第38話 商人の入れ知恵

 どうやらジオの作った作物は領主の城にも納品されていたらしい。


(考えてみたらおかしなことじゃないわね。どう考えても品質は最高だし、領主なら当然それに目をつけるわ。確かあいつ、商人に売ってるって言ってたし)


 ともかく一流料理人の腕も加わって、三人は最高の味を堪能したのだった。

 約一名、ほとんど味を感じなかった薬師もいたが。


「うーむ、それにしても聞けば聞くほど面白いのう。まさに英雄伝じゃ」


 一方でエリザベートも、彼女たちの話す武勇伝に満足したらしい。


「そんなお主らに、ぜひ何か褒美を取らせようではないか」

「褒美、ですか?」

「うむ。何でもよい。もちろん我にできる範囲だがの」


 三人は顔を見合わせた。

 そんな話が出るとは思ってもいなかったのだ。


 と、そのとき何か連絡すべきことがあったのか、執事がエリザベートに近づいていき、耳打ちした。


「ご主人様、リルカリリア様がお越しになっておられます。いかがいたしましょう?」

「今は見ての通り客人を持てなしておる最中だ。用件だけ聞いて、今日のところは帰ってもらうがよい」

「それが、どうやらお客人方ともお知り合いのようで」

「なに? それは本当か? お主ら、リルカリリアという商人を知っておるか?」


 家で何度か会ったことがあるセナはもちろん、先日、父親の工房を助けてもらったことで、シーファも面識のある人物だった。

 彼女にとっては恩人と言ってもよいかもしれない。


「そうか。ならば通すがよい」


 エリザベートは執事にそう命じる。


 執事が部屋を出ていったその直後、シーファがいきなり立ち上がった。

 そして領主に深々と頭を下げた。


「ぬおっ? どうした?」

「領主様。先日は父の工房を助けていただき、ありがとうございました」


 実はずっとその礼を言うタイミングを見計らっていたのだ。

 ちょうどリルカリリアの名が出たので、好機と考えたのである。

 ……本当に好機だったのかどうかは微妙だが。


「む? 何のことだ?」

「領主様の依頼のお陰で、父の鍛冶工房が潰れずに済みました」

「……?」


 エリザベートは首を傾げた。

 シーファの言っていることが分かっていない様子である。


「ミスリルの武具の製造を……」

「おお、おお! あれはお主の父が作っておったのか! いや、実はリルカリリアにどうしてもと頭を下げられての。仕方なく応じたのだ。しかし我は満足しておる。まさかミスリルの武具があの値段で手に入るとは。心配していた品質も申し分ない」


 いち鍛冶工房からしてみれば相当な大金だが、どうやら領主からすれば安くて満足のいく買い物だったらしい。

 もっとも、それは高価なミスリルがタダで入手できたから可能になった破格の値段設定だ。


「しかし一体あれだけのミスリルをいち工房がどうやって調達したのだ? それにあの金額では大した儲けにはならなかっただろう?」

「いえ、ミスリルはリルカリリアに提供してもらいました」

「なに? ということは、材料費はあいつもちか……」

「こんにちわですー」


 そこへ件のリルカリリアが部屋へと入ってきた。


「みなさんおそろいのようですねー」


 シーファたちを見渡して、いつもの口調で言う。

 セナが「リルちゃん、おひさー」と手を振った。


「リルカリリアよ、ちょうど今、お主のことを話しておったのだ。まさか先日のミスリル武具の一件、そこのシーファの実家の鍛冶工房だったとはの」

「そうなんですよー」

「しかし聞けば、ミスリルはお主が調達してきたようではないか? あれではお主の取り分はゼロどころか、赤字になってもおかしくないだろう」

「ふふふー、そこは御心配なくー」


 意味深に微笑むリルカリリア。

 エリザベートが訝しむ一方で、シーファたちには何かに思い至ったように互いに顔を見合わせた。


(((まさかあの菜園、ミスリルも栽培できるの……?)))


「まあよい。それでリルカリリアよ、今日は一体、何の用だ?」

「実はですねー、領主様が彼女たちを城に招待していると伺いましてー」


 小さな足でちょこちょこと歩き、リルカリリアはシーファたちの後ろへと回る。


「みなさんー、褒美はもう決まりましたかー?」

「まだだけど……」

「それはよかったですー。ではみなさん、ちょっとお耳をー」


 それから彼女はこそこそと何かを相談し始めた。

 なるほど、それはいいアイデア、というふうにシーファたちが頷く。


「一体なにを話しておるのだ?」


 ちなみにマーリンは一人だけ仲間外れだ。


「領主様。先ほどの褒美について、三人で話し合っていました」


 やがて話し合いが終わると、シーファが代表して伝える。


「三人というか、四人だったがの……」


 リルカリリアが何か入れ知恵でもしたのかもしれないと、若干不安を覚えるエリザベート。

 小賢しいポピット族の商人だ、信用はしているが、油断はならない。


「領主様。土地が欲しいです」

「む? 土地、だと?」


 予想外の内容に、エリザベートは目をしばたたかせる。


「はい。人が住んでおらず、何の使い道もない場所で構いません。その代わりこの街からできるだけ近いとありがたいです」


 そう。

 リルカリリアが三人娘に提案したのは、土地を褒美にしてもらえということだった。


 もちろん彼女たちが使うわけではない。

 ジオの持つ規格外のギフト、【家庭菜園】のためである。

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