第8話 トンネル探訪

 約束の日を迎えた。若干忘れかけていたけど、今日は悪友と共に件の心霊スポットを訪れる日だ。まさか夜中に行くわけにもいかないので、集合の時間は午後4時となった。時計を見ると3時40分。心霊スポットの入り口に到着した。ヤツはまだ来ていないようだ。俺と愛花は初夏のじれったい暑さを感じながら、乗ってきたチャリを邪魔にならないところに駐輪した。愛花は、すぐに走って逃げられるようにという理由から、半袖短パンの動きやすい装いとなっている。普段はガーリーな服装を好む愛花だが、今回はそうもいかなかったようだ。ただ、飾り気のない服装であるが故、すらりと伸びる脚や体の細さが強調されていた。改めて、進入しようとしている心霊スポットに目を向ける。


 亜倉津トンネル。


 読みを変えると「アクラツ」→「悪辣」とも読めるザ、心霊スポット。こじつけとも言えるけどね。全長五十メートル程の短いトンネル。乗用車がギリギリすれ違える程度の道幅で全体的に不便だ。灯りも数が少なく、光も弱い。俺のいる位置から見て、反対側の出入り口が、開けた道に面した丁字路になっている。この丁字路の見通しが恐ろしく悪い。トンネルの側面が丁字路ギリギリまで建設されており、車のフロント部分をかなり出さないと車道の状況が見えない。当然、交通事故が多発している。そのほとんどは軽い接触事故であった。いつ、事故が起きてもおかしくないトンネルを、地元民が使うことはなくなった。ただし、ドライバーに限っての話だ。全く車が寄り付かなくてもトンネルは車道である。その開放感につられてか、いつしか亜倉津トンネルは不良のたまり場になっていった。人がたまるには丁度良い広さであったし、丁字路側からの日差しで明るい場所もある。トンネルなので雨をしのげるし、風通しは良い。コンビニも割と近い。もっと良いスポットがありそうなものだが、公園などに比べて、異質な空間に魅了されたらしかった。いよいよ人の寄り付かない場所として認知されるようになってしまった。困ったものだが、これで終わっていれば大きな問題ではなかった。その日も不良たちは、日当たりの良い場所を求めて、丁字路付近のトンネル内でたむろしていた。なんということはない。普通の事象が発生した。丁字路側から一台の乗用車が、右折してトンネル内に進入してきたのだ。ドライバーの男から見るとトンネル内は薄暗く、瞬時に状況を判断できなかったらしい。ましてや人が堂々と陣取っているなど、想像すらしていなかった。多少の不注意はあれど、本来は車道なのだから、正常な考えである。そして、悲劇は起こった。車はその場にいた不良のうち、三人を次々とはねたところでようやく止まった。これにより、二名が軽いけが。はねられた後、アスファルトに頭部から激突した不良の一人、当時十七歳の男子高校生は多量の出血によりショック死。これにより、一名が死亡。後日、はねたドライバーの男には過失運転致死罪が言い渡された。このドライバーの男、もともとこの町出身でトンネルのことはよく知っていた。見通しが悪いながらも、車通りこそ少ないこのトンネルで家から職場までの道のりをショートカットしていた。ドライバーの男は仕事が転勤になり、数年前にこの地を去っていった。最後までトンネル利用者だったドライバーの男がいなくなり、完全に不良のたまり場となったわけだ。久しぶりに帰ってきて過去に使っていたルートを走ったなら、最悪の結末が、口を開けて待ち構えていた。そんな交通事故があったトンネル。事故後、すぐに立て看板とチェーンが設置されて、車両が進入することは不可能となった。人は通れるが、死亡事故があった場所に近付く者などいない。いや、いるのか。ひやかしや肝試しなどという不埒な理由で訪れる者が出始めた。心霊スポットになってしまった。霊の目撃情報も数件あった。本物かは定かでないが、心霊映像も撮影された。俺と愛花が数日前に見た映像がそれだ。


「一回往復したらすぐに帰るわよ。そういう約束だからね」


 一緒に来た愛花はずっと不機嫌だ。よほど帰りたいらしく、この確認は今日何度言われたか分からない。不機嫌なのは、この間の無理矢理に心霊動画を見せた件も尾を引いている気がする。あれ以来、俺への対応が冷たいんだよなあ。個人的には仲直りしたいんだけど、どうしたものか。


