第3話 家庭菜園、始めます

〈菜園に指定しますか?〉


 頭の中で謎の声が響き、庭の一部――綺麗な長方形に切り取られている――がちかちかと点滅し始めた。


「え? 何これ?」


 不思議な出来事に僕は戸惑う。

 もしかして幻聴とか幻覚の類だろうか?


〈菜園に指定しますか?〉


 再び頭の中で声が響いた。


「は、はい?」


 恐る恐る頷いてみると、


〈菜園に指定しました〉


 今度はそんな声とともに点滅が停止。

 同時に生え放題だった雑草が一瞬で綺麗さっぱりなくなり、代わりにしっかりと耕された畑が出現していた。

 広さにして3メートル×2メートルといったところだろうか。


「何が起こっているんだ……?」


 それは先ほど点滅していた長方形の区画だけで、それ以外の場所は相変わらず荒れ放題である。

 僕は畑になったその場所に足を踏み入れた。


「間違いなく畑だよな……?」


 そのとき視界の端っこに謎の文字が出現した。


―――――――――――

 ジオの家庭菜園

  レベル1 0/5

  菜園面積:50/50

  スキル:なし

―――――――――――


「何だ、これ? レベル? スキル? 0/5とか50/50って?」


 さらに頭の中で声が聞こえてくる。


〈栽培を開始しますか?〉


▼小麦 中品質

 大麦 中品質

 米 中品質

 ジャガイモ 中品質

 ニンジン 中品質

 玉ネギ 中品質

 トマト 中品質

 ナスビ 中品質

 カボチャ 中品質

 ニンニク 中品質

 白菜 中品質

 レタス 中品質

 キュウリ 中品質

 カブ 中品質

 ピーマン 中品質


 ずらりと視界に並んだのは作物の名前だった。

 全部で十五種類ある。


「どういうこと……? あ、この▼動くぞ? つまりこれで栽培する作物を指定できるってこと?」


 僕はひとまずジャガイモに▼を合わせてみた。


〈ジャガイモを栽培しますか?〉


「……はい」


〈個数を指定してください〉


 1/50


 どうやら1から50まで指定できるらしい。

 ひとまず1にしておく。


〈場所を指定してください〉


 すると今度は畑に▼が現れた。

 畑にはいつの間にか縦横に線が引かれており、升目状になっている。


 全部で五十のマスがあり、僕の目線に合わせてこの▼がマスを移動していくようだ。

 僕は一番奥のマスで▼を止める。


〈この場所でいいですか?〉


「……はい」


〈ジャガイモの栽培を開始しました〉


 あれ、種とか植えてないけど……?

 これで栽培できるものなのだろうか?


 生憎と僕は農業についてはド素人なので、よく分からない。

 まぁでもお金もかからないし、試しに他の作物もやってみることにしよう。


 どうやらどの作物も、栽培するのに1マスずつ必要らしい。

 個数を指定できるので、いっぺんに作業を終えることも可能なようだ。


 とりあえずジャガイモ、ニンジン、玉ネギ、トマト、ナスビ、カボチャ、ニンニク、白菜、レタス、キュウリをそれぞれ5マスずつにしてみよう。


 そうして50マスすべて埋め終えた僕は、一仕事が終わった気分で家の中に戻ろうとする。

 すると最初にやったジャガイモのマスから、小さな芽がでてきているのを発見した。


「おおっ、芽が出てきた。思ってたより早いな」







 それから一時間。

 気づけば我が家の庭は立派な家庭菜園と化していた。


「すごい、もう実がなっているぞ」


 真っ赤なトマトが、太陽光を浴びて輝いている。

 しかも1マスにつき一個ずつしかできないのかと思いきや、五、六個もなっていた。


 すぐ隣には立派なナスビが幾つもぶら下がっている。

 反対側の地面には大きなカボチャが転がっていた。一個が大きいためか個数は三つだが、十分過ぎる量だ。


 先ほど栽培を始めたばかりの野菜が、たったの一時間で収穫できる状態になっていた。


「野菜ってこんなに簡単にできるんだな」


 農業は大変だと聞いたことがあるけど、これなら楽勝だ。

 それとも僕のギフトの力なのだろうか?


 むしろこれ、収穫する方が大変そうだな。


〈収穫しますか?〉


 また頭の中で声がした。

 さっきからどう考えても僕の心を読んでいるよな。


 まぁ深く考えても仕方がないか。

 僕は頷いた。


 するとまたしても不思議なことが起こる。

 野菜たちが次々と独りでに動き出したかと思うと、宙を舞ったり地面から飛び出したりしながら、僕のすぐ足元に集まってきたのだ。


 しかもいつの間にか複数のカゴが置かれていて、野菜は自らその中に入っていく。

 ちゃんと種類ごとに分かれている。


 気が付けば手を土で汚すこともなく、野菜を収穫し終えてしまっていた。


 僕は恐る恐る野菜に触れてみる。

 動く気配も、生きている様子もない。


「食べても大丈夫なんだろうな?」


 僕は生のままでも食べることができるトマトを手に取ってみた。

 少し躊躇したのち、そのまま齧ってみる。


「っ!?」


 思わず目を見開く。


「う、美味い!」


 果肉がしっかり詰まっているのに、ゼリー状のとろとろした部分もたっぷりあって、噛んだ瞬間それが口の中にじゅわっと広がった。


「ていうか、甘い!」


 まるで果物のような甘さだ。

 それでいてちゃんと酸味も効いている。


 あっという間に一個を丸ごと食べ尽くし、次の一個に手を伸ばしかけたところでハッとする。


 あくまでもこれは味見だ。

 二個も食べる必要はない。


「……これだけあるんだし、別にいいか」


 一瞬で誘惑に負け、僕は次のトマトに噛り付く。

 何個でも食べられそうだ。


 気づいた時には全部で五個も食べてしまっていた。

 膨らんだ腹を撫でながら、僕は呟く。


「これで中品質……?」

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