それでは私はこれでっ!」


 私は泣く泣く腕輪のことは諦め、逃げるようにその場を後にしたのだった。


 ちくしょぉぉぉっ!

 大金をはたいて買ったってのにぃぃぃっ!




     ◇ ◇ ◇




「ねー、お兄ちゃ~ん。エリクサー、いっぱい作ろうよ~」

「だから無理だって。さすがに量産はできないやつなの」

「さっきは幾らでも作れるって言ってたのにー」


 くっ、いつもぼけーっとしてるくせに、そういうのだけはしっかり聞いてやがる。


「あれは方便だって、方便。シーファさんを納得させるための」


 まぁ、たぶん本当は量産できるだろうけどね。

 だけどそれはあくまでマーリンさん次第だし、デニスくんから聞いた様子だと、できたとしても受けてくれないと思う。


「ぶ~、せっかくもう働かなくて済むかと思ったのにぃ~」

「お前まだ十五歳だよな……?」


 ……実際にはリルカリリアさんに買ってもらってる収穫物の売り上げだけで、十分生きていけるんだけどね。

 もちろんそれは妹には内緒だった。

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