栽培チートで最強菜園 ~え、ただの家庭菜園ですけど?~
九頭七尾(くずしちお)
第一章
第1話 家庭菜園?
「おーい、早く起きろー」
「う~ん……あと五時間……」
「いつまで寝るつもりだよ。今日は降神祭だぞ?」
僕はそう言うと、毛布を強引に剥ぎ取った。
「んぎゃー」
毛布の中から悲鳴とともに転がり出てきたのは僕の妹、セナ。
寝ぐせが酷いが、顔立ちはそれなりに整っている。
明るい性格も相まって、近所の男どもからはそこそこ人気があるらしいが、それはこいつの残念な中身を知らないからだろう。
パジャマが大きく捲れて露になったぷにぷにのお腹を見下ろし、僕は溜息を吐く。
「腹を出して寝るなっていつも言ってるだろ。お腹壊すぞ」
「いやん、お兄ちゃんのエッチ!」
「うるさい。いいから早く起きろって」
「うへー。じゃー、はい」
横着にも寝転がったまま腕を伸ばしてくる。
僕が引っ張ってようやく身体を起こした妹は、今度は両腕を万歳したまま、じーっと待っている。
「着替えくらい自分でしろ」
「えー」
ぶうぶう言う妹を放置して部屋を出た。
まったく、幾つになっても甘えん坊で困ったものだ。
もう今日で成人だってのに。
今日は年に一度の降神祭の日だ。
天上に住まう神々が地上に降り立つとされる神聖な日で、それを盛大に祝うのがこの祭りである。
僕、ジオが生まれ育ったこの地方都市でも、数日前から祭りの準備で大忙しだった。
「お兄ちゃーん、準備できたよー」
「じゃあ行こうか」
「うん。ふぁ~」
大きな欠伸を零す妹、セナとともに僕は家を出る。
外は真っ暗。
いつもならまだ寝ているはずの時間だった。
降神祭の日は家の近くの広場に集まり、そこで神様たちに祈りを捧げながら朝日が昇るのを拝むのが習わしだった。
朝の冷たい空気で息を白くしながら、僕たちは広場へと向かう。
「緊張するねー」
「あんまりそうは見えないけどな」
「お兄ちゃんは緊張で全然眠れなかったみたいだね」
「よく分かったな」
「だって顔がいつもの二割増しで不細工だもん」
「……それ普段から不細工ってことだよな?」
眠れなかったのは本当だ。
降神祭は例年のことだが、今年は僕たちにとって特別な意味を持っていた。
ちょうど十五歳になる僕たちは、この降神祭のときに神々から特別な加護を受け取るのだ。
そうして同時に成人として認められることになる。
加護。
あるいはギフトと呼ばれているそれは、誰もが十五の年に与えられる。
その中身は様々で、誰がどんなものを手にするかは、与えられるまで分からない。
だけど、僕はずっと期待しているものがあった。
「……冒険に役立つものだったらいいな」
「お兄ちゃんずっと言ってるー」
「いいだろ。僕は父さんみたいな冒険者になりたいんだよ」
父さんは昔、優秀な冒険者だった。
残念ながら数年前に不運な事故で僕たちを残して死んでしまったけれど、僕は父さんのような冒険者になることに憧れていた。
と言っても、実はそれは一番の理由じゃない。
最大の理由は他にあって――
「すごいねー、お兄ちゃんは目標があって」
「ま、まぁそうだな」
「あたしはお兄ちゃんに養ってもらえればそれで人生満足かなー」
「おい」
お前も働くんだよ、ぐうたら娘。
そろそろ父さんが遺した貯金も底をつきそうなんだぞ。
そんな僕の訴えを他所に、セナは言う。
「大丈夫だよ、きっと。お兄ちゃんはすっごい加護をもらえるよ。そんな気がする。根拠ないけど」
「ないのかよ。相変わらずテキトウだな、お前は」
「えへへー」
「褒めてないからな?」
父さんが亡くなってから、僕はセナと二人で暮らしてきた。
同い年なのに妹なのは、母親が別々で、ほんの数か月だけ生まれるのが僕の方が早かったからだ。
……なぜ同じ時期に別々の女性が赤ん坊を身籠っているのか、詳しくは知らない。
まぁ、どう考えてもロクな理由じゃないよな。
そのせいで愛想をつかされ、子供だけ押し付ける形で二人とも去っていったのだろう。
父さんは憧れだけど、そこだけは見習ってはいけない部分だ。
広場に辿り着いた。
大勢の人がすでに神妙な面持ちで太陽の昇る方角を向いて祈りを捧げている。
僕と妹もそれに加わった。
どうか神様……僕に冒険に役立つ加護を下さい……。
それで結果が変わるのかどうか分からないが、僕は念じるように祈る。
やがて東の空からゆっくりと太陽が顔を出したその瞬間、頭の中に不思議な声が聞こえてきた。
「親父、やったぜ! 俺、家業に役立ちそうな加護をもらったよ!」
「ちぇっ、聞いたこともない加護だ。なんかあんまり使えなさそうだし……」
祈りの時間が終わると、あちこちから悲喜交々の声が聞こえてきた。
僕たちと同じように加護を授かった人たちだろう。
「お兄ちゃん、どうだった?」
「せ、セナの方は?」
僕が不自然に聞き返すと、セナは何の疑いも持った様子もなく自分の加護を明かした。
「えっとねー、なんか【剣神の寵愛】? とかいうのだった」
「え?」
「仰々しくて可愛くないよねー」
【剣神の寵愛】
それは文字通り、剣の神に愛された証。
レア中のレアギフトだ。
これを与えられた者は例外なく歴史に名を残している。
誰もが知っている伝説の剣聖もその一人だ。
「す、すごいじゃないか!」
「ほえ?」
「超レアギフトだぞ! 冒険者になったら間違いなく大成する!」
僕は自分のことを忘れ、興奮してしまう。
「ちょ、お兄ちゃん、顔が近い近い」
「わ、悪い」
僕が慌てて離れると、セナは「もー、キスされちゃうかと思ったよー」と冗談っぽく笑って、
「それより、お兄ちゃんは何をもらったの?」
「ぼ、僕……? そうだな……僕は……」
たった一人の家族に黙っておくわけにもいかない。
僕は仕方なく自らが授かった加護の名を告げたのだった。
「か、【家庭菜園】だ……」
この日、僕の冒険者になるという夢は儚く散った。
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