第58話 エリクサー

「「「え、え、え、エリクサぁぁぁぁぁぁっ!?」」」


 みんなが大声で叫んだ。


「あんたっ、なんてもの使ってんのよ!?」

「エリクサーって、まさかあのエリクサーかっ?」

「おいおいおい、それが本当ならとんでもないことだぞっ!?」


 アニィをはじめ、職人さんたちまでもがすごい勢いで詰め寄ってきた。

 シーファさんやセナはキョトンとしている。


「アニィちゃん、えりくさーって何?」

「エリクサーっていうのはね、伝説の万能薬よ! どんな病気も怪我も状態異常も、さらには老化すらも治してしまうって言われてるわ!」

「ふえー、なんかすごーい」

「凄いってレベルじゃないから!」


 僕が思っていた以上の反応だ。

 やっぱり事前に言わないでよかった……。


 もしエリクサーだと先に伝えていたら、シーファさんがすんなり飲んでくれなかったかもしれないし。


「ジオ……飲んでよかったの?」

「もちろんですよ。効くかどうかは一か八かでしたけど、ちゃんと外れてよかったです」

「……エリクサーを一か八か……」


 アニィが呆れた顔をしている。


「でも、ちゃんとお代は払う」

「いえいえっ、要らないですっ。僕が勝手にやったことですしっ」

「そんなわけにはいかない。幾らするの?」

「えっと……」


 確か、デニスくんはエリクサーはオークションで金貨五千枚って言ってたよね……?


 そんな大金、貰えるわけがない。

 そもそも一生かかっても稼げないような金額だ。


「ぼ、僕も詳しくないのでなんとも……でもたぶん、せいぜい金貨数枚くらいじゃないですかね……? まぁその程度ですし、いつもセナがお世話になってるお礼ってことで……」


 うん、ここは適当な金額を言って切り抜けよう。

 みんなさすがに相場までは知らないだろうし。


 と思っていると、職人さんの一人が恐る恐る言った。


「エリクサーって……過去にオークションに出されたことがあって……確かそのときは、金貨数千枚で落札されたような……」


 ちょおおおおおおっと!?

 せっかく誤魔化そうとしてるってのに、空気読んで黙っててくださいよっ!?


 お陰で周囲の空気が凍り付いた。


「金貨数千枚……」

「ダメだ、庶民には想像すらつかない」

「そんな額、返せるわけないだろ……?」

「それをお嬢のために躊躇なく使うとか……」


 僕は慌てて叫ぶ。


「返してもらわなくていいですからっ」

「……心配要らない。一生かかっても返す」


 生真面目なシーファさんは真剣な顔でそう主張してきた。

 するとなぜかアニィが、ハッとして、


「っ……あんたまさか、最初からそのつもりでシーファに飲ませたんじゃ……? 大きな貸しを作って、その代わりに……」

「よく分からないけど、たぶん変な誤解してると思う!」

「そうまでしてシーファを……。よし、ジオ! 娘のことはお前さんに任せたぞ! がっはっは!」

「だからそういうんじゃないですっ!」


 確かにエリクサーを簡単に使ってしまったのは軽率だったかもしれない。

 二心があったと思われても仕方ないだろう。


 でも、そもそもそんなに大それたものだという感覚がなかったんだ。


 だって材料の聖霊草は幾らでも栽培できるし、たぶんエリクサーは量産することが可能だ。

 もちろんマーリンさんの手を借りられれば、の話ではあるけれど。


「そもそもエリクサーなんて、どうして持っているんだ……?」


 職人さんの一人が口にした当然の疑問に、僕はドキリとしてしまう。


 ……しまった。

 せめて事情を知っている人しかいないときに使えばよかった。


 今さらながら後悔したけど、どうしようもない。


「ええと、それは企業秘密というかですね……」


 僕はしどろもどろに誤魔化すしかなかった。


 そんな僕の様子を見て、どうやら鋭いアニィはこれが僕のギフト案件だと察したらしい。

 

「そんなことより、実際どうするのかこれから話し合うわよ。シーファ、あんたの部屋を使わせてちょうだい」

「うん」


 アニィのお陰で追及から逃れることができて助かった……。

 それから僕たちはシーファさんの部屋へ。


 って、シーファさんの部屋……っ!


 もちろん入ったのは初めてだ。

 もっと可愛らしい感じを想像していたけれど、必要最低限の物しかない。


 でもどこかのロクに掃除もできないぐうたら娘の部屋と違って、しっかり整理整頓され、掃除も行き届いている。

 真面目なシーファさんらしい。


 シーファさん、いつもあのベッドで寝ているのか……。


「いてっ!?」


 ついベッドを凝視していると、なぜかアニィに足を踏まれた。

 ついでに小さく、変態、と言われた気がする。


 み、見てただけじゃないか!


 部屋にいるのは僕とシーファさん、アニィ、それからセナの四人だけだ。

 ドアを閉めると、アニィが確信した口ぶりで言った。


「で、あのエリクサー、マーリンに作ってもらったんでしょ? 普通に考えて、普通に手に入れることなんて無理だろうし」


 ご名答だ。

 僕は素直に頷いた。


「材料はあんたのトンデモで作ったのね」

「家庭菜園だって」


 以前はトンデモ菜園って呼んでたのに、もはや菜園すら付けなくなったんだけど。

 僕は律義に訂正しておく。


「エリクサーの材料まで栽培できるとか相変わらずめちゃくちゃだけど……もういい加減、驚かなくなってきたわ」


 アニィは溜息を吐いてから、シーファさんの方を見やる。


「というわけよ、シーファ。エリクサーと言っても、タダの労力ゼロで作れるんだから。お代どころか、礼を言うだけで十分でしょ」

「そ、そうなんです、シーファさん。だから全然、気にしないでください。エリクサーなんて、幾らでも作れるんですから」


 マーリンさんに聞かれたら怒られそうな発言だけど、今は気にしないことにしよう。

 隣でアニィが「幾らでも作れる……」と顔を引き攣らせたのも気にしまい。


「……分かった。でも、ちゃんとお礼はする」


 シーファさんは頷いてくれた。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん!」

「? どうした?」


 それまでずっと黙って話を聞いていた妹に呼ばれて振り返ると、その目が新品の白金貨のようにキラキラ輝いていた。


「エリクサー、金貨数千枚で売れるんだよねっ!? それたくさん売ったら、一生働かないで暮らせるよっ!」


 ……こいつには聞かせるべきじゃなかった。

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