第28話 ご褒美

「た、助かったのか……」

「工房も潰れずに済んだ……?」

「ああ、そうだ! もう借金に苦しむ心配もなくなったんだ!」

「「「おおおおおっ!」」」


 工房の職人たちが一斉に歓喜の雄叫びを上げた。

 中には涙を流している人もいる。


「リルカリリアさん、ありがとうございます。まさか依頼主が領主様だったなんて、びっくりしました」

「いえいえー、ジオさんのお陰ですよー」

「僕のお陰?」


 そのとき突然、何かが横から体当たりしてきた。


「っ!?」


 どうにか倒れずに済んだのは、そのまま抱き締められたからだ。


 身体に腕を回されて、思い切り密着している。

 この柔らかな感触に、良い匂い、どう考えても女の子だ。


 ていうか、この匂いってまさか――


「し、シーファさん!?」

「ジオ、ありがとう。あなたのお陰」


 耳元でシーファさんの声。

 吐息が少し耳を擽り、全身を電のような衝撃が駆け抜ける。


 もしかして今、シーファさんに抱き締められている!?


「おやおやおやー、なるほどですねー」


 リルカリリアさんが意味深に頷いているけれど、それを気にしている余裕はない。


「ししし、シーファさん……っ!」


 ていうか、当たってます!

 どこだとは言えないけど、とっても柔らかくて心地よいものが当たってます!


 もう今すぐ死んでもいいかもしれない。


 シーファさんがゆっくりと僕から離れた。

 ああ……。


「ジオのお陰でパパの工房が助かった。ありがとう」

「い、いえ、僕はただ、リルカリリアさんに相談しただけで……」

「ふふふふー、ジオさんあのときとても必死でしたよー。わざわざ商人ギルドまで足を運んで、わたくしを探していましたしー」

「ちょっ!?」


 余計なことを言わないでくださいよ!


 という僕の内心とは裏腹に、リルカリリアさんは「任せてくださいー」とばかりにウィンクして、


「わたくしも今回はー、ジオさんのお願いだったからこそ頑張らせていただきましたー」

「やっぱりジオのお陰」


 シーファさんは確信したように強く頷いている。

 そこへ職人さんたちと喜び合っていた親父さんが近づいてきた。


「ジオ、今回は本当に助かったぜ。なんて礼をしたらいいか」

「いえ、僕はお役に立てただけで十分です」

「お前は、本当にいい奴だな……そうだ」


 親父さんが何かを思いついたようにポンと手を打った。


「うちの娘をやろうか?」

「えええっ!?」


 突然何を言い出すんだ、この人は!?


「俺が言うのもなんだが、なかなかの美人だと思うぞ。まぁ家事スキルはさっぱりだがな!」

「そ、そういうのは、そのっ、本人の気持ちというものがっ……」

「がっはっはっは! 冗談だ、冗談っ!」


 僕が慌てふためいていると、親父さんがバシバシと背中を叩きながら大笑いした。


 ホッとする反面、ちょっと残念に思ってしまった。

 親の後押しがあれば、もしかしたら……いや、無理だよね。

 だって僕とシーファさんじゃあ、全然釣り合わないし。


 ともかく、シーファさんに喜んでもらってよかった。

 僕がしたことなんて大したことじゃないけれど。


 そんなことを考えていると、服の裾を引っ張られる感覚があった。

 振り返ると、おずおずとした様子のシーファさんだ。


「ジオ」

「は、はい」

「また何かお礼する」

「お礼っ? い、いえ、さっきので十分ですっ」


 あれが一番のご褒美です。


 って、せっかくの嬉しい申し出なのに断ってどうするんだ、僕!

 というか、さっきの親父さんの言葉のせいで、まともにシーファさんを見れない~。


「さっきの?」

「な、何でもないですっ!」


 どうやらあれはシーファさん的にはお礼でも何でもなかったらしい。

 変に意識していたのを悟られるのも恥ずかしいので、僕は慌てて誤魔化した。


「そうですねっ、じゃあ、シーファさんの都合のいいときで構わないので、また一緒にどこかに遊びに行けたら……っ!」

「それでいいの?」

「はい!」

「分かった」


 それから僕たちは職人さんたちから何度もお礼を言われつつ、工房を後にした。

 リルカリリアさんも一緒だ。


「ジオさんはー、シーファさんが好きなんですねー」

「なっ!?」

「ふふふー、そんなあからさまな反応をされてはー、肯定しているのと同じですよー?」

「カマかけられた!?」


 やられた……。

 さすが商売人、相手から情報を引き出すのが上手い。


「いえいえー、そんなことしなくてもー、丸分かりですよー」

「うっ……」


 僕はあっさり観念した。


「そうですよ……まったく脈はなさそうですけど」

「そうですかねー?」


 リルカリリアさんは否定してくれるけれど……シーファさんにとって僕は恋愛対象じゃなく、弟みたいな存在なんだ。

 だからさっきみたいに平気で抱き着いてきたのだろう。


 リルカリリアさんと別れて家に戻ると、奥からミルクが全速力で走ってきた。


「ニィニィ!」

「よーしよし、いい子にしてたかー?」


 あれからまた大きくなり、今では抱き上げるのも精いっぱいになってしまった。

 全身を撫で回してやる。


「ニィニィ~」


 猫だと嫌がることがあるらしいけど、ミルクは撫でられるのが好きだ。

 犬みたいなやつだな。



   ◇ ◇ ◇



「すいやせん、兄貴。あの商人、幾ら調べてみても居場所が分かりやせん。ギルドに登録してある拠点もずっともぬけの殻みたいっす」

「ちっ……一体何者だ、あのチビ商人……このオレの邪魔をしやがって」

「ですが、代わりによく出入りしている場所を見つけやした」

「なに? それはどこだ?」

「成人したばかりの兄妹が住んでいる家っす。どうもその兄の方、件の商人と一緒にあのとき工房にいた奴のようっすね」

「あいつか……フン、なら、そいつを拉致しろ。あの忌々しい商人を誘き寄せる餌にするんだ」

「了解っす!」

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