「でもナヲって考えていることが丸わかりよね。どうせ今も私と仲直りする方法でも考えていたのでしょう。顔に書いてあったわ」


 もし、違ったら自惚れもいいところな台詞を、よくもまあ自信満々に言えるものだ。


「俺が違うって言ったらどうする気なんだよ。いや、実際あってるからいいんだけどさ」 


「私が何年ナヲと幼馴染やってると思っているのよ。ナヲの思考回路は大体分かっているわ。トンネルに来たのも内心は楽しみにしていたのでしょう?」


「う、鋭いな」


「やっぱり。今日一日、口を酸っぱくして同じ注意をしているのは、釘を刺しているんだからね」


 そうだったのか。じゃあ、愛花は俺をイライラしながら見ていたのだろう。今日中に仲直りするのは無理そうだな。


「別に無理じゃないわよ。ちゃんと約束を守って早めに切り上げてくれるなら、ナヲのこと許してあげる」


「心の声と会話しないでくれます⁈」


「幼馴染なら、これくらい当然じゃない。むしろナヲは私のこと分からないのね。なんか腹立つわ」


「えぇ…。俺が悪いのか?」


「悪くはないけどイラつくだけよ。全く。それもこれも約束を守って、トンネルを一往復で終わらせたら許してあげるから。こんなつまらないこと粛々と終わらせるわよ」


「約束は守るよ」


 実際のところ、俺は今回のトンネル探訪は、あまり乗り気ではなくなっていた。原因は幽華だ。幽華と出会って、自分の思い描く心霊映像を撮影するなんていう最高に楽しい経験をした。今更、地元の心霊スポットに行くだけとか、微妙である。その僅かに残った興味と…あんなヤツとだが、予定は立ててしまっているので、こうしてトンネルまで赴いた。


「そういえば、ユウは来ていないの?」


 …本当に心を読まれているのかな。


「あぁ、そっか。愛花は知らないんだっけ」


 自分のスマホを操作して、一つのアプリを見せる。


「ん…?これは、ユウ…のアプリ?」


 アプリのアイコンには、小さくデフォルメされた幽華っぽいキャラクターが表示されている。


「愛花、アイコンをタッチしてみて」


「う、うん」


 タッチした。


「シュツゲキスルノダー」


 電話越しみたいな調子で、幽華の声がスマホから発せられる。ポンっと音がして幽華が現れた。右手ピースサインで目元に持ってきてウインクしている。左手は腰に当てて上半身を前かがみにしたポーズをつくっている。ぶりっ子しているアイドルみたいなポーズだ。


「世界一カワイイ幽華のアイドルポーズなのだ!」


 おっと、不本意にも意見が合致してしまったか。幽華をそうさせているのは服装か。胸元にハートがあしらわれたフリフリのアイドル衣装だ。スカートも短く、いつものように動き回れば簡単にパンツが見えそうだ。露出された細い脚は、色白で目を惹かれる。何よりも本人がメチャクチャ気に入っているようだ。


