第10話 小さな商人 1

「ん~っ、このミルク美味しい~っ」


 白い口髭をつけながら、セナが幸せそうに身体を揺らしている。


 菜園でできた牛乳や山羊乳を飲むのが、僕たちの毎朝の日課になっていた。

 もちろん買ってきたものよりずっと新鮮で、美味しい。


「でもパンはあんまり美味しくないんだよねー」

「仕方ないだろう。小麦は栽培できても、パンを焼くなんてうちじゃできないんだから」


 小麦や大麦なら幾らでも作ることができる。

 だけどパンを焼くには専用の窯が必要だ。

 そんなもの一般家庭にあるはずがない。


 なので毎朝のパンは外で買ってきたものだった。


「じゃー、パン屋さんに小麦を売ったらいいんじゃない?」

「なるほど、その手があったか」


 ただ、少し懸念もある。

 実はアニィからこんなふうに釘を刺されていた。



『このトンデモ菜園、できる限り人に知られない方がいいと思う』

『何で?』

『考えてみなさいよ。こんな美味しい食材を無限に生産できることが知られたら、悪用しようと考える輩がいるかもしれないでしょ?』

『悪用?』

『例えば、あんたを無理やりどこかに監禁して延々と食材を作らせるとか』

『うーん? 【家庭菜園】なんだから、ここでしか作れないんじゃないか? まぁ試したことないけど』

『そう言えばそうか……。でも用心しておくに越したことはないわよ』



 というわけで、今のところアリシアさんのところに卸すだけに留めているのだ。


「ごめんくださーいですー」


 そのとき玄関の方から声が聞こえてきて、僕は意識を現在に引き戻される。


「お兄ちゃん、誰か来たみたいだよー?」

「誰だろうか」


 玄関のドアを開けると、そこにいたのは随分と小柄な人だった。


 恐らくポピット族だろう。

 ポピット族は大人になってもせいぜい十歳児くらいの大きさにしかならず、小人族と呼ばれることもある。


 争いごとは不向きだけど、その反面、知能が高く、商売などで成功している人が多いと言われていた。


「どーもー、初めましてなのですー」

「ええと、どちら様です?」

「はーい、わたくしですねー、リルカリリアと申しましてー、商人をしている者なのですー」

「商人?」

「はいなのですー。実はですねー、ご存じかと思いますがー、ご近所の〝ルルカス亭〟さんがとっても美味しいと最近評判でしてー」


 ルルカス亭はアリシアさんのお店の名前だ。

 先代店主である親父さんの名前でもある。


「わたくしも一度食べてみたのですが―、大変美味しくてですねー、とてもびっくりしたのですよー」

「それで何で僕の家に?」

「それがですねー、一体どこから食材を仕入れているのだろうとー、お店の前を見張っていたんですよー。そこで、ええと――」

「あ、ジオって言います」

「ジオさんを見かけたわけなんですー」


 なるほど、それで僕がアリシアさんのお店に食材を卸していると知ったわけか。


「ですがー、どう見てもただの一軒家なんですよねー」


 リルカリリアさんは不思議そうな顔で僕の家を見上げる。


「どういうことなのでしょうー?」


 可愛らしく首を傾げているけれど、その目は鋭く探るように僕を見ていた。


「ど、どういうことなんでしょうね?」

「わたくしの推測ではですねー、恐らくギフトの力ではないかと思っているんですよー」

「っ……」


 リルカリリアさんの目がきらりと光った。


「ふふふふー、鎌をかけただけなのですがー、どうやら図星だったみたいですねー」

「あっ」

「ジオさんはとても分かりやすい方ですねー。騙されないように気を付けてくださいねー?」

「うぅ……」


 完全に主導権を握られてしまっている。

 だけどまだ僕のギフトの中身までは知られていないはず。


「いえいえー、そう警戒しなくて大丈夫ですよー。もちろんジオさんを騙そうなんて思っていないですー。わたくしたちポピット族はですねー、絶対にあくどい商売はしない主義なんですよー」

「そうなんですか?」 

「はいですー。見ての通り弱い種族ですからー、自分たちの身を守るためには味方をたくさん作らなくちゃいけないんですー。だから自分たちの首を絞めるようなことはやらないですー」


 確かにポピット族について悪い評判は一切聞いたことがない。

 きっとそれは彼らの努力の賜物なのだろう。


「それでも心配ならですねー、魔法契約を交わすことも可能ですー」

「魔法契約?」

「交わした約束を破れないよう、魔法で縛るのですよー。世の中には守秘義務を守れない方も多いですからねー」

「なんか怖い」

「いえいえー、商人ギルドではごく一般的に使われている方法でしてー、至って安全なのですよー。商売上の機密のみならずですねー、ギフトなどの個人の情報を秘匿しておくためにも使われたりもしますねー。例えば貴族が使用人や奴隷などに使ったりですとかー」

「へぇー」


 リルカリリアさんがどこからともなく羊皮紙を取り出した。


「これはギフトに関する情報を外部に漏らさないことを制約するためのものですー」

「ふむふむ」

「もしジオさんがよければですねー、これで契約を交わした上で、ギフトについて教えていただけたら嬉しいですー」

「分かりました」

「……も、もちろん今すぐではなくてー、ご家族や友人にご相談してからでも構わないですよー?」

「いえ、大丈夫です」


 せっかくなので、菜園での収穫物をもっと色んな人に食べてもらいたいと思っていた。

 だけど僕は商売には疎いし、それこそ詐欺師に騙されかねない。


 だから専門の商人さんに仲介してもらえるのは助かる。

 アニィにああ言われたけど、間に誰かが入ってくれるなら大丈夫だよね。


「ええと、わたくしが言うのもなんですがー、もう少し考えてからの方がと思いますよー?」


 僕があまりにすんなりと頷いてしまったからか、リルカリリアさんが戸惑っている。


「リルカリリアさんは信頼できる人だと思ったので大丈夫です」

「それはもちろん保証しますけどー……分かりましたですー、そこまでおっしゃるのならその期待に応えられるよう、わたくしも頑張りますー」

「お願いします」


 こうして僕はリルカリリアさんと契約を交わしたのだった。


「じゃあ、とりあえず僕の家庭菜園をお見せしますね」

「家庭菜園?」









「ななな、何なんですかーっ、これはーっ!?」

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