第29話 新作ポーション

「で、できた……はず……」


 マーリンの手の中には、淡い空色の液体が詰まった瓶があった。


「もしかしてまた新しいポーションですか!?」

「うん……成功してたら、だけど……」

「すごい!」


 目を輝かせるデニスへ、マーリンがそのポーションを差し出した。


「え?」

「飲んでみて……危険な副作用はないはずだから……」

「ぼ、ボクがですかっ?」

「……ご、ごめん……嫌、だった……?」

「いえいえ違います! むしろ助手のボクに頼ってくれてありがとうございます!」


 デニスは喜んでそのポーションを受け取ると、躊躇することなく一気に飲み干した。

 見た目は女の子だが、なかなか男気があるらしい。


「悪くない味ですね。あ、それでこれ、どんな効果があるんです?」

「はい……」


 マーリンが差し出したのは、なみなみと水が溜まった桶だった。


「これは……?」

「顔を入れてみて……水の中でも、息ができる……はずだから」

「っ! 分かりました!」


 デニスは目を瞑って、勢いよく水中に顔をつける。


「(すごいっ! 本当に呼吸ができる!?)」


 さらに恐る恐る目を開けてみると、水中だというのにとてもクリアに見ることができた。


「エアー草から作った……水棲ポーション……これがあれば……水中でも、陸上とほとんど変わらない生活ができる……」

「すごいですよ!」

「これもジオのお陰……エアー草は本来、標高数千メートル以上のところじゃないと生えない……だからまず手に入らない代物」


 エアー草は空気を周囲に吐き出す性質があり、そのお陰で幾つかの生物が空気の薄い高地で棲息することが可能になっているほどだ。


「氷冷ポーションに続くヒット商品になりそうですね!」

「うん……でも……しばらくは、シーファたちにしか売らない……」


 氷冷ポーションは火山エリアの探索において非常に有効であることが広まり、しかもこの店でしか手に入らないこともあって、冒険者たちに飛ぶように売れていた。


 水棲ポーションはそれに続くことが期待できたが、マーリンはしばらくこのポーションを店頭には並べないつもりだった。

 エアー草の唯一の入手経路である少年との友好関係を維持することは何よりも重要だ。


「それにしても、ジオさんは一体どうやってこんな貴重なものを入手しているんですかね……? ジオさん自身は冒険者でもないのに……」

「……」


 デニスが首を傾げる横で、マーリンは桶をこっそりと移動させる。

 しかしそれにデニスが目敏く気づいた。


「マーリンさん? その水、どうするつもりですか?」

「……」

「どうするつもりですかっ? ちゃんと捨ててくださいよ!? いえ、ボクが今すぐ捨ててきます!」


 デニスが無理やり桶を取り上げようとすると、


「それを捨てるなんてとんでもない……っ!」


 マーリンはカッと目を見開いて叫んだ。


「今晩のオカズにするから……っ!」

「なに言ってるんですか!? いいから捨ててくださいって! あとドサクサに紛れてボクが飲んだその瓶、ポケットに仕舞わないでください!」

「いや……っ! これは家宝にするの……っ!」


 二人がぎゃあぎゃあと喚いていると、カランカランと鐘の音が鳴った。

 来客だ。


「だ、誰か来た……っ?」

「ていっ!」


 ばしゃん!


「ああああっ!?」


 一瞬の隙を突いて、デニスは桶をひっくり返した。

 ぶちまけられる水。


 嘆きの悲鳴を上げる雇い主から、さらにデニスは殻のポーション瓶を取り上げた。


「マーリン、大丈夫?」

「今すごい悲鳴が聞こえたわよ?」


 店の方から作業場であるここを覗き込み、声をかけてきたのはシーファとアニィだった。


「びしょ濡れ?」

「しかもマーリンが泣いてる?」

「い、いらっしゃいませ! 今日は何の御用ですか?」


 作業場の惨状に驚く二人へ、デニスは努めて普段通りに声をかけた。


「何かあったの?」

「いえいえ、何でもないです! ご心配なく!」


 さっきの馬鹿馬鹿しいやり取りを知られるなど恥ずかしすぎる。

 デニスは無理やり話をそらした。


「それより、また新作のポーションができたんですよ」

「本当?」

「はい!」


 そうして有能な従業員は水棲ポーションの効能についての説明を始めるのだった。




    ◇ ◇ ◇




「ニィニィ~」

「よしよし、好きなだけ食べるんだぞ」

「ニィー」


 ミルクは食欲旺盛だ。

 生まれた直後は牛乳を飲ませていたけど、今はもう固形物をガツガツ食べている。

 僕よりもよっぽどたくさん食べているだろう。


 猫は肉食なので、主に菜園で収穫した肉や魚だ。


「お兄ちゃん、ミルクまた大きくなってない?」

「よく食べるからな」

「もうなんか、猫の大きさじゃない気が」

「そ、そうか?」


 生まれた直後は二、三十センチくらいだったけれど、今は倍の五、六十センチまで大きくなっていた。

 もう重たくて抱っこできない。


 牙も生え、しっかりした爪も伸びてきている。

 それはもはや猫のレベルではない。


 まぁ、本当は猫じゃなくて魔物だからね……。


「ニィニィ~」


 けれど完全に僕に懐いているし、危険な感じはまったくない。

 撫でて撫でてー、とばかりにお腹を見せてひっくり返っている様は、本当に愛らしい。


「よーしよし」

「ニィニィ」


 その柔らかい身体を僕はもふもふする。

 ああ、気持ちいい~、癒される~。


「あたしもやりたーい!」

「ガウ!」


 だけどセナには相変わらず心を許さないんだよなー。


「うー、お兄ちゃんにばっかり懐いて、ずるーい」


 セナは不満げに口を尖らせている。

 それから何かを思い出したように、


「あ、そうだ、お兄ちゃん。今日からね、水中エリアに行ってくるから」

「水中エリア?」

「うん。今まで誰も攻略できてないとこなんだって」

「そんなところに行くのか……?」

「お兄ちゃんのせいでねー」


 ……僕のせい?


「まぁシーファさんがいるなら大丈夫だろうけど……気を付けるんだぞ?」

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