第7話 やらかし

 どうしても届けなくちゃならない熱意がある。


「俺は、愛花がいいんだ!」


「…っ!どうして私なのよ。嫌に決まってるでしょ」


 明確に拒絶されてしまう。


「頼むよ愛花。今の俺の全てを見てほしいんだ!」


「私はそんなものが見たい訳じゃない!」


 愛花の目尻には光るものが見える。


「どんなに否定されようと、俺は愛花のことを信じているから!」


「そこまで私のことを…。気持ちは嬉しいけど、やっぱり…それだけはだめなの」


 愛花の気持ちを変えることはできないのか。否、きっと方法があるはずだ。思考を止めずに口説き続けるんだ。そのとき、部屋に入って来た者がいた。幽華だった。


「もういいのだよ、ナヲ君。嫌がっているのなら、無理強いは良くないのだ」


「…え?どうしてユウが出てくるの?もしかしなくても、今の話を聞いていたのよね?どういうつもり?」


 突然現れた幽華に動揺しながらも、愛花は普段とは違う雰囲気を察知したのか、声色に敵意を宿す。


「気にしなくていいのだ。だって、マナカンは嫌なんでしょ?」


「確かにそう言ったけど、それを知ってユウは何かする気なのかしら?」


「何かするっていうより、幽華はナヲ君とは既にシた後なのだよ。昨日の夜、ナヲ君と二人きりで公園に行ってシたのだ。ナヲ君ってばいっぱい出してくれて…。全然休ませてくれなかったのだよ。その一部始終を動画で撮られちゃって…ドキドキしたのだ」


 自慢げな幽華の語り口が癪に障ったらしい愛花は、俺に詰め寄って怒りを露わにする。


「どういうことナヲ!ユウはこう言ってるんだけど?アンタの口から説明してくれないかしら!」


 観念して話すか。


「実は…、幽華が言った通り、昨晩公園に行って、幽華を被写体にした心霊映像を撮影したんだ。たくさんのアイデアを出しながら、休憩無しで撮ったってわけ。あまり長居すると補導されるし。しかし、撮影中に幽華が緊張していたとはな。気付かなかった」


「どうしてそういうことするの。昼間でもそれくらいできるじゃない」


「絶対夜のほうがいいだろ。」


 げんなりした表情を浮かべて肩を落とす愛花。


「ん?もしかして撮った動画って、それ?」


「ああ、そうだ。本当は見せてからバラす予定だったけどな。じゃあ改めて、この心霊動画、見てくれ」


「絶対嫌よ!心霊苦手なの知ってるでしょ」


 そう、俺は先程から、「心霊動画が撮れたから見てくれ」と言って、かたくなに拒む愛花を説得していた。俺と幽華の熱意がこもった映像を見てほしいからだ。一番に見せるなら、リアクションの大きい愛花一択だよな。ビビってもらえれば自信もつく。そういう結論にいたり、愛花の部屋を訪れていた。撮影した日の翌日の放課後が現在。結局あの日、幽華の機嫌を直したあと、改めて撮影を行い、一発で上々な出来の映像が撮れたので、満足した俺達は撤収したのだった。完成した作品は幽華と鑑賞して終わるつもりだった。ところが、人間欲深いもので良いものを生み出したら、他の人にも見てもらいたくなる。こんな普遍的で人間らしい感情が自分にもあったことに、多少の驚きを覚えた。幽華には思いついてから、すぐにこの話をした。


「もちろん賛成なのだよ。逆にナヲ君が今の今まで人に見せる気が無かったことの方が驚きなのだ」


 あっさり許可が下りた。このご時世、著作権とかいろいろあるからな。演者の幽華に許可を求めたらば、既にゴーサインを出していた。なんてこったい。作品を生み出す者として必要なマナーだから怠ることはしないけど、幽華の積極性は凄まじ過ぎる。作品って言ってたら、ふと思ったけど世に出回っている心霊映像を、作り物だと吹聴する輩がいる。


「おーい、ナヲくーん」


 で、実際作り物は世の中には存在するし、なんなら大半は作り物という有識者の見解も聞かれる。たくさんの映像を見ていると明らかに、CGだろコレ、って感じのモノが多々見受けられる。よって、オカルト好きの俺であっても、本物ではない心霊映像がはびこっている現状を承知している。一方で本物も世の中には存在する。当然俺は、霊の存在を元より信じていた。幽華に出会ったことで、この信念は確固たるものに変わった。


「聞いているのだ?ナヲ君ってば!ヘイヘイ!」


 本物の霊を見分けることなんて俺にはできないけど、それらしい映像に限って気持ち悪さや不可解な形のモノが多い気がする。霊だって、何かしら伝えたい意思があるから現れる。さらに、その中で印象に残る映像には、新しさが垣間見えていた。俺は新しい心霊映像に巡り合う度に、オカルトへの想いを増幅させ続けた。その心根は今も変わっていない。さて、話を戻そう。俺と幽華で作り上げた心霊映像がココにある。これって本物の心霊映像なのだろうか?幽華という本物の霊が映し出されているのだから、本当にあった心霊映像で間違いない。そうだろうか?


「もう手遅れなのだ。完全に自分のワールドに入ってしまっているのだ」


 幽華に俺が演技指導を行い、あたかも初めて幽華に遭遇したかのような振る舞いでカメラを回していた。そこには確かに作意がある。作意に幽華も同調している。結果的に作り物であることは肯定するしかない。やれやれ、異質な状態になったものだ。手元にある俺と幽華の心霊映像。これは本物であり、作り物でもあるのだ。いびつだけど、別段問題はない。何故なら偽物ではないからだ。俺の探求心と幽華の好奇心が融合して完成されたニュータイプの作品だ。文句なんてつけさせない出来栄えだ。幽華も演じているときは女優だった。霊の本領なのか、カメラの前での幽華は怖気のする暗い雰囲気を放っており、表情には見えないながら、生き生きとしていた。現場にいた俺がそう感じたのだから、間違いない。やはり、多くの人にこの映像を見てほしい。よし、さっそく見よう。愛花に見てもらおう。リピートしてみよう。


「…鼻に指、突っ込んでみるのだ」


 ズボッ。


「しょれじゃあ、しゃいしぇいして…ってオイ!」


 人の鼻に何しやがる。


「くふふっ。変な声なのだ。一人で考え込んでる方が悪いのだ。ずっと話しかけていたのだよ?」


「む。そうなのか。すまなかったな」


「反省したならいいのだ」


「反省したよ。ときに霊体なのに鼻に指を入れられた感覚があるのって不思議なんだけど、これに関して教えてほしい」


「乙女の秘密なのだ」


「乙女関係ねえ!」


「んー。まあ、そういうことにしておくのだ」


 …え、何、その反応。まさか、関係あるの?


「そんなことはどうでもいいのだ。ナヲ君はさっさと本題に戻るべきなのだ。いろんな人が飽きてしまっているのだよ」


 上手くはぐらかされてしまった。というか、いろんな人って誰だよ。俺と幽華と愛花以外に飽きてた人がいるのか…?霊に怖い話を聞かされるとか斬新なんですけど。


「まあ、いいや。改めて映像を再生するぞ。準備はいいか?幽華。そして、愛花よ」


「オッケーなのだ」


「全く良くないわよ!」


 えー、この流れで水を差すのー?


「マナカンは本当に怖いのが苦手なのだね」


「愛花、日本は民主主義だ。2対1では視聴する他にないだろう」


「そんなの横暴よ!二人がそれなりに努力して作ったものだろうから、見せたいって気持ちは分からなくもないの。でも、経緯はどうあれホラーなんだから私は見たくないの!」


 やっぱりダメか。俺は幽華にアイコンタクトを送る。こんな手段は俺も幽華も、とりたくは無かったけど、抵抗される以上は仕方がない。


部屋の空気がにわかに冷える。


「え…。何、この感じ」


 異様な気配を察知したのか、愛花が体を強張らせる。だが、時すでに遅し。


「やってしまえ幽華!」


「あいあいさーなのだ!マナカン覚悟!」


「え?え?ちょっと待っ…」


 ピシィ…と音こそ聞こえないが、鳴った気がした。目の前の愛花は、驚きに目を見開いて動かない。幽華を見やると「マナカンごめん~」と平謝りしていた。最終手段、金縛りのお出ましである。昨日ぶり、ニ回目の発動になるな。受ける愛花は初めてだけどね。状況を把握した愛花は、恨みがましく俺を睨め付ける。霊より怖いかもしれない。あんまり愛花の方は見ないでおこう。


「もう分かっていると思うけど、愛花にはこのまま映像を視聴してもらうよ。個人的に昨日の仕返しでもあるから」


 と、目を逸らしながら言う俺。


「あのねマナカン、こんな方法を使ってでもマナカンには一番初めに見てほしかったのだよ」


 撮影が終わったときも、幽華は同じようなことを言っていた。それだけ愛花の存在が大きくなったのだろう。俺自身も愛花に見せようと考えていたが、幽華に先を越されて同意する格好になってしまった。


「それじゃあ、金縛りにされ続ける辛さは、俺が身をもって体験しているし、長引かせないためにも映像サクッと観ちゃおうか」


 スマホを愛花の見える位置にセッティングして、念のため逆光じゃないか確認する。

 うん、問題ない。画面をタップして、動画がスタートする。始まってしまえば、愛花も観念したのかスマホを見続けていた。今、愛花は心霊動画を視聴しているところを、霊に見られているという大変レアな状況にさらされていた。…ひょっとしたら我々が気付いていないだけで、日ごろから霊に見つめられているのかもしれない。


「~~~っ!~~~っ!」


 愛花は声を出せないながらも、ビビッていた。息づかいや顔色から、窺い知ることができた。ちゃんと怖い映像になっていることが立証されたな。幽華と目が合い、お互いに破顔してしまう。嬉しかった。ここまでして、愛花がリアクションしないそうな駄作だったら、どうしようかと不安がっていた。もちろん自信もあったが、そんな気持ちもあった。失敗したら幽華にも顔向けできない。今まで散々大口叩いておいて、いざ組んでみたら、センス無い動画を作られましたとか、恥ずかし過ぎる。でも、杞憂だったらしい。


「~!~!~!」


 愛花もこんなに怖がってくれて、いやあ、動画を作って本当によかった。


「~~~~~~~~~~~~!」


 …ちょっと怖がり過ぎじゃないか?見せた動画はニ分に満たないものであった。再生中、愛花は常にビビっていて、霊が現れるシーン(幽華だけど)では、殊更に大きなリアクションをとっていた。動画が終わった。多少怒られるだろうけど、感想が聞きたい。もう金縛りにする必要もないので、幽華が手をかざして状態を解く。ペタンと、両手をカーペットについて、ハアと息を漏らす愛花。


「お疲れさま。さっそくだけど率直な感想を聞かせてくれないか?あ、キレるのは無しだかんな。俺だって、愛花から似たようなことを昨日されているんだからな」


 折檻されてしまうから、先に予防線を張っておく。


「うわあ、ナヲ君コスいのだ」


「なんとでも言え」


 金縛りをかけた張本人に言われてしまった。


「マナカンの感想、楽しみにしていたのだよ♪幽華はちゃんと、怖いオバケさんになれていたかな?」


 ニコニコしながら聞く辺り、幽華も人が悪い。花丸をもらえると分かっているくせに。未だに顔を伏せている愛花は微動だにしない。金縛りは解かれていたはずだ。違和感を感じて、愛花の肩に手を置く。熱い体温とは裏腹に反応はない。…いや、ある。


「ふぅ…うぅ…くふぅ」


 静かに声を吐き出している。


「どうしたんだ愛花?怖すぎて感想どころじゃないか?」


 じれったくなり、少し肩を押して、顔を上げさせた。そこでようやく気付いた。どうして今まで気付けなかったのか。愛花は泣いていた。潤んだ瞳どころではない。顔を上げさせたせいで、瞳いっぱいに溜まった大粒の涙は宙に弧を描き、カーペットに小さな染みをつくる。クシャクシャにゆがんだ泣き顔が目の前にあった。


「うあぁ…。見ないでッ、く…っひ、ごめ、泣くつもりじゃなくてぇ…ぅぐぅ」


 下唇を噛みしめて泣くのを我慢しようとしている。だが、あっさりと決壊して涙は頬を伝う。やってしまった。愛花はホラーが大の苦手だ。例えば、心霊動画を見て、近くにいた俺に抱き着いてしまうくらいに。そんな女の子の意思を無視して、心霊動画を見せたのだ。それだけではない。幽華に力を借りて金縛りをかけた。体の自由を奪った。この恐ろしさを俺は知っていたはずなのに、その経験を生かさなかった。あろうことか金縛りの経験を免罪符にして、この行為を正当化していた。結果として、苦手なホラーを金縛りで逃げられなくして見せつける、という拷問みたいな――否、拷問を強いてしまった。泣いて当然である。ホラーが苦手な人なら、愛花でなくても泣く。


「ほ、本当にゴメン!悪かった!俺、最高の心霊動画が撮れたせいで舞い上がっちゃって…。違う、言い訳だコレ。とにかく、本当に俺が悪かった」


 ああもう!何してんだ俺は!自分の楽しみ優先して、人のこと傷つけるなんて。それも、これ以上ないくらいに、よく知っている女の子をだ。最低だ。頭を下げるも、愛花のすすり泣く声が聞こえてくるばかりだ。


「マナカン、ごめんなさいなのだ。こんなことになるなんて、考えもしなかったのだ。もう金縛りしないのだ。…だから許してほしいのだぁ…」


 間髪入れずに幽華も謝罪する。後半は声が震えていた。お前も泣くのか?幽華にまで泣かれてしまったら、俺はどうすればいいんだ。


「あはは…。私のせいで気を遣わせちゃった。ぐっ、ひっ。いくらホラー苦手だっからってぇ、泣ぐとかありえないよね。グスッ」


 そんなこと言わないでくれ。これなら言葉汚く罵られて、部屋から追い出された方が、まだマシってものだ。愛花は自分が空気を読めないみたいな言い方をしているが、断じてそれはない。もしかしたら、昨日、愛花が俺に金縛りをかけるように仕向けたことを気にしているのだろうか。遠回しな悪態にも聞こえるが、これを素で思って口にするのが愛花なのだ。度の過ぎた優しさは、悪さをした人間にとって、傷口にじっくりと塩を塗り込まれるような痛みになる。


「愛花、俺が全部悪いんだ。愛花は被害者だ。だから、無理に取り繕わなくていいんだよ」


「そうなのだ。幽華たちが全部悪いのだ」


「もう、そんな必死にならないでよ。スン、あ、感想だっけ?グズッ、えーと、すごく気持ち悪かった…かな。ひっぐ、なんて言えばいいんだろ」


 少し鼻水も出ている愛花に箱ティッシュを差し出す。


「ん、ありがと」


「いやいや、愛花の部屋のティッシュだろ」


 この程度ではお礼を言われることすら、おこがましい。ふと隣を見ると、幽華の表情がさっきよりも曇っている?


「そ、そうだよね。幽華って気持ち悪いよね。オバケだもんね。気持ち悪い動きを簡単にやってしまう気持ち悪い存在なのだ」


 ヤバい、幽華まで泣くスイッチ入ってる。


「幽華の動きを指示したのは俺だろ!だから、気持ち悪いのも俺だ。幽華は気にしなくてもいいの」


「あうぅ、でもぉ」


「グズッ、そうよ。あくまでも映像の感想であって、ユウはすんごく可愛いから。勘違いしたらダメよ」


「そういうことだ幽華。愛花もちゃんと見てくれてありがとな。じゃなくて、無理矢理見せたのに何言ってんだ俺」


「フフッ、反省したならもういいわよ」


 さっきからフォローの応酬で疲弊してきた。普段使わない脳ミソを使っているみたいなイメージだ。ベクトルを変えて、皆がハッピーになれる話題はないものかと思考を巡らせていると、先に愛花が話題を変えた。


「少し気になったのだけど、ナヲはオカルトバカだから映像作りたがるのは分かるとして、幽華はどうしてなの?やっぱり、霊の本能がそうさせるの?」


 考えたこともなかったな。普通の霊って、この世に対する未練や恨みが、姿を現す動機になっている、と思う。これを言い出すと幽華って、そういう負の感情をあまり出さないけど、未練とかないのかな。今度聞いてみよう。幽華はというと、質問を受けて思案顔だ。


「え、そんなに悩むことか?まさか、邪悪な計画に俺を利用しているとか?」


 こんな見た目だが、実は悪霊なのか?


「ああ、違うのだ。霊として人間に漏らしてはならないルールとかもあるのだ。質問の答えが言っていいヤツかを思い出していたのだ」


「そんなのあるの?ヤバい、超知りたい」


「教える訳ないのだ。」


「そのルールって、破ったらどうなるの?」


「ごーとぅーへる、なのだ」


 マジかー。じゃあ地獄って本当にあるのか。徳を積んでおかないとなー。天国行くためにも羽根募金を、全色コンプリートしておこう。赤と緑は入手済みだが、他のレアな羽根も手中に収めなければ心元ないからな。


「それでユウ、聞いてもいいのかしら」


「言えるところだけ簡単に説明するのだ。人を驚かせたり、怖がらせたりすると、ポイントみたいなのが貯まるのだ。そのポイントが一定値に到達する度に、いろんなことができるようになるのだ」


「そうなのか。じゃあ、世の中の霊って、レベル上げみたいなことをしているんだな。急に親近感がわいてきた」


「ユウの例えを別の例えに変換しないでくれるかしら。意味は分かるけど、なんか嫌だわ」


「すかなかった」


「にゃはは、そういうわけで幽華も他の霊と同じく人を驚かせて、ポイント稼ぎをしていたのだよ。ちなみに金縛りは、ポイントが貯まってから使えるようになった技だったのだ」


「そのポイントって、限界まで貯めるとどうなるんだ」


「そりゃあ、もちろん成仏できるのだ」


「ああ、そこで成仏が出てくるのか」


 なかなか興味深い話だったな。案外、霊の世界も俗っぽいんだね。


「ふっふっふ。金縛りが上級能力だと分かった今なら、きっと怖さもマシマシなのだよ」


「むしろ金縛りされても、幽華が驚かすの苦手なりに努力したから、使えるようになったんだなあって、感慨に浸ってしまいそうだな」


「幽華のバックボーンに想いを馳せないでほしいのだよ⁈」


 この手の情報って、知られてないほうがいいに決まっているんだよなあ。少しでも知られてしまうと傾向と対策が出されてしまうからね。例えば、現代において弱点がバレバレなドラキュラなんて、子どもでもビビらないだろう。こんなことでは、今の情報社会では淘汰されてしまうぞ、幽華よ。まあ、情報がもらえるなら俺としては喜ばしいので忠告なんて真似は絶対にしない。


「要するに人をビビらせ続ければ、最終的に成仏できるから、未練タラタラのの霊たちも諦めずに頑張れっていう救済システムみたいなことか」


「およそ合ってると思うのだ。別に幽華がつくったシステムじゃないから本意は不明なのだよ」


「それもそうだな」


 幽華も最初にシステムを知ったときは、さぞ困惑したことだろう。知られざる霊の秘密を聞いて愛花にも水を向けようとしたが、様子がおかしい。脚をもぞもぞさせて動こうとしない。あ、目があった。愛花は即座に俺から視線を逸らしてしまう。やっぱり、まだ怒っているよな。


「あの、ユウ、ちょっとこっちに来て」


「うん、いくのだ」


 遠慮がちに幽華を呼んだ。


「耳かして」


 愛花は耳元に顔を寄せる。俺が聞いてはいけない内容らしい。あんまり見ているのも悪い気がして、スマホに目を落とす。変な沈黙に包まれたな。


「え!ちょっと出ちゃったのだ⁈」


「ばっ、ユウ、声大きい」


「ご、ごめんなのだ」


 でちゃったって言った?咄嗟にこちらを見た愛花と目が合うも、またぞろ目を逸らされてしまった。代わりに幽華がやってくる。


「えーとねー、ナヲ君、そろそろ帰った方がいい気がするのだよ」


「ん?帰りたいのか?幽華だけ戻ってていいぞ」


「じゃなくて、ナヲ君が帰るべきなのだよ」


「なんだよ。俺だけ除け者か?まあ、用も済んだし帰るけどさ」


「流石はナヲ君、話が分かるのだ」


 …いや、帰るしかコマンドがないっぽいし。


「じゃあね、ナヲ」


 相変わらず愛花は動かない。どうにも俺はここにいてはいけないらしい。立ち上がり、部屋のドアを開ける。


「それじゃあ、また」


 と言ったところで、何の気なしに推察してしまう。愛花には、苦手のホラーを金縛り状態で見せるというトラウマ級の悪事を働いてしまった。その証拠に愛花は泣き出してしまった。以降、立ち上がったり、移動したりしていない。幽華には話せて、俺には話せない何かがあった。幽華がいった「出ちゃった」という台詞も気になる。話した後、不自然に帰宅を促してきた幽華。そして。ドアを開けて気付いたけど、部屋の中だけ…臭うような…。


「クンクン」


「「⁈」」


 やっぱり、かぐわしい臭いがする。…っていうか、コレって…漏らs


「ふぇっ」


「あ!ご、ゴメン!」


 愛花が顔を赤くして、ヤバい、泣く!瞬間、俺の前に幽華が立ちはだかる。後ろには、いくつかのクッションや本をポルターガイストで浮かべている⁈


「ナヲ君のバカ、アホ、スケベ~~!」


 一気にクッションや本が俺を目がけて飛来する。直撃。


「ぐべあ!」


 最後に国語辞典が腹にクリーンヒットして、部屋の外に打ち出される。部屋のドアは勢い良く閉じた。ヤバい。とりあえず帰ろう。幽華が戻ってきたら、時を戻す力とかないか聞いてみよう。無いだろうなあ…。

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