第56話 隷属の腕輪 2

「なに、失敗しただと?」


 部下からの報告を受けた私は唖然とした。


 相手は冒険者とはいえ、たかが三人の小娘どもだ。

 対して、こちらは大の大人が十人以上。


 もちろん素人ではない。

 ギャングの構成員である以上、それなりの戦闘能力を有し、修羅場を潜ってきているはずだった。


「一体どうしたら負けるというんだ?」

「そ、それが、まったく歯が立たず……。Bランク冒険者であるターゲットだけでなく、その仲間も予想以上の強さでして……」

「ちっ……使えない奴らめ」


 どうやら私は実力を見誤っていたようだな。


 だがこの程度のことで私は動じない。

 失敗を糧にして学び、より最適な作戦を立案できるのがこの私だ。


 幸い死者はなく、全員が逃げ帰ってきたという。

 私は次なる作戦を告げた。


「あの娘、鍛冶職人をしている父親との二人暮らしだったな?」

「は、はいっ。ですが、昼間は職人たちが――」

「それくらい分かっている。……夜中だ。真夜中に忍び込み、寝込みを襲え。それなら貴様らでも簡単だろう」

「か、畏まりましたっ」


 私の完璧すぎる作戦に、部下は素直に返事をした。

 さすがに反論の余地などなかったのだろう。


 ……ん?

 もしかして最初からそうしていれば――――いやいや、そうではない。


 夜中とはいえ、街中で作戦を実行すれば騒ぎになりかねない。

 だからベストはダンジョン内で襲うことだった。

 うん、間違いない。


 ともかく、これでターゲットはもはや我が手中も同然だな。




     ◇ ◇ ◇




「何だったんだろーね、あの人たちー」

「分からないけど、ダンジョン内でいきなり襲い掛かってくるとか、堅気ではないことは確かね」


 シーファ一行は街に戻ってきていた。


「それにしてもまんまと逃げられてしまったのは悔しいわね。あのタイミングで魔物さえが来なければ……」


 アニィは歯噛みする。


 突然、襲撃してきた謎の集団の中には、正直言って大した手練れなどいなかった。

 難関エリアを二つも攻略している彼女たちは、数の不利など物ともせずに応戦。


 相手は敵わないと悟るや、すぐに逃げようとした。

 もちろん彼女たちがそれを許すはずもない。


 しかし運の悪いことに、そこへスケルトンナイトの集団が押し寄せてきたのだ。

 それに対処している間に、逃がしてしまったのである。


「そう言えば、シーファ。前にも変な連中に目を付けられたことがあったじゃない」

「あれはパパの方」

「うーん、聞いた話から推測すると、それだけじゃない気がするんだけど……」


 とにかく用心した方がいいと、アニィは念を押した。







 その夜、シーファは微かな物音で目を覚ました。


「……パパ?」


【狩人の嗅覚】のギフトを持つアニィとは比較にもならないが、それでも冒険者として培ってきた感覚が、廊下から不穏な気配を感じ取っていた。


 この家に住んでいるのは現在、シーファとその父親の二人だけ。

 いつもなら別の部屋で寝ている父親がトイレにでも行っているのかと思うところだが、こんなに足音を殺して歩くことはない。


 それに、気配は一つではないように思えた。


 シーファがベッドから降りたその直後、部屋のドアが開いた。

 暗闇の中を複数の男たちが飛び込んでくる。


「止まれ」


 すかさず【女帝の威光】のギフトを発動。


「「「っ!?」」」


 シーファが起きていたことへの驚きに加え、ギフトの効果を喰らった男たちは、一瞬その場で硬直した。

 その隙を突いて、シーファは突撃する。


「ぐあっ!?」

「がっ!」

「ぶごっ!?」


 いつもは槍で戦っているが、家の中にまで持って入るわけにはいかないため今は倉庫に置いてある。

 なので素手で相手をするしかないが、狭い室内ではかえって戦い易かった。


 手加減なしの殴打を受け、男たちがひっくり返る。


「お、起きてやがったぞっ?」

「構わねぇ! 一気に畳みかけろ!」


 仲間がやられて慌てる襲撃者たちだったが、動揺からすぐに立ち直って作戦続行を決断した。

 しかしまさに相手の機先を制するタイミングで、シーファは先ほどよりさらに強い口調で告げる。


「平伏せ」

「「「っ!」」」


 シーファは襲撃者たちを圧倒した。

 彼らはせっかく数で勝っているというのに、狭い廊下での戦闘となってしまったため、まったく数の有利を活かすことができていない。


「た、退避っ!」


 ようやく逃走を決断したときにはもう、彼らの大半が気を失って倒れていた。


「ふぁぁぁ……なんだか夜中に騒がしいなぁ……一体、何が――うおっ?」

「パパ!」


 踵を返した襲撃者たちの進路を塞ぐように現れたのは、毛むくじゃらの大男。

 別の部屋で寝ていたシーファの父親――――ビリーだった。

 襲撃者の一人が、起死回生とばかりに叫ぶ。


「あいつを人質にしろ!」

「了解!」

「な、何だお前たちは……っ!?」


 襲撃者の一人が、ビリーに躍りかかった。


「ふん!」

「ぎゃあっ!?」


 だが次の瞬間、ビリーの太い腕が襲撃者の顔面を殴り飛ばしていた。


「言っておくけど、パパ、元従軍鍛冶師だから」

「戦力が足りんときは、なぜか最前線で戦わされることもあったな! 俺はただの鍛冶師だというのに! がっはっは!」

「「「~~っ!」」」







 何人かには逃げられてしまったが、領兵を呼んで捕まえた襲撃者たちを連行してもらった。

 夜中なので対応まで時間がかかるかと思いきや、夜間勤務の領兵たちに話を伝えると、すぐに駆けつけてくれたので非常に助かった。

 きっと領主と付き合いがあったお陰だろう。


 それでもすべてが終わった頃には夜が明け始めていた。

 眠気に襲われて、シーファはふらふらと自室へと向かう。


「?」


 そのとき、部屋の隅っこに落ちているそれに気づいた。


「……腕輪?」


 複雑な装飾が施されており、なかなか高価そうな腕輪だ。

 パパの物だろうかと一瞬思うも、こうした装飾品の類を身に着けるような性格ではない。


 眠かったため思考力が落ちていたのか、シーファは何の気なしにそれを右腕に装着してみた。

 その瞬間、眠気が吹き飛ぶような悪寒が全身を走り抜ける。


「……外れない」


 腕輪に何らかの魔法が施されていたことを知ったのは、この数時間後のことだった。

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