第44話 走れ家庭菜園
エリザベートは防壁の上から戦況を見ていた。
「武具やポーションのお陰で、今のところどうにか耐えておる。だが、これがいつまで持つものか……」
まだ倒した魔物は五分の一程度でしかない。
しかももう間もなく、今までよりも密度の高い層と激突することになる。
果たして耐え切れるかどうか。
「それに何より……」
エリザベートの視線はスタンピードの後方へと向けられていた。
そこには明らかに周囲の魔物とは気配が違う強力な個体が、三体もいたのである。
獅子の魔物であるバトルレオに、象の魔物であるブラッドエレファント、それからサソリの魔物キルスコーピオンである。
いずれもA級指定されるほどの危険な魔物だ。
「あれを領兵たちだけで倒せるか……。せめて上級冒険者のパーティがいればのう……」
戦闘力の平均値が高く、集団戦に長けているのが領兵だ。
一方で冒険者は個々の戦闘力の差が激しい。
領兵なら採用試験で落とされるレベルの者が多い反面、逆に驚くほどの猛者だっている。
ああした力のある魔物を相手取るには、やはり上級冒険者たちの力を借りたいところだった。
そのときだった。
エリザベートが危険視した魔物の内の一体、バトルレオが突然、動きを変えた。
前方にいた魔物を強引に押し退け、前に前にと突進してきたのだ。
「っ! 気を付けろっ! あれは他の魔物とは恐らく別格だ!」
「「「おおおおおっ!」」」
領兵たちが決死の覚悟で迎え撃とうとする。
だがバトルレオはあっさりと彼らの覚悟を打ち砕いた。
振るわれる剛腕で、領兵たちが軽々と宙を舞っていく。
鋭い牙に噛まれれば、ミスリルの武具すら簡単に粉砕させられた。
たった一体の凶悪な魔物によって、これまでどうにか維持していた陣形が、ついに崩壊させられてしまう。
さらにそこへブラッドエレファントが突っ込んできた。
領兵たちを踏み潰すだけで飽き足らず、猛スピードで西門へと迫ってくる。
冒険者たちが食い止めようとするも、体高四メートル越えの巨体の前には無力だった。
ズゴオオオオオンッ!
凄まじい轟音とともに、ブラッドエレファントが西門に強烈なタックルを喰らわせた。
堅牢な扉はどうにかそれを凌いだものの、たった一撃で大きく凹んでしまっている。
「パオオオオオンッ!」
ズゴンッ、ズゴンッ、ズゴンッ!
門に恨みでもあるのか、雄叫びを上げながら何度も何度も身体をぶつけていくブラッドエレファント。
「領主様っ! ここは危険です! 早くお逃げ下さい!」
「そ、そうはいかん! 我には街を護る義務があるのだ!」
大きく揺れる防壁の上で、小柄な身体を何度も跳ねさせながらエリザベートは叫ぶ。
もはや都市内へ魔物の侵入を許すのも、時間の問題かと思われた。
◇ ◇ ◇
マズいことになった。
最初は優勢に進んでいたはずの戦闘もいつしか劣勢になり、今や領兵たちの陣形はズタボロだ。
「このままじゃ街の中に魔物が入ってくるんじゃ……」
西門は象の魔物の突進を受けたらしく、ここからでも大きく歪んでしまっているのが見える。
今も魔物は身体をぶつけ続けているようで、轟音が何度も聞こえてきていた。
もし門が破られようものなら、魔物の大群が街の中へと押し入ってくることだろう。
住民たちは教会とかのシェルターに避難しているけれど、決して安全が確約されているわけではない。
僕にとってここは生まれ育った故郷だ。
それが魔物に蹂躙される様を、黙って見てることしかできないなんて……。
「いや、手がないわけじゃない……っ!」
僕はゴーレムから降りると、さっきからソワソワしているミルクと一緒に第二家庭菜園へと転移した。
すると僕の考えを呼んだのか、頭の中にいつもの声が響く。
〈菜園を移動させますか?〉
「お願い!」
直後、広大な面積を誇る第二家庭菜園が丸ごと動き始めた。
「全速力で!」
そう指示を出すと、いきなり速度が上がった。
急に地面が加速したため、僕はその場にひっくり返ってしまう。
「ニャアッ!?」
ミルクが驚いて走り回る中、菜園は進路にあった木を軽々と薙ぎ倒し、岩を弾き飛ばしながら猛スピードで進んでいく。
たぶんこれ、馬よりも速い。
僕はどうにか立ち上がると、メガゴーレムの背中に乗って塀の向こう側を見た。
やがて都市の防壁が近づき、西門が見えてくる。
もはや門は半壊状態で、領兵たちが辛うじて魔物を押し留めているような状況だ。
「急いで!」
〈最大速度です〉
「そんなこと言わずにもっと速く!」
〈最大速度です〉
焦るような思いで菜園を走らせるていると、領兵たちがこちらに気づいた。
「おい、何だあれは!?」
「壁!? 壁が迫ってくるぞ!?」
「逃げてくださ~~~~い!!!」
驚く領兵たちへ、僕は大声で叫ぶ。
ちなみに彼らから僕の姿は見えていない。
そこだけ隠蔽しているからだ。
「た、退避っ! 退避だぁぁぁっ!」
「「「おおおおおおっ!」」」
どうにか思いが伝わったようで、領兵たちが一目散に逃げていく。
残ったのは魔物の大群だけ。
僕は速度を落とすことなく、そのまま突っ込んでいった。
「どうせなら城壁にしてやれ!」
僕の命令を聞き届け、五メートルほどの防壁が、それを凌駕する十メートルの城壁へと切り替わった。
「いっけぇぇぇぇっ!」
「「「グルァァァァァァッ!?」」」
ズドオオオオオオオオンッ!
天地がひっくり返ったような衝撃と暴音とともに、僕の家庭菜園と魔物の大群が激突した。
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