第39話 第二家庭菜園 1

「領主様から土地の使用権を貰ったっ?」


 妹が領主様の城から帰ってきたと思ったら、なぜかシーファさんやアニィ、それにリルカリリアさんまでもが一緒で、家に上がってきた。


 シーファさんが来るなら先に言っておいてほしかった。

 ちゃんと掃除しておいたのに。


 それはともかく、どうやら冒険者としての活躍を評価されて、領主様がなんでも好きな褒美をくれると言ったらしい。

 だけどどういうわけか、彼女たちが望んだのは土地の使用権だった。


「土地なんて貰ってどうするの?」

「もちろんジオさんの菜園を広げるためですー」

「ええっ?」


 僕は慌てた。


「いやいや、せっかくの領主様からの褒美でしょっ? みんな欲しいものがあったでしょ? 何でそんなことに使っちゃったのっ?」


 するとシーファさんが首を振って、


「違う。すべてはジオのお陰。だからジオこそが褒美をもらうべきと思った。ジオの栽培した薬草があったから新しいポーションができたし、高難度エリアを探索できた。それにパパの工房も助かった」

「まー、わたしもあんたのお陰で、お姉ちゃんのお店が潰れないで済んだしねー」

「だ、だからって……」


 僕は困惑する。

 それでも実際に頑張ったのは彼女たちだ。


「ジオさんー、ここは素直に受け取っておくべきですよー」

「は、はい。そうですね」


 確かにリルカリリアさんの言う通りだ。

 せっかくみんなが僕のために領主様にお願いしてくれたのだから、感謝して受け取っておこう。


 実際、もっと広い土地があればとは思っていた。

 現状でも十分と言えば十分だけど、レベルの上昇によって菜園にできる面積は増え続けていて、勿体ない気持ちもあったのだ。


「ありがとうございます」

「土地があれば、ジオのギフトをもっと活かせる。……はず」

「はい」


 と、そのときだった。


「ニャー」


 部屋にミルクが入ってきた。

 シーファさんたちが来たとき、慌てて他の部屋に入れて「しばらくここにいてくれ」と言い聞かせておいたのに、どうやら我慢できなくなってしまったらしい。


「な、なに? 猫?」

「にしては大きい?」

「こ、これはーっ、猫じゃありませんよーっ! スノーパンサーというれっきとした魔物ですよーっ!」

「「ええっ!?」」


 シーファさんたちが慌てて身構える。


「ま、待ってください! こいつはうちのペットのミルクです! 危険じゃないです!」


 僕はミルクを抱きかかえた。

 お、重い。

 また大きくなっていて、もはや小柄なセナとあまり変わらない。


「ニャア」


 ミルクは甘えるように僕の顔をぺろぺろ舐めてくる。


「懐いてる……」

「でも……魔物でしょ?」


 アニィがセナを見る。


「確かに猫にしては大きいと思ってたよー」

「こんなに大きな猫いないでしょ!? もうほとんど虎じゃないの! 一体どこで拾ってきたのよ?」

「あたしじゃないよー、お兄ちゃんだよー」

「拾ったっていうか……魔物の卵が栽培できたっていうか……」

「「「はい?」」」


 僕は魔物の卵を菜園で栽培し、収穫したことを話した。


「ねぇ、こんなとんでもないものをこれ以上広げて大丈夫なの……? 魔物を大量生産できるってことよね?」

「わたくしもちょっと不安になりましたー」


 アニィとリルカリリアさんが頬を引き攣らせている。


「大丈夫。ジオは悪いことには使わない」


 シーファさん……。


「ま、まぁ、世の中には魔物を馴らして、従わせる魔物調教師さんたちもいますしねー」








 というわけで現在、僕はシーファさんたちとともに、都市の外へとやってきていた。

 領主様から頂いた土地を確認するためだ。


 魔物に遭遇することもあるので、僕のような戦えない人間は滅多に都市の外に出ることはない。

 でも冒険者のシーファさんたちがいるから心配は要らないだろう。


 もちろんミルクはお留守番だ。


「広い土地があれば、ミルクも自由に走り回れるようになるよな」


 現在ミルクが行動できる範囲は、家の中と菜園だけだ。

 これからさらに身体が大きくなれば、きっと窮屈に感じるようになるだろう。


 ……新しい土地までどうやって連れて行くのか、考えないといけないけど。

 人の少ない真夜中くらいじゃないと、街中を移動できそうにない。


「それに飛び地になっちゃうんだけど、大丈夫かな?」


 果たして別々の場所に二つの菜園を作れるのだろうか。


「たぶん大丈夫ですよー。今までの傾向から考えて、ジオさんのギフトはその辺り都合のいいようにできていると思いますのでー」

「都合のいいように……」


 何だろう?

 微妙に貶されたような?


「ここですねー」


 リルカリリアさんが立ち止まった。


 アーセルの街からせいぜい三十分ほどの距離。

 そこに広がっていたのは沼地だった。


「確かに、何の使い道もない場所で構わないとは言ったけど……」

「ですねー。ただその代わりなかなかの広さですよー」


 よく見ると魔物らしき影がちらほら見受けられる。

 こんなところが菜園にできるの?


〈菜園に指定しますか?〉


 ……どうやらできるらしい。


 頷いた瞬間、目の前にあった広大な沼地が一瞬で消失し、代わりに我が家の家庭菜園とまったく同じ耕起済みの平地が現れた。

 沼地にいた魔物たちが、突然の環境の変化に戸惑っているのが見える。


「「「……」」」


 みんなが言葉を失って立ち尽くしていて、僕は苦笑いしながら言った。


「うん、まぁ、楽でいいよね」

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