「あのね、ツッコミどころが多すぎて脳の処理が追い付かないのよ。順を追って説明してもらえないかしら」


「おっと、そうだな。この服装はあとで説明するとして、幽華はスマホアプリになれるんだよ」


「はい?」


 そうそう、その反応だよな。俺も幽華からこの話を聞かされたときは、全く同じ反応をしたもの。


「つまり、ナヲ君のスマホの中に入って、アプリとして住まわせてもらっていたのだ」


 幽華が補足してくれたが、愛花の頭の上には疑問符が浮かんでいる。


「もう一度スマホに入ったらいいんじゃないか?出てくるところしか、愛花はみていないわけだし」


「それがいいのだ。今度はマナカンのスマホにも入りたいのだ。入っていいのだ?」


「私のスマホでも可能なの?じゃあ、はい、コレ」


 おずおずとスマホを差し出す。


「それじゃあ、お邪魔するのだ」


「本当に大丈夫なの?機種によって対応できないってことはない?スマホ壊れないわよね?」


「ええい、腹を決めろ愛花。やっちゃっていいぞ幽華」


「あいあいさーなのだ」


「何その言い草!かなり不安なのだけど!やっぱりキャンセルしてもいい?」


「え?もう入るのだよ」


 ぴょんと小さくジャンプした幽華は、瞬く間に愛花のスマホに吸い込まれていく。


「わっ!わっ」


 驚きながらもかろうじて、スマホを手放さずにいてくれた。数秒の間に幽華は姿を消した。ピコン。


「…あ、このアイコン、さっき見たわ」


 愛花のスマホに新たにアプリがインストールされていた。


「俺にも見せてくれ。ふむ、幽華のヤツ、引きこもりモードに入りやがったな」


「引きこもりモード?」


「アプリ版幽華は出撃モードと引きこもりモードがあって、出撃モードだとアイコンをタッチすれば、すぐに幽華が出てきてくれるんだ。さっきみたいにね」


「私がタッチしたときのことね。引きこもりモードっていうのは?」


「その名の通りだよ。なんなら、出てこない。言うなればスマホの中に引きこもっている状態だ。こうなってしまうと幽華の期限をとらないと、出撃モードになってくれないんだ」


「やりたい放題ね…。なぜ、そんなことをしないといけないのよ」


 その感想、俺も抱いたなあ。でも、違うんだよ。その引きこもりモードこそが、アプリ版幽華の醍醐味なんだよ。


「アイコンをタッチしてみてくれ」


「わかったけど、えらく楽しそうね」


「俺のことはいいから。これがスタート画面だ」


「明るいBGMね。とても霊のアプリとは思えないわ」


 アプリ版幽華はポップなBGMが常に流れている。他では聞いたことないし、多分オリジナルなのだろう。


「いいか、愛花。引きこもりモードから出撃モードに切り替えるには、幽華の機嫌をとることだ。具体的にはアイテムをちびキャラになった幽華に与えて、お世話をするんだ」


「えっと、これかしら」


「うん、合ってる」


 画面にはシンプルな部屋のイラストを背景にして、中央にちびキャラになった制服の幽華がいる。ペタンと座って退屈そうにしている。その下にアイテム、アクション、ガチャの三つのメニューが表示されている。


「アイテムかアクションで、ちび幽華と遊べるぞ」


「別に遊ばなくていいのだけど…、アクションをしてみるわね」


 タッチして出た画面には、戻るボタンのみが表示される。


「一度アイテムをあげないと、アクションはできないんだ」


「先に行ってくれないかしら」


「いやいや、初見プレイの邪魔はしないよ」


「そう?そういうの別にいいのだけれど」


 ボヤキながら、アイテム画面を開く。そういうと、不意打ちで言われるとヤバいんだよなあ。


「りんご、トランプ、白装束ってあるわね。とりあえずりんごを押すわね」


 この3つはいわば初期装備みたいなものだ。ちびキャラに幽華にりんごが与えられる。すぐにシャクシャクと食べだして、瞬く間に完食した。


「どうだ?」


「可愛いじゃない」


 言いながらすぐに、2個目のりんごを与える愛花。しかし、このりんごには興味を示さないちび幽華。


「これはどういうことかしら」


「りんごをニ個も渡されても、一度には食べきれないだろ?」


「なるほど。リアルな幽華だと思えばいいのね」


「察しが早くて助かるよ」


 このアプリ最大の特徴だ。幽華の声と形をしたデジタルデータではなく、幽華その人と遊ぶアプリってわけだ。アイテムを与えられての反応に一貫性はない。何故なら喜ぶか否かは、幽華が決めることだからだ。俺がプレイしたときは、一度も食べてくれなかった。今はりんごを食べたい気分だったのだろう。


