第2話 冒険者、諦めます
「ぎゃはははははっ! 【家庭菜園】って! ナニそれ!? ウケるんですけど!」
最悪だ。
欲しかったギフトをもらえなかったばかりか、直後にこいつに知られるなんて。
まったく遠慮なく笑い声を響かせるこの下品な女は、僕の幼馴染で名前はアニィと言った。
ショートカットの赤毛の女で、見ての通り他人の不幸を笑うような性悪だ。
生まれたのは数か月しか変わらないけど、降神祭の日を間に挟んでいるため、彼女の方が一年早く加護を受けている。
先ほど僕がセナに自分のギフトについて伝えたとき、不運にも近くにいて一緒に聞かれてしまったのだ。
僕たちがいるのを知り、ちょうど声をかけようとしていたところだったらしい。
「やめた方がいい、アニィ。神様のギフトを馬鹿にするのは罰当たり」
そう言ってアニィをたしなめたのは、女神――じゃなかった、銀髪の美少女。
彼女はシーファさん。
僕より三つ年上の十八歳で、アニィと同じく近所に住んでいるため昔から付き合いがあった。
「それに、ジオにも失礼」
あまり感情を表に出さない彼女だけど、年上らしくちゃんとアニィを叱ってくれる。
嬉しい反面……僕は恥ずかしさで居たたまれなくなってしまう。
というのも、彼女こそが僕が冒険者になりたかった一番の理由だからだ。
要するに僕はシーファさんに思いを寄せていて――
「残念だったねー、シーファと一緒に冒険できそうになくて」
アニィが俺に顔を寄せてきたかと思うと、ぷぷぷと笑いながらそう耳打ちしてきた。
「なっ、何でそれをっ?」
「いやいや、見ていたら丸分かりだってば」
「~~~~っ!」
まさか、よりにもよってこいつに僕の気持ちを知られていたなんて!
実はシーファさんは冒険者をしていた。
【女帝の威光】というレアなギフトを有しているらしく、この歳ですでに冒険者の中でも一目置かれる存在になっているらしい。
アニィも冒険者で、シーファさんと同じパーティに属している。
彼女のギフトは【狩りの嗅覚】といい、そこまで珍しいものではないものの、冒険の上では非常に役立つものだった。
まぁアニィのことはどうでもいいとして。
冒険者になればシーファさんともっと一緒に居られるかもしれない。
そんな不純だけど強い想いから、僕は冒険者になりたかったのだ。
だけど……【家庭菜園】って……。
どう考えても冒険者には向かないギフトだ。
落ち込んでいる僕を、シーファさんが慰めてくれる。
「心配要らない。きっと上手く使えば役に立つ。ギフトは使い手次第だから」
「は、はい……」
落ち込んでいるのはよく分からないギフトを与えられたことより、あなたと冒険ができそうにないことなんです。
……なんて、言えるはずもない。
むしろアニィのように盛大に笑ってくれた方が幾らか気が晴れたかもしれない。
「……お兄ちゃん」
ぽん、とセナが僕の肩に手を置いた。
いつになく神妙な面持ちで、きっと彼女も僕を慰めようとしてくれているのだろう。
「セナ……」
「そのギフトでちゃんとあたしのこと養えるかな?」
「何を心配してるんだ馬鹿野郎」
「野郎じゃないよー」
お前に期待した僕が間違いだったよ。
「それで、セナちゃんの方は何のギフトを与えられたの?」
アニィがセナに訊く。
もちろん二人も幼馴染の関係だ。
「あたしはねー、【剣神の寵愛】とかいうやつ」
「けっ……」
アニィが絶句した。
「す、すごいじゃん! それ超レアギフトじゃん!」
「驚いた。伝説の剣聖と同じ」
いつもは無表情なシーファさんでさえ、目を丸くしている。
「セナちゃん、絶対冒険者になった方がいいって! ていうか、うちらのパーティに入ってほしい!」
「あたしが……?」
突然の勧誘にセナは目を白黒させた。
「ねぇ、シーファもそう思うでしょ!?」
「思う。セナがいれば百人力」
シーファさんもいつになく興奮した様子で勧める。
二人に強い期待の眼差しを浴びて戸惑うセナを見ながら、一方で僕の心は冷えていく。
……僕もセナみたいに冒険や戦闘に役立つ強力なギフトを与えられていれば。
見苦しい嫉妬だ。
だけど分かっていても、内からふつふつと湧き上がってくるその感情を抑え込むことができなかった。
「お、お兄ちゃん」
セナが助けを求めるような顔でこっちを見てくる。
僕は言った。
「せっかくそこまで必要とされているんだ。迷う必要なんてないだろ?」
「でも」
「お前ももう大人なんだ。僕に養ってもらおうなんて甘えた考えは捨てて、自分で稼げるように頑張らないといけない。……そもそも僕のこんなギフトじゃ、二人が食べていけるような稼ぎを得られるとは思えないしな」
「……」
突き放されて、セナはしばし黙り込む。
それから何かを決意したように頷くと、はっきりと宣言したのだった。
「……分かった。あたし、冒険者になるよ」
「じゃあお兄ちゃん、行ってくるよ!」
「ああ、行ってらっしゃい」
「よーし、若いうちにいっぱい稼いで、残りの人生はぐうたら過ごすぞ~っ!」
「結局それかよ……」
彼女らしい動機で冒険に出発した妹を見送って、僕は一人になった。
もちろん冒険が終わったら戻ってくるのだけど、今までほぼずっと妹が家にいたので、こんなふうに僕が一人きりになるのは久しぶりのことだ。
僕が冒険者になり、妹に見送られるのだろうとばかり思っていた。
真逆になった立場に少し感傷的な気持ちになったけど、しかしいつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。
「さて、この謎ギフトのことを確かめないと」
僕はそう独り言つと、庭へと向かう。
父さんが遺してくれたこの一軒家には、決して広くはないけれど庭が付いていた。
ほとんど手入れしていないので荒れ放題だけど。
「【家庭菜園】って、確か庭に野菜とかを植えるんだったよな」
と、そのとき。
〈菜園に指定しますか?〉
頭の中でそんな声が響いたかと思うと、庭の一部がちかちかと点滅し始めた。
「え? 何これ?」
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