第45話 巨人

「な、何だあれは!?」


 エリザベートは激震する防壁の上からそれを発見し、目を剥いた。


 遠くから巨大な壁がこっちに向かって迫ってきているのだ。


「壁が動いておる!?」


 あまりに馬鹿げた光景に、エリザベートは我が目を疑う。

 しかし間違いない。

 何度も目をパチパチと瞬かせてみても、確かに巨大な壁が大地を疾走しているのだ。


 あれは何の壁なのか、どうやって動いているのか、そして敵か味方か。

 いや壁に敵も味方もあるものか。


 などと、色んな考えが頭の中を駆け巡る。


 その間にも壁は見る見るうちに大きくなってきている。

 このままでは魔物はもちろん、領兵たちにも激突してしまうのではないか……?

 そのことに思い至って、エリザベートは戦慄した。


「逃げてくださ~~~~い!」


 奇妙なことに壁の方からそんな声が聞こえてきた。


「か、壁がしゃべった!? どういうことだ!?」


 驚愕するエリザベートだったが、何となくあの壁は味方であるような気がした。


「た、退避っ! 退避だぁぁぁっ!」

「「「おおおおおおっ!」」」


 彼らにも壁の声が聞こえたのか、領兵たちが一斉に逃げ始めた。


 幸い魔物は彼らを追おうとはしなかった。

 城門を突破することしか頭にないらしく、そのまま門へと突っ込んでくる。

 ようやく迫りくる壁に気づいたときにはもう遅かった。


 直後、壁が魔物の群れと激突した。


 ズドオオオオオオオオンッ!


「「「グルァァァァァァッ!?」」」


 激突の寸前、どういうわけか壁がさらに巨大化し、魔物を次々と吹っ飛ばしていく。

 あのブラッドエレファントさえも宙を舞い、西門の前から弾き飛ばされた。


 やがて壁が停止したときには、西門の前にいた魔物の九割が死屍累々といった有様で転がっていた。


「ど、どうなったのだ……?」


 だがエリザベートには状況が分からなかった。

 というのも壁は垂直方向にも続いていて、防壁の上にいた彼女の視界を完全に遮ってしまったからだ。




    ◇ ◇ ◇




「いてて……」


 僕はゴーレムの上から投げ出され、地面に叩きつけられていた。

 幸い耕された菜園の地面は柔らかく、それほどの衝撃は受けなかったけれど。


「ニャア!」

「うん、大丈夫だよ」


 菜園は勝手に止まっていた。

 魔物の群れに激突したためだろう。

 その際の衝撃で、僕はゴーレムの上から落ちてしまったのだ。


「防壁に戻して」


 城壁のままでは外の様子が分からない。

 いったん防壁に戻して、再びゴーレムの上から外の状況を確認することにした。


 どうやら僕の菜園は、ちょうど西門を塞ぐ形で停止したらしい。


 先ほどの激突でやられたのだろう、壁の向こう側には大勢の魔物が転がっているのが見えた。


「パオオオオオンッ!」


 そんな中、一体の魔物が起き上がった。

 西門を破壊しようとしていたゾウの魔物だ。


 菜園タックルを喰らってもまだ生きていたらしい。

 それどころか怒り狂った様子で、防壁に体当たりを見舞ってきた。


「中に入れちゃおう」


 僕は防壁の一部を消失させる。

 するとそこからゾウの魔物が突入してきた。


 僕はメガゴーレムを四体、生成する。

 そしてゾウを取り囲み、攻撃させた。


「パォ~~ンッ……」


 すでに大きなダメージを負っていたようで、ゾウは弱々しい鳴き声を上げた。

 ほとんど抵抗することもなく、ゴーレムたちの集中攻撃を浴び続けて虫の息になっている。


 ズドンッ!


 ついにはその場に倒れ込んでしまった。


 これで強敵だったゾウの魔物は撃破したけれど、先ほどの防壁の穴から次々と生き残っていた魔物が入ってくる。


 もちろんそれも作戦通りだ。

 菜園に侵入してきた魔物を僕はゴーレムたちを使って倒していく。


 中には獅子の魔物やサソリの魔物といった強敵もいたけれど、メガゴーレムを駆使してなんとか撃破。


「おー、ほとんど片付いたなー」


 気づけばあれだけいた魔物の群れが、ほぼ全滅してしまっていた。

 もちろん元々領兵さんたちがかなり倒してくれていたのもあるけど。


 これで一件落着かな。

 ……と思いきや。


「フシャァァァッ!」

「ど、どうしたの、ミルク? そんなに毛を逆立たせて……?」


 ミルクが牙を剥き、尻尾をピンと立てて西の方を睨んでいる。

 その様子に嫌な予感を覚えながら視線を向けると、


「な、何なの、あれは……?」


 一瞬、目の錯覚かと思った。

 それぐらい、そいつは場違いなほどの大きさをしていた。


 姿形は人と似ている。

 目が一つしかないけれど、二足歩行で、二本の腕があり、翼や尾などは生えていない。


 だけど大きさは桁が違う。

 ズドン、ズドン、ズドン、と地面を踏むだけで生じる地響き。

 身の丈は恐らく十メートル、いや、二十メートルに迫るだろう。


「あ、アトラス……っ! サイクロプスの上位種だ!」

「奴がスタンピードの原因かっ!」


 誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。


 サイクロプスって、確か巨人種と呼ばれる魔物だっけ。

 熟練の冒険者たちでも苦戦するほどの強さらしいけど、その上位種だなんて。


「オオオオッ!」


 ズゴォォォンッ!


 アトラスは菜園の防壁を蹴り飛ばし、いとも容易く破壊してしまった。

 あの分厚い防壁が!?


「ご、ゴーレム!」


 僕は慌てて巨大ゴーレムたちを向かわせる。

 けれど巨大といっても、アトラスを前にしては子供のような大きさだった。


「オアアアアッ!」


 アトラスが腕を振り回すと、それだけでメガゴーレムが殴り飛ばされた。

 嘘でしょ、全然敵わないなんて!?


 アトラスがこっちに迫ってくる。

 ミルクが僕を護ろうと前に立ち、喉を鳴らして威嚇しているが、まったく効果はない。


 どうすれば!?

 って、そうか。菜園転移で逃げればいいだけじゃないか。


「でも、そしたらあいつに街がぐちゃぐちゃにされてしまう……」


 いや、そんな心配をしている場合じゃない!

 自分の命が一番大事だ!


〈魔物を吸収しますか?〉


 ちょっ、今はそれどころじゃ――


 ハッとして僕は周囲を見渡す。

 菜園内には先ほど討伐した大量の魔物が転がっていた。


「ええい、ダメ元だ! これでダメなら僕は大人しく逃げる!」


〈魔物を吸収しますか?〉


「はい!」


―――――――――――

 ジオの家庭菜園

  レベル37 92/185

  菜園面積:201000/∞

  スキル:塀生成 防壁生成 城壁生成 ガーディアン生成 メガガーディアン生成 ギガガーディアン生成 菜園隠蔽 菜園間転移 菜園移動

―――――――――――


〈レベルが上がりました〉

〈メガガーディアン生成から派生し、ギガガーディアン生成を習得しました〉

〈新たな作物の栽培が可能になりました〉

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