「アクションのボタンって今は使えるの?」


「使える。押してみ」


 幽華に与えたりんごが食べられないまま存在しているので、アクションが可能になった。りんごをタップすると選択肢が出現する。

 ・りんごを食べさせる。

 ・りんごを切る。

 ・りんごを捨てる。


「切るわ」


 傍から見たらホラーな独り言だな。切るを選択したらば、りんごの皮を耳っぽくしたウサギりんごが完成した。


「ウサギになったわ」


 ウサギりんごをちび幽華に贈呈する。


「お、めっちゃ喜んでる」


「そうね。可愛いわ」


 りんごは食べられずに部屋に飾られた。


「食べ物とは見ていないらしいな」


「そうね、可愛いわ」


「愛花、このアプリはまってるだろ」


「そうね、可愛いわ」


 うん、愛花はもうダメかもしれない。


「このトランプは何が起こるのかしら」


 今度はトランプを使ってアクションする。


「それはミニゲームだな。トランプを使ったヤツ」


「へえ、ミニゲームなんてできるのね」


「他にCPUもいないから幽華とのタイマンだな」


「その方が水を差されなくていいわ」


「あと幽華が知ってるゲームしかできないからな」


 トランプをタッチして、メニューが開かれる。

 ・ババ抜きをする。

 ・七並べをする。


「およそ二人でするゲームではないのだけれど⁈」


「マジでクソゲーだからオススメしない」


 二人でやるババ抜きなんて、ジョーカー引くかどうかだけのゲームだし、七並べもお互いの手札が分かっているから面白くない。


「トランプは止めておくわ」


「そうだな…ん?」


 アクションするために画面上に出したはずのトランプがない。その代わりに、ちび幽華がトランプタワーを完成させて、満面の笑みではしゃいでいた。


「「か、可愛い!」」


 俺と愛花がハモってしまうのも、仕方のないことなんだ。幽華が現実同様に、自由な動きを見せるものだから、逐一目が離せなくなるのだ。なってしまうのだ!(幽華風)


「あとはコレね。…白装束」


 同じくアクションまで操作していく。すると画面にカーテンがかかる演出が入る。すぐにカーテンは開かれて、先程の白装束に着替えたちび幽華が、不服そうな面持ちで立っていた。


「カワイクナイノダー」


 ボイスが再生される。こちらとしては新鮮で面白いけど、幽華の趣味を考えると、そうだろうなーという感想だった。


「ちょっと。こんなのユウが可哀そうだわ」


「落ち着け。操作したのは愛花だろ」


「そうだけど、これしかなかったのだから仕方ないでしょう!」


 …ああ、その言葉を発してしまったね。それは沼への入り口だぞ。


「そんな愛花に朗報だ。メニューにガチャがあるだろ。押してみ」


「押すけど先に言っていい?嫌な予感がするわ」


「いいから、いいから」


 ショップ画面に移行する。そこには、大量にアイテムが紹介されていた。食べ物は、イチゴやミカンにブドウ、変わり種でドラゴンフルーツやドリアンなんかもある。果物だけじゃない。ラーメン、ハンバーガー、オムライスなどの主食系から、ケーキやアイスなどのスイーツ系に至るまで何でもござれだ。ゲームもルーレットやホッケー、心理テストなんかもある。最も力が入っているのは衣装だ。現実同様、カワイイ系からクール系まで、スポーティーなものもあれば、コスプレっぽいものもある。


「ヤバいわね。どのガチャにしようかしら」


 興奮を隠しきれない愛花に、アレを言わなければならない。


「聞いてくれ愛花。実は」


「ちょっと待ってナヲ、今からガチャを引くから」


「これ、どのガチャも課金しないといけないんだ」


 ……………………。


「ん?」


「課金が必要なんだよ。値段はガチャごとに違っていて、食べ物ガチャなら十円から、ゲームガチャなら百円から、衣装ガチャなら五百円からの課金が必要なんだ」


「いやでも、アプリ内の通貨とかで買い物すれば……」


「今、気付いたっぽい間があったな。遊んでいるときに画面内に所持金の表示がなかっただろう?そういうことだ。最初の三つのアイテム以外は完全課金制だ」


「そ、そんな…」


 俺も気付いたときには絶望したものだよ。学生の身に課金が大前提のゲームなど論外だ。


「嫌な予感的中ってわけね。所持金の表示が無いのにガチャがあることは薄々感づいていたけど、こんな殺生なことがまかり通るなんて思わないじゃない!そもそも課金したお金は何処に行くのよ!」


「確かに。不思議だな」


「はあ、もういいわよ」


 アプリを閉じた。


「あれ?開く前とアイコンの色が違うわ」


「出撃モードになったんだな」


「ってことは、もう出てこられるのね」


 ホッとしたような、ちょっと残念そうな声色で言った。アイコンをタッチする。


「シュツゲキスルノダー」


 本日ニ度目の台詞と共に幽華(等身大)が出現した。


白装束の姿で。


「アレ?いつもの制服じゃないのユウ。いや、これって、もしかしなくても」


「アプリ内で着替えた衣装になるんだ」


「先に言ってよナヲ!ごめんねユウ、こんな格好させて」


「プクー…」


「あぁ、むくれないでユウ。私が課金さえしていれば」


「もういいのだ。ナヲ君に頼むのだ」


「…?ナヲに頼むって?………あっ」


「フッ、気付いてしまったか」


「さっき、ナヲのスマホから出てきたときに、アイドルみたいな衣装を着ていたのって、そういうこと⁈」


「ナヲ君からもらった服なのだ」


「服ってショップで買ったのよね?」


「無論、課金した」


「躊躇いはなかったの?」


「気付いたら課金してたんだ」


「一番ヤバいヤツじゃない!」


 愛花が狼狽えている理由がワガハイニハワカラナイナア。


「とりあえずウチの娘が、みすぼらしい環境から解放されてホッとしているよ」


「サラッと幽華を娘にしようとしてない⁈みすぼらしい環境って私のゲームプレイ状況を見て言っているわよね!幽華からも何か言ってやってよ」


「幽華はナヲ君のスマホの方が、百倍居心地が良かったのだ。食べ物もゲームもお洋服も、いっぱいあって幸せなのだ」


「アンタいくら課金したのよおおおおおおおおおお!」


 愛花の絶叫は心霊スポット、亜倉津トンネルに向かって発せられて、反響しながら消えていった。一応心霊スポットだし、これで霊が目覚める…とかないよね。いくら課金したなんて野暮な質問、答える気はない。ちなみに今日は月の頭だけど、今月分のお小遣いが忽然と消えてしまっている。ナンデカナー?


「そう言うってことは、愛花は課金しないんだ?」


「するに決まってるじゃない」


 だそうです。


「でも、ユウのために同じアイテムは使わないようにしたいから、後で持ってるアイテムを見せてほしいわ」


「流石は愛花。かぶらないようにして、幽華に差別化してもらおうってわけか。このアプリの意義を理解しているな」


 普通のゲームなら、ある程度必要なアイテムや強い武器なんかがあって、可能な限りどのプレイヤーも手に入れるだろう。だが、アプリ版幽華は違う。幽華は複数のスマホに入ることができる。その先々で、仮に趣味嗜好に沿ったものでも同じようなおもてなしばかりでは飽きてしまうだろう。幽華は一人だ。言ってしまえば、幽華専用の宿。それがこのアプリの本質だ。そして、最も重要なのが。


「アプリ内のちび幽華が可愛すぎる!」


「ちびユウ、最高に可愛いわ!」


 とどのつまり、可愛いが全てだった。


「…その言い方だと、アプリじゃない方の幽華は可愛くないみたいに聞こえるのだ」


「いや、そうじゃない。そうじゃないんだけど、ほら、可愛さの種類が違うって言えばいいのかな。もちろん現実の幽華も可愛いぞ。アイドル衣装も似合っていたし」


「そ、そんなとってつけた褒め方されても嬉しくないのだ」


 顔を赤くしながら言っても説得力ないぞー。


「ユウは可愛いわよ。そんなことよりもう一度私のスマホに入らない?悪いようにはしないわ。」


「マナカンの方が露骨にアプリ版幽華を欲しているのだ⁈」


 俺ですらフォローを入れたというのに。愛花はもうダメだ。でも、気持ちは分かる。ちび幽華は自分の意思で笑ったり、怒ったり、あまり見ないけど悲しんだりする。アイテムを置いておくと予想もしないことをするし、たまにアイテム無しでも動き出す。 幽華イズフリーダム。ペットを飼っている感覚に近いのかな。でも娘ができたような感じもする。マジで幽華のパパになりたい。ん、ということは愛花にママになってもらうことになるのか。


「なあ愛花、俺と結婚することになったけど大丈夫か?」


「けけけけけけけけ結婚⁈それってプロポーズ⁈」


 愛花は目を回していた。


「…二人とも冷静になるのだ。特にナヲ君の妄言は、意味不明を通り越して死んだ方がいいのだ」


「霊が死んだ方がいいとか言っちゃダメだろ」


 怖いからね!


「ふう、落ち着いたわ。ナヲは昔から変なことをのたまう子だということを、失念していたわ」


「最近の愛花、どんどん口が悪くなっている気がするんだけど、どうしちゃったの?」


「ほら、聞いた?ナヲってば、さっきの発言を気にも留めてないのよ」


「やっぱりナヲ君のがクズいのだ」


「幽華まで!」


 2人に攻撃されては心がもたない。心霊スポットなんかにいないで、一旦家に帰っていろいろ立て直さなくてはならない。

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