第57話 隷属の腕輪 3

「お兄ちゃん! 大変大変! 大変だよ!」

「どうしたんだ? そんなに慌てて」


 朝、冒険に出発したはずの妹が、それから一時間も経たないうちに家に戻ってきた。


「シーファちゃんが! 大変なの!」

「シーファさんが……?」


 具体的なことはさっぱり分からないけど、とにかくセナの剣幕からしてただ事ではなさそうだ。

 もしかして、冒険中に大怪我を負ったとか……っ!?


 でも、セナが出てからまだ一時間も経ってないし、そんなに早く負傷するようなことがあるだろうか?

 いや、考えても仕方がない。


「シーファさんはどこにっ?」

「おうち!」


 僕は急いで我が家を飛び出し、シーファさんの家へ。

 すると工房の前に人だかりができていた。

 職人さんたちだ。


 そこにはアニィやシーファさんの親父さんの姿もあった。

 彼らに取り囲まれているのは――シーファさんだ。


 でも見たところ、怪我をしているようには見えない。


「シーファさん! 一体、何があったんですかっ!?」

「ジオ……」


 こちらを振り返ったシーファさんは、どこか気まずそうな顔で、右腕にはめられた腕輪を見せてきた。


「えっと……腕輪?」


 何のことか分からず困惑する僕に、アニィが教えてくれた。


「……順を追って話した方がいいわね。昨日の夜中、寝ているところを襲われたらしいのよ」

「えっ? 大丈夫だったんですかっ?」

「見ての通り無事よ。襲撃者は撃退して、そのうち何人かは捕えて領兵に突き出したみたい」


 犯人たちが何者なのかは、現在、領兵たちが調査しているところだという。


「で、そこまではいいとして……恐らく彼らが落としていったと思われる腕輪を見つけたの」

「もしかして……」

「それがこの腕輪よ」


 アニィは呆れた顔でシーファさんを見る。

 シーファさんはちょっと恥ずかしそうに俯いた。


「何で落ちてた腕輪を嵌めちゃうのよ? 馬鹿なの?」

「……つい」

「つい、じゃないわよ! 世の中には呪われたアイテムだってあるの、冒険者なら常識でしょ!」


 いつになくアニィが怒っている。

 そして怒られてシュンとしているシーファさんを見たのは、初めてかもしれない。


 僕は恐る恐る訊いた。


「じゃあ……この腕輪、呪われているってこと?」

「一応、調べてみたけれど、呪われてはいないみたいよ。ただ、何かの魔道具ではあるそう」

「魔道具?」

「詳しくは分からなかったわ」

「でも、外せばいいんじゃ……?」

「それができないから困っているのよ」

「えええ……」


 シーファさんは腕輪を引っ張ってみせてくれたけれど、まるで肌に貼りついてしまったかのように、まったく動かなかった。

 しかも何の効果があるかも分からないのだから、非常に恐ろしい。


「あ、でも、何人かは捕まえたんだよね? その人たちから聞き出せば……」

「もちろんすでに領兵には伝えてあるわ。いつ口を割るかは分からないけれど」


 と、そこで僕はふと思い至ることがあった。

 もしかして、アレを使えば……。


「シーファさん、ちょっと待っててください! すぐ戻るんで!」

「?」


 僕は自宅へと走った。




   ◇ ◇ ◇




「全滅した、だと……?」

「は、はい……さらに、何人か捕らえられ、領兵に突き出されてしまい……」

「何をやっているんだっ!」


 部下からの報告に、私は思わず怒声を上げてしまった。

 一度のみならず、二度目の失敗。

 ここまで愚かな部下しかいないとは思わなかった。


「私があれほど完璧な作戦を授けてやったというのに」

「……」


 二度の襲撃で、相手もかなり警戒していることだろう。

 もはや無能な部下どもには任せておけない。


「この私、自ら出るしかなさそうだな。おい、あの腕輪を寄越せ」

「っ……」

「……? どうした? 早く腕輪を……まさか……」

「じ、実は、襲撃の際に紛失してしまったようでして……」

「はぁっ!?」


 あまりの驚きに変な声を出してしまった。


「お、おいおいおいおいっ!? あれがどれだけ重要なものか分かっているのかっ? それを無くした? 冗談だろう?」


 そのときだった。

 部屋に別の部下が駆け込んできたのは。


「ウォルカ様!」

「何だ、騒々しいっ。今、私はこの男と話を――」

「た、ターゲットがっ……ターゲットが腕輪を嵌めていましたっ!」

「……は?」


 また変な声が出てしまう。


「あの腕輪を付けて、鑑定士の店に入っていったようです!」

「それは本当か……?」

「ま、間違いありません。何度も確認しましたので」


 襲撃の際に紛失してしまった腕輪を、ターゲットの女が嵌めていた。

 もしかして当人が拾い、自分で装着してしまった?


 あり得ないことではない。

 あの腕輪は、見た目は美しいごく普通のものだ。

 つい嵌めてしまってもおかしくないだろう。


 だが一度付けてしまうと最後、絶対に外すことができなくなってしまうのだ。


 なんという結果オーライ。


「ふふふ……はははっ……はっはっはっは! さすがはこの私! 運も実力のうちと言うしなぁ!」


 私は自分の腕に支配の腕輪を付けると、すぐさまターゲットの元へと向かった。




    ◇ ◇ ◇




「シーファさん、これを飲んでみてください!」


 シーファさんのところに戻った僕は、早速それを差し出した。


「これは……?」


 虹色に輝く液体の入った小瓶を前に、シーファさんが小首を傾げる。


「ちょっと、ジオ。あんた、シーファに変なもの飲ませようとしないでよ」

「変なものじゃないって!」


 これが何かを説明してしまうと、もしかしたらかえって飲んでくれなくなるかもしれない。

 だから僕はただ「信じてください」と訴えるしかなかった。


 もちろん、これで腕輪が外れるという確証はないんだけれど……。


「信じる。ジオが言うなら」

「シーファさん……ありがとうございます」

「……惚れ薬とかじゃないでしょうね……」


 アニィが不審な目を向けてくる中、シーファさんが小瓶に口を付けて一気に中身を飲み干した。

 次の瞬間、


 バキンッ!


 物理的な音が響いたわけじゃない。

 けれど、何かが破壊されたような気がした。


「……外れた」


 シーファさんが恐る恐る腕輪を外そうとすると、さっきまでの頑固さが嘘のようにあっさりと腕から取れた。


「「「おおおおおっ!」」」


 様子を見守っていた職人さんたちが歓声を上げる。


「あんなに外れなかったのに……。あんた、一体、何を飲ませたのよ……?」


 アニィが目を丸くしたまま訊いてくる。

 僕は小瓶に入っていた液体の正体を明かす。


「エリクサー」







「「「……はい?」」」

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