第11話 小さな商人 2

「ななな、何なんですかーっ、これはーっ!?」


 リルカリリアさんが驚きのあまり地面に尻餅を突いた。


 魔法契約を交わした後、僕は彼女を庭に連れてきていた。

 実際に見てもらった方が早いだろうと思ったからだ。


 ちなみにセナはすでに冒険に行ってしまった。


「あれは牛肉ですかーっ? あっちは豚肉ーっ、鶏肉もありますーっ!」

「はい。どれもここで栽培してます」

「お肉を栽培……いえ、それだけではないですよー。こんなに豊富な種類の野菜と果物、それにキノコまで同じ場所で栽培できるなんてー」

「あ、そう言えば最近、魚も作れるようになりました」


 レベルが8に上がったからだ。


「……ここ、内陸なのですよー?」

「はい。なので僕、魚の種類とか全然分からないんです」


 この辺りで食べられる魚と言えば、保存が利く干物や燻製、あるいは塩漬けされたものだ。


 何種類か試しに栽培してはみたけれど、調理の仕方が分からなくて適当に焼いて食べた。

 もちろんそれで十分美味しかった。


 今のところ栽培できるのは以下の十種類だ。


 アジ 中品質

 ニシン 中品質

 マス 中品質

 サンマ 中品質

 ブリ 中品質

 サケ 中品質

 タイ 中品質

 タラ 中品質

 サバ 中品質

 カツオ 中品質


「この辺りは魚を食べる習慣がないので、すぐには市場に浸透しなさそうですけどー、面白い食材ではありますねー」


 リルカリリアさんは商売人の顔をして頷く。


「ところでお魚はどんな風にできるんですかー?」

「キノコみたいに地面からにょっきり生えてきます」

「……とても壮観(シュール)な光景でしょうねー」


 リルカリリアさんは棒読み気味に言った。


「……ギフトと言っても、野菜の鮮度を回復させられるとか、糖度を増やせられるとか、せいぜいそれくらいのものかと思ってたんですけど……」


 そう小さく呟いてから、


「本当にとんでもないギフトですねー、こんなの見たことないですよー」


 どうやらリルカリリアさんでも初めて見るギフトらしい。


「【家庭菜園】っていうんですけど」

「菜園の定義が完全に崩壊してますねー……」


 似たようなことをアリシアさんにも言われました。


「それで、どれくらいの量を収穫することができそうですかー? ルルカス亭に納品している分もあるでしょうしー」

「そうですね……栽培をはじめてから収穫までだいたい一時間ですので――」

「ちょ、ちょっと待ってくださいーっ!? 一時間? 収穫まで一時間ですかー?」

「はい。しかも種を植える必要もないですし、収穫作業も一瞬で終わります」


 僕は実際に収穫してみせる。

 しっかりと実った野菜や果物、そしてお肉たちが一瞬にして消失。

 そして僕のすぐ足元、どこからともなく現れたカゴの中に入っていた。


「ほ、ほえええ……」


 リルカリリアさんの口から変な声が漏れる。


「ただ、庭の広さが広さなんで、何種類もの作物を同時に作ろうとしたら、それぞれの量は少なくなってしまいます」

「いえいえー、それでも十分ですよー」

「土地がもっと広ければもっと収穫できるんですけど……」

「……なるほどですねー」


 まぁあくまで家庭菜園なので仕方がないよね。


「ではではー、ひとまず今ここにあるものを、金貨二枚で買わせていただいていいですかー?」

「えええっ、そんなに!?」


 金貨二枚というのは、一か月は余裕で暮らせてしまう金額だ。


「いえいえー、鮮度や美味しさを考えたらー、当然の価格ですよー。価値のあるものに相応の値を付けなければー、商売人としての資質を疑われてしまいますー」


 どうやら基本的には富裕層向けになるらしい。


 もっと色んな人に食べてもらいたかったけど、そういうことなら仕方ない。

 ルルカス亭には結局あれ以降も普通の値段で卸しているので、みんな食べに来てね。


 リルカリリアさんはどこからともなく袋を取り出す。


 中に手を突っ込むと、袋の中からさらに袋が出てきた。

 ていうか、出てきた袋の方が大きいんだけど!?


「魔法袋ですー。中にたーくさん入るので、とっても便利なんですよー」


 その袋にはぎっしりと金貨が詰まっていた。

 リルカリリアさんはそこから二枚の金貨を僕に渡してくる。


「ふふふー、本物ですよー」


 普段なかなか金貨を手にする機会はないため、つい矯めつ眇めつ見ていると苦笑されてしまった。


 たった一回の収穫でこの儲け……。


 ……セナには黙っておこう。

 あいつが知ると、せっかく冒険者として働き始めたのに、「やっぱりお兄ちゃんに養ってもらえばいいやー」とか言ってあっさり辞めてしまいかねない。


 その代わり冒険に必要なものは惜しみなく買ってあげよう。

 武具とかポーションとか。

 あとこの魔法袋もあったら荷物が少なくなり、きっと冒険に便利だろう。


 リルカリリアさんは収穫物を魔法袋の中に入れる。

 結構な量があったのに、あっさりすべて納まってしまった。


 それからリルカリリアさんと話し合って、今後どの作物をどれだけ納品していくかを決めた。


 どうやら一日当たり金貨五枚の儲けが出るらしいよ?

 ……現実味がなくて他人事みたいに思えてしまう。


「売れ行き次第ではもっと生産をお願いしたり、内訳が変わったりすることもあると思いますー。もちろんその場合は改めて値段の交渉させていただければー」

「は、はい」

「それではー、毎日この時間に来ますのでー、よろしくお願いしますー」

「こちらこそよろしくお願いします」

「お陰様で良い商売ができそうですー」


 そうしてリルカリリアさんは帰っていった。


 金貨を握りしめながら小さな後ろ姿を見送った僕は、


「……これは隠しておこう」


 妹に見つからないようなお金の隠し場所を考えるのだった